陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 32



リビングに下りていくと母親が、朝食の準備をしていた。

「あら、今日は早いのね。いつも、お休みの日は、8時半を過ぎないと起きてこないのに。」

「おはよう。」

「おはよう。」

リビングで父親はコーヒーを片手に新聞を読んでいた。

「パン焼こうか。」

「お手伝いまでしてくれるの?どうしたの彩ちゃん?」

「どうもしないわよ。ただ、たまに早起きしたから。」

「じゃあ、お願い。お兄ちゃんはまだね。」

「今日、買い物でも行ってこようかな。」

「昨日、祐ちゃんとショッピングしなかったの?」

「うん。裕子の相談にのっていたの。」

「そう。祐ちゃん、彼氏でもできたの?」

「そんなんじゃないけど。」

彩子は、白の薄手のセーターに、ターターンチェックのスカートに紺のブレザーを着て出かけた。

家を出ると、ピカピカ光る日差しが気分をウキウキさせてくれる。


キラキラ見える


彩子の心を映し出すように、彩子の目に映るものは全てが美しく見えた。

人の心とは不可思議なものだ。

彩子は、彩子の心と翔の心は堅く結ばれたと思った。

もう、離れることはないと。

電車は、新宿駅へ滑り込んでいく。

地下道を通って、新宿東口へ出て行く。

東口を出て、右に曲がったところに高野フルーツパーラーがある。

今日は、彩子の方が早く着いた。

まもなく翔が、やってきた。

「待たせた?あれっ、今日は、紺のブレザーだね。」

「ええ。」

彩子は、翔が紺のブレザーを着てくるのではないかと思って、今日は、紺のブレザーを選んだのだった。

「僕、これくらいしかよそ行き持っていないんだ。あんまりオシャレじゃなくて。スーツも着回しているし。今日も、中のシャツを取り替えてきたくらいなんだ。」

「男の人でおしゃれにばっかり気にしている人って、私は、ちょっとって感じですけど。」

「でも、あまり気にしなさ過ぎてもチョットでしょ?」

「そんなことないですよ。」

「何食べたい?」

「夕べは、イタリアンでしたし、その前は、スペイン料理で、インド料理はどうですか?中村屋がそこにあることですし。」

「そうだね。僕たち色々な国巡りしているみたいだね。」

「そうですね。」

二人は、夕べの別れ際のぎこちなさは消え、より深く結びつきあっていっているようだった。

『翔さんは。夕べあれから何を考えていたのかしら。』

まだ、12時前とあってお店の中は席にはほとんど人がいなかった。

「寮ではいつも何をしているんですか?」

「平日は、ほとんど寝に帰っているようなものだね。少し時間があれば、テレビ見たり、パソコンで仕事をしたり。他の連中と食堂で話し込んだり。仕事の話が多いかな。男ばっかりだから。」

「ふううん。」

「森川さんは?平日は、帰りにテニススクールと、お茶を習いに行ってます。後は、たまにデパートに寄ったり、理彩ちゃん、隣の部屋の松本さんや高校時代や大学時代の友達と食事したり。後は、家に帰ってダラダラ。」

「今の仕事、2年限定でしょ?その後、どうするの?」

「他の関係機関を紹介してもらえるみたいなんです。」

「でも、それも補助的な仕事なんじゃない?君には、もっとちゃんとした仕事が出来ると思うんだけど。前はどんな仕事していたの?」

「メーカーの輸出課にいたんです。でも、輸出書類作ったり、セールスレポートを訳したり、外人のアテンドしたり。やっぱり、どちらかと言えば補助的な仕事でした。でも、かなり残業して、体調を崩してしまって。それに、これ以上、自分を高めていけるような仕事じゃないなって感じがして。それで、今、リハビリ中なんです。」

「何か、ちゃんとした仕事した方がいいよ、君は。仕事ぶり見ていてわかるよ。」

「チョット考えている仕事あるんです。その仕事が出来るように、もう少しリハビリしたら、動き出そうと思って。」

「どんな仕事なの?」

「翻訳。輸出課にいた時も少しやっていたので。ずっとやっていける仕事でしょう?」

「へえ。」

「だから、学校にも行って、ちゃんと仕事できるようになりたいと思っているんです。」

「そうだったんだ。」

注文したチキンカレーが運ばれてきた。

翔は、これから調布のテニスコートへ行くことになっていた。

新宿駅まで一緒に戻った。

大勢の人がいたので翔は、別れ際、そっと彩子の手を取った。

「あしたね。また、電話するよ。」

「時間を割いてくれてありがとう。」


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