陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 43




年が明けてすぐに、彩子は、また、仕事を探し始めた。

やっぱり、自分で経済的に自立していたい、社会と係わっていたいという気持ちが強く、両親が勉強に専念してはどうかという提案を拒否した。

学校は、4月から始まるが、その前に、試験を受けなければならなかった。

彩子は、翻訳の勉強を始めることにした。

遠回りをしてきたが、自分の道へ入っていくことにした。

翻訳学校の試験にパスした後、仕事先を探した。

週2回、午前中に学校に行くことを許してくれる職場。

民間のシンクタンクで、時間を融通してくれるところを見つけた。

週2回、午後から出勤する変わり、毎日6時まで働くことになった。

日々、勉強と仕事に忙しく過ごしていた。

彩子は、毎日、仕事が終わったら直ぐに帰宅し、食事をとり勉強に没頭した。

1年があっという間に過ぎ去った。


新しい出会い


4月、新人の松橋隆が、彩子の部署に入ってきた。

1浪で大学院卒だったので、彩子と同じ年だった。

席は、彩子の前になり、松橋の仕事のアシスタントをすることになった。

他に上司の仕事のアシスタントもしていた。

ある日、彩子と上司の原が仕事の打ち合わせをしていると、そこに隆が来ていきなり彩子にHanakoを手渡してきた。

「ポストイットを貼ってあるところを見て下さい。」

打ち合わせ中だというのにどうしたことなのだろうと、きょとんとしている彩子だった。

隆はそれだけ言うと席に戻っていった。

原も一瞬何事かという表情をしたが、打ち合わせを続けた。

打ち合わせの後、彩子は、隆がポストイットを貼ったページを開いた。

「えっ?」

写真展の作品の所にポストイットが貼ってあったが、紹介されている作品が、真っ裸の女性が草原で大の字になっている写真だった。

思わず、彩子は、ページを閉じた。

ポストイットには、「これ一緒に見に行きませんか?」と書いてあった。

『どういうつもり?』

目の前に座っている隆を観察してみる。

どちらかと言えば軽い感じ。

『もしかして、同じ年だから、気楽に思って、こんなのを一緒に見に行ってくれると思っているのかな?』

彩子は、研究所を辞めてこのシンクタンクで働きだしてから何人かの男性から食事や映画に誘われたが、二人きりで行くような誘いは断ってきた。

どうしても、翔のことを思い出してしまうからだ。

まだ、忘れられないでいたのだ。

心の中の箱にしまったはずの翔との思い出。

でも、何となく、隆の明るさと純な感じに好感を持ったので、ポストイットに「いいですよ。」と書いて隆に雑誌を返した。

でも、翔に抱いたような感情を持っていたわけではなかった。

ホンの軽い気持ちだった。

翔と付き合っていた時、余りにも自分を閉じこめていた彩子だった。

隆ならその閉じこめた心を開けるような気持ちがした。

彩子は、隆も堅く考えて誘ったとは思っていなかった。


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