陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 12




誰にでも誰かを好きになる権利はある。

でも、時としてその気持ちが他の人を傷つけてしまうことがある。

それは仕方のないこと?

目では見えないけれど、人の気持ちをベクトルで表して目で見えたとしたら。

あちらこちらでベクトルが交錯してベクトル同士が戦いを始めるかもしれない。

彩子は、素直に翔が好きだと思う。

この気持ちを大切にしたいと思う。

今まで探してきた大切な宝物を見つけたような。

この滑走路を走り抜けて空に飛び立ちたい。

一週間はあっという間に過ぎていった。

毎日、朝、翔と顔を合わせて挨拶を交わすのが何よりも楽しみになった。

次の日曜日、省内のテニス大会が調布のグランドで行われた。

彩子と翔は研究所と他の部署との合同チームに入った。

翔は彩子とダブルスと言っていたが、お互い違うパートナーと組むことになった。

翔は少しがっかりしたようだった。

彩子は佐川美代子という他の部署の女性と組んで試合に出た。

美代子は学生時代テニスをやっていたとかで彩子よりかなり上手だった。

秋の空が、コートの上に広がっている。


青空のような心


1試合目試合は何とか美代子の活躍で勝ったが、2試合目は彩子が美代子の足を引っ張る形で負けてしまった。

翔が懸命にコートの外から声を掛けてくれた。

「がんばれー、森川さん。」

「前に出て!」

「ボレー、ボレー。あー。」

「サーブ、入れていこう!」

彩子は嬉しいような恥ずかしいような気持ちだった。

チームとしても2回戦で負けてしまい、トーナメント制だったのでこれ以上の試合はなくなってしまった。

丁度、昼食の時間になり、チームのメンバー揃ってお昼を食べた。

早々と負けてしまい、ここでご苦労様会になった。

翔がカメラを持ってきていて、由美子と翔と彩子と他の部署の課長と一緒に写真を撮ってもらった。翔は彩子が試合に出ている時も写真を撮っていた。

「何だか、男性だけで飲みに行くことになって、一緒に帰れなくなってしまったんだ。一緒にお茶でもと思ったんだけど。楽しかった?またテニスしようね。」

「今日は佐川さんの足ひっぱちゃって。でも、楽しかったです。また教えてくださいね。」

「またテニスやろうね。じゃあ、明日。気をつけてね。」

「はい。さようなら。また明日。お先に。」

彩子と翔は微笑みを交わした。

彩子は由美子と駅まで一緒に帰った。由美子は試合には出なかった。

ずっと黙って二人は歩いた。改札の所まで来て、

「じゃあ、さよなら。明日。」

「さよなら。」

短い挨拶を交わして二人は反対方向のホームへ急いだ。

彩子は、胸の中が熱かった。

コートの外からずーっと応援してくれる翔の姿を思い出していた。

日曜の午後の上り電車は空いていた。

彩子は座席に深く座って、ぼんやり外の景色を眺めながらその名前を口に出して言ってみた。

「翔さん。」


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