ルナ・ワールド

ルナ・ワールド

別れ



遠くから熱い想いを胸にひそやかにしまい込み、ずっとずっと見つめる。そしてこら堪えきれなくなったその時に(ため息のように)気持ちを洩らしてしまう。でも、その瞬間に(流れるうちに熱を失っていく涙のしずくみたいに)私の熱い気持ちもシューッと冷めてしまうのだ。やっぱり好きになってたのはその人自身でなく、私の中に作り上げてしまっていたその人の幻影だったということに気がつくから。

幻でない恋をしてみたい、子供じみてても、「大人の」でもなんでもいいから、実のある恋愛がしてみたい、と思い出してから何年もたっていた。

その間、私は高校を卒業し、大学も卒業して、会社で働くようになっていた。大学の時はひとつ下のかわいい子と付き合った。二人の仲は良く、ほとんど毎晩一緒にご飯を食べて、週末は遊びに行ったりしてる内に、お互いの家に泊まるようになり、避妊の心配をするような仲になっていった。たまに文句も言ったけど、基本的には穏やかに気持ち好い時間を築くのが目的だったから、ちょっとだけ気になるようなことには目をつぶり、どうしても気に障ることだけはそれとなく匂わせて、うまくやって行こうと、お互いがんばっていた。ちょっと疲れるけど、お互い、がんばってるぞ、という自己満足にも浸れる、気持ち良く、都合のいい関係でもあった。でも、相手が「夢を追うために」と言って、大学卒業後、時間とお金のない仕事についてしまった時、私には都合が悪くなりすぎた。

友達が、「いい人知ってるから。」と紹介してくれたのが、その彼とは正反対の、背の高い堂々とした感じのやり手企業マンだった。名前はヒロ。のっけから軽そうな名前だという印象を受けた。

ヒロは気前がいい。厳しい。優しい。正直。愛してる。いっぱい、泣いた。私もヒロも。いっぱい、夢を見た。一緒に。走るのが大好きなヒロにはついて行けない事があっても、いつも私のところに戻ってきた。私の夫となって3年ちょっと経っていたあの日もいつもどおり、玄関を出た。最近、また全力疾走し出していて、一緒にすごせる時間が少なくなっていた頃だった。ちょっと淋しかったけど、またちょっと経てばちょっと息が抜けると思って、私は私で好きな事をやっていた。その日もいつも通りの一日が始まるはずだった。

街の様子がおかしい。家に帰って、テレビを付けたら、ビルに飛行機が衝突、ボンッ!信じられない光景が目の前でゆっくり繰り広げられてゆく。ビルが、あの人のビルが崩れてゆく。あの中には、もう、いるはず。だって、うちを出たのが、45分前で・・・。でも・・・。着いてないかも知れない。何かがあって、免れたかも知れない。奇跡は起きるかも知れない・・・。

何となく、「きっとダメだったろう。」とは思いつつも、「もしかして」と思わずにはいられなかった。そのためには、やり尽くせることはして置かなければならなかった。一種の、趣味の悪い観光地となってしまった残骸を見に行く事はしなかった。そこは避けたし、行く用事もなかった。代わりに、もし、怪我でもしてたら収容されてるはずの病院を訪ね歩いた。みんな、手伝ってくれた。知り合って二年ぐらいにしかならない友達。ヒロの会社の人たち。友達の友達。みんな、みんな、側についてくれて、手伝ってくれた。ありがたかった。でも、ヒロは見つからなかった。淋しかった。恋しくて、夜一人で寝るのが恐かった。隣のぬくもりが感じたかった。もう、いない。疲れきった体は、もう、ベッドに倒れてこない。うとうとしかけた時に、ドアの開く音で目を覚ますことも、もう、ない。

しばらくしてから、お悔やみの手紙やプレゼントを人にもらうようになっていた。これからの身の振り方も真面目に考え出さなければならない時期に来ていた。笑えたのは、小さいテディベアをもらった時。思わず、ヒロに、「ははは。見て。テディベアだよ。」と報告。だって、大の大人が、おかしいじゃない?かわいい、と思った。思いやりが心に染みた。しかも、その子は、これから寒くなるだろうから、ってホットココアも持ってきてくれた。余計、自分の体の冷えを意識してしまった。




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