陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 33




段々、朝の気温が下がってきていた。

「寒くなってきたわね。山茶花の花が咲いてきたわ。早く、顔を洗って、朝食食べなさい。」

母親は、いつまで経っても彩子を子供扱いしていた。

「おはよう。」

父はいつも通り、きっちり早起きして、もう朝食を食べている。

兄もやっとダラダラと起きてきた。

「陵ちゃん、また遅くまで起きていたのね。遅刻するわよ。」

「母さん、二人はもう子供じゃないんだ。ほっときなさい。」

「私も朝から言いたくないんです。でも。」

「頂きま~す。コーヒーを飲むと目が覚めるー。」

「じゃ、行ってきますよ。」

父は、彩子と入れ替わりで、出掛けていった。

「行ってらっしゃい。」

彩子も、家を出た。

桜並木は、駅に向かう、勤め人や学生が足早に歩いていた。

そろそろ歩く人たちは厚手の洋服に変わってきていた。


新しい週の始まり


「おはようございます。」

「おはよう。」

いつもの週の始まりの朝だった。

それぞれの週末を過ごし、また職場に戻ってくる。

「おはよう。」

「おはようございます。」

一樹が隣の席に座った。

「今日、この資料、まとめておいてくれる。あと、明日からの3日間の出張中に、この本、読んで、表にまとめておいて。まあ、出来る範囲でいいから。」

「は、はい。」

彩子は、今まで補助的な仕事しかしてこなかったので、初めて、自分で資料の作成をすることを任された。

今まで一樹がやっていたような表を作成すればいいと、早速、本を読みながら表を作成していった。

3時のお茶の時間になった。

いつものように後ろを向いて、青木由美子とおしゃべりを始めた。

「森川さん、プリティー・ウーマン観ました?」

「えっ。ええ、観たけど。楽しめる映画だったわよ。青木さんも観た?」

「私は、まだ観てないですけど、同期の子が、この間の土曜日に日比谷の映画館で観たって言ってました。森川さんも見かけたって。誰かさんと一緒だったって。」

由美子は、じっと彩子を見つめていた。

その声は、かなり大きかった。

「そう。彼女も楽しかったって言ってた?」

彩子は、とっさに話をかわした。

彩子は、翔の方を見まいとした。

「沢山、コピーしなくちゃ行けなかったの。お先に。」

そう言って、彩子はコピー室へ行った。


男の嫉妬


お昼、彩子は、理彩と昼食をとっていた。

「理彩ちゃん、私、最近、翔さんと会っているの。」

「聞いたわよ。一緒に映画見に行ったの青木さんの同期が見ていて言いふらしているって。翔さん、入ってくる前から話題の人だったから。嫌なヤツよね。青木さんもいくら振られたからって、酷いよね。」

「振られた訳じゃないけど。」

「振られたも同然でしょ。嫌みなことするわ。これで、田中さんまで変なこと言わなきゃいいけど。」

「まさか。」

「男の嫉妬ほど怖いものはないのよ。だって、川村さんの方が出世コースらしいし、上に引き上げてくれる人もいるでしょ。その上、彩ちゃんまで取られちゃって。気をつけてね。」

「いくら何でも。」

「分からないわよ。あの性格だもの。よりによってだわよ。」

彩子は、不安になってきた。

昼食を終わって、理彩とエレベータで部屋へ戻ろうとした時、翔と会った。

一樹と一緒だった。

二人で、社食へ行く途中だった。

彩子は、下を向いていた。

「彩ちゃん、エレベータ来たよ。」

二人は、黙ってすれ違った。


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