陽炎の向こう側　　浅井　キラリ

この空の下で　４０

彩子は、翔の腕に手を回した。

翔は、少し、ギクッとしたが、そのままでいた。

二人は、参道の仲店をあちらこちら寄りながら、雷門の所まで来た。

「そろそろ帰ろうか。」

「そうですね。」

二人は、銀座線に乗り、銀座で、丸ノ内線に乗り換え新宿へ出た。

「ちょっとお茶していこう。」

「ええ。」

二人は、前に待ち合わせた、高野フルーツパーラーに入った。

それぞれ、ケーキと紅茶を注文した。

『これが最後。』

「送っていくよ。」

「まだ早いから、大丈夫。

「送っていくよ。」

「ありがとう。」

二人は、私鉄に乗り換え、彩子の住む街の駅に降りた。

「ここでいいです。」

「そう？」

「今日も楽しかったです。ありがとうございます。」

「僕も。」

「じゃあ。さようなら。」

「・・・・・」

彩子は、翔に背中を向けた。

翔は、彩子の腕を捕まえたかった。

そして、このままどこかへ行きたかった。

それには、翔は、余りにも理性的過ぎる男だった。

彩子は、翔に背中を向け歩き出しが、翔に、声を掛けてもらいたかった。

彩子も、振り返って翔の所へ走っていきたかった。

でも、彩子は、そうするには、余りにも純粋すぎる女の子だった。

後ろを振り返らず、まっすぐ歩いていく彩子。

それをいつまでも見つめる翔。

潔い決意

「あの、中村部長、お話があります。」

廊下で、彩子は、中村に声を掛けた。

「何？」

「お時間よろしいでしょうか？」

「じゃあ、喫茶室に行こうか。」

中村の後から彩子がついて喫茶室へ行った。

「話って何かな？」

「今月いっぱいで、辞めさせていただきたいと思います。」

「辞めるって、違う部署への移動を承諾してくれたっていうことかな？」

「いいえ、違います。そのお話は、お受けしません。」

「じゃあ、」

「はい、辞めさせていただくと言うことです。」

「理由は、どうするの？」

「理由は、部長がよくご存じだと思いますが。皆さんもご存じだと思いますから。」

「体裁が。」

「結構です。」

「送別会もあるし。」

「結構です。一身上の理由で、急に辞めることになったということにして下さい。それで、結構です。」

「さすがだね。物わかりがいいし。もったいないね。」

永遠にあなたを愛す

週末、翔から電話がなかった。

彩子には、分かっていた。

あれが、最後のデートだったことを。

彼の精一杯の優しさだと。

『私は、あなたの道の妨げになりたくない。これから、きっとステキな人に出会えるはず。私は、永遠にあなたを愛す。忘れない。さよなら。』

朝、相変わらず、笑顔で挨拶を交わす二人だった。

翔は、笑顔の裏に崩れ去りそうになる気持ちを隠していた。

「僕は、卑怯者です。一人の女性も守れない。自分のことだけを考えているヤツなんです。」

「そんなことないよ。こんなに苦しんでいるじゃないか。彼女のことを思って出した結論だろう？どうせ、守ってやれないなら、傷が浅い内に別れた方がいい。彼女のためだ。」

「ちゃんと言いもせず、何の言い訳もせず、卑怯なだけです。」

「言ってどうなるんだよ。彼女を傷つけるだけだよ。このまま、引くのがいい。まだ、そんなに深い付き合いじゃないだろう？」

寮の食堂で、ビールを一気に飲み干す翔だった。

それを、ただ見ている林田だった。

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