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Oct 1, 2005
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カテゴリ: 劇評
現在形の批評 #10(舞台)

唐組 『鉛の兵隊』

今回と次回は、唐十郎率いる「唐組」と鈴木忠志率いる「SPAC」、アングラ第一世代の劇評を掲載する。


唯一無二の表現形式


舞台と観客が織り成す想像力が無限大に膨れ上がり、豊かな時間を共有できるのが唐組であり、演劇の本質を物語る劇団である。それを作り出す要素として劇空間と役者の特異さが語る歴史は誰もが指摘している。


毎年恒例、大阪城公園・太陽の広場を皮切りにする唐組春公演の季節がやってきた。思えば私が始めて唐組に触れたのは同じく太陽の広場であった。ちょうど一年前の『津波』である。
乳房を連想させようにテントの頂から天空に突き出た膨らみと紅色は、確かに母親の胎内を連想させた。また日中、グランドに佇むテントは「その時」を見据えて不気味な静寂さと共に地にへばりつくヒトデのようでもあった。


そして夜、のっそりと開口したテントは息吹を与えられるや否や、一時の幻魔空間を立ち上げる。その張本人である唐十郎の登場シーンは衝撃だった。下手側のテント脇が突然開き、遠くから自転車でやってくる男。それだけでなく、なんと便器を背負っているのだ。観客の拍手に迎えられ、花道を歩いて舞台へと立った唐十郎の姿態は圧巻である。ラスト、便器を抱いて水槽の中へ沈んだ後、ノーチラスとなって再び花道へとやって来た唐が体現する潜水艦が、便器を繋げただけで表現するあたり、下層の事物を掬い取って科学を逆説的に風刺する想造力の豊かさを感じた。


その後、秋には滋賀県栗東まで追いかけ、『眠りオルゴール』を観劇。その時は変わって、高々とそびえるビル郡を借景にした紅テントがそこにはあった。近くにショッピングモールがあり、隣にはこれぞ公共ホールと思わせる栗東芸術文化会館さきらがある。砂と石のグラウンドである太陽の広場でのテントは砂漠の中にある遊牧民の唯一の安息所といった感じだったが、ブロックをはずし、土台を打ち込んだテントは安息所というよりも都市にしっかりと腰を据えて敵に対峙する山賊の櫓を連想させた。さきらホール内の明かりがまるで紅テントの格好のライトアップをのように見え、周囲の環境を取り込む魔力をも目の当たりにした。以上の体験から、今回も楽しみにしていた。


三度目の大阪城公園での紅テントは再び遊牧の佇まいで静観していた。ワゴン車の受付と立て看板が懐かしい。だが、その静観は嵐の前の静けさであり、ねっとりと湿っぽく不思議な求心力を発している。紅テントはただ芝居をするための道具はなく、それ自体確かに息づく生き物である。計三回の唐組経験であるが、テントという特異な劇空間は公演場所と時間によりかなり印象が違うことが了解された。これは建造物として建てられた劇場では感じることがなかった点である。舞台を観る事が第一義の目的になりがちな劇場公演と違い、演劇前体験とでもいうその「場所」へ行く事の楽しみがテント劇にはある。滋賀県まで行った理由もそのためである。この体験は維新派公演『キートン』においても感じさせられた。テントと野外劇場に共通する劇空間の設え方による作用が大きい。本能として人間に備わっている開放されたい欲望、それを的確につかみ採り、刺激していく唐十郎や松本雄吉が紡ぎ出す空間演出の妙。遊牧や山賊といったワードを想起させるのは、そこに含有する本能的な側面を刺激されるからである。


『鉛の兵隊』においてもやはり注目するのは唐の登場の場面である。今回は初めから水槽の中に入っていた。水ではなく塩が入っている水槽である。かなり後ろの上手側に座っていたためそれが塩だと全気付かない。まさに鮭のように塩漬けになり、丸まって微動だにせず静止しているはずの唐十郎の集中力は驚愕に値する。(実際は塩付けではなく、前面に塩のペイントを施したものであることが登場してから判明するのだが)その後、鬱積していたパワーを異様なまで豊かに開放するように飛び出た唐に対し観客は拍手喝采である。私ももちろん同様だ。その時、体中の血液が逆流し、激しく興奮していた。要所に観客は拍手し、役者に対して声を掛けるテント内は大衆的な雰囲気で充満している。そこには唐組という個別ジャンルが成立してると思わされる。私を含め観客はなぜこうものめり込んでしまうのだろうか。


それはこの作品を手がかりにすればモチーフである「スタント」がキーワードになりそうだ。「スタント」を辞書で調べると<1離れ技・妙技、2自動車や飛行機の曲乗り>という意味がある。登場人物の二風谷ケンは、硫黄とバリウムが溶けたドラム缶に映った満月を掴もうとして親指と人差指の指紋を失った月寒七々尾の代わりに探す旅に出る。指紋は個人を判定する唯一無二の物である。それを代わりに取り戻すという事に他人へ生き写しになることを暗示させる。指紋はガラス製の砂時計に付着している事が明らかになる。だが、ラストで二風谷自信が熱された鏝を掴んでしまい指紋が消えてしまう。そして数日後二風谷は言う。
二風谷「七々尾がいつか言ったように、ぼくも何日か経つと、使ったグラスやドアノブをしみじみ見ていた…(略)…ニス塗りの表面に、糸を張った時だろうか、トマトしぼりで一度受け取った時なのか……愛用の楽器を汚す乱れた指紋がいくつかあった。」
en-taxi 09号 別冊付録 唐十郎『鉛の兵隊』135頁
スタント人生を歩んできた二風谷は、自身を存在する証しを確認し、生きる希望を抱き旅立つ姿は感動的である。「人は誰かの代わりになれるか」を問うこの舞台は演劇に通じるものがあるだろう。


周知の通り唐組の役者達のその迸るエネルギーはとてつもないものがある。演技の型があるのでは、と思うほど肉体とセリフが絡み合い、小気味の良いテンポが生まれている。素人はもちろん並大抵の役者ではなかなかこの俳優術を習得するのは困難である。私達が唐組の役者に格別の喝采を送るのは、自分には出来ない事(唐式俳優術とでも言おうか)をやってくれている事への賛美なのではないか。先述した人間の始原的欲であり、非日常願望や変身願望を刺激するのが唐組の役者達であり、紅テントという生き物なのである。二風谷を役者、七々尾を観客とするならば指紋は両者を繋ぐための(一本に伸ばした)糸とも読める。その糸を通して観客に役者体が発する熱が伝わる、そして我々は拍手喝采でスタントマン(役者)への表現を返す。そのような相互関係が成立させる空間だからこそ、まさに芝居の王道、大衆性を感じさせるのだ


その意味ではやはり唐十郎という存在は特別である。塩の入った水槽から登場するだけでなく、その後、バケツの水を何杯も浴びせらる。私には絶対出来ないことであるが、それをやってくれる唐十郎に小気味良さと共に羨望にも似た感情が湧く。このシーンは唐十郎の磁場が最高潮に達した所である。観客が見たい事を惜しげもなく披露するからこそ血湧き肉踊る感覚になるのである。


私は特権的肉体を持った四谷シモンや麿赤兒といった俳優がいた状況劇場を知らない。しかし、一つとして同じものがない指紋を役者個々に存在する特権的肉体置とも置き換えると、唐組の若手の役者は身近に特権的肉体を備えた唐十郎を手本とし、自らも独自のそれを模索した存在になるのは必然である。役を淡々とこなす演技術ではなく、鈴木忠志の言葉を借りるなら「生活史」をも含めた自己発見の作業を通し、他の誰でもない「個」を探る演技が唐組の役者達には感じられる。小劇場の俳優が役の人物をスマートに立体化している点と違い、自らの肉体とは何なのかを、役と激しく格闘させる事により発見し、提示する事を繰り返している者達なのだ。状況劇場から唐組と名称を変えながらも長年にわたり活動し、また唐ゼミ☆という新しい若手世代の継承者が続いているのも、そういう欲望を持った人が尽きないからである。その受け皿として手を広げているのが唐十郎なのだ。波紋は確実に広がっている。


観客も同様である。なぜ舞台を観るのか。それは役者を媒介として観客自身の自己とは何かを探るためである。しかし役者に自己投影する事とは違う。鏡に映ったものが反対の像を結ぶように、決してそっくりそのまま目の前の役者にはなれない。しかし、日常生活に埋没する中で見失いがちな自分を客体化した姿を写し出す。テレビでは毎日ニュースで社会の真実を伝えているかのようでいて、編集加工したフィクションではないかと疑わざるを得ないものが垂れ流されている。だが、フィクション(戯曲)を肉体で編集加工(表現)して、第三の真実を出来させるのが演劇である。その真実とは役者の人間性であり生き様から透けて見える人間存在論である。観客にとってその真実は、ダイレクトに切実な問題として訴える「何か」に十分である。演劇におけるリアルとはそういう事であり、魅了する力だ。


では私にとっての「何か」とは。それは「個」の意味と重要性である。私はどちらかと言えば個人行動を好んできた。しかし、総合芸術である演劇と関りって、一人でいる事は「個」ではなく「孤」でしかなく、集団において自分にしかできない役割を見つけた時、初めて個人となることを痛感させられた。「孤でいる」と「個である」との間には千里の径庭がある。唐組の役者達は全員の色が違うからこそ一人一人の顔が浮き立つ。それが、集団の中から形成されたものであることは見逃してはならないだろう。


特異な劇空間と役者、詰まるところ唐組の魅力はこの2つであり、唐十郎は最大限にこの2要素を屹立させるために仕掛け続けるのだ。





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Last updated  Apr 11, 2009 02:56:59 PM


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