陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 44



待ち合わせ場所のマリオンへ。

隆は、すでに来ていた。

「すみません。お待たせしました。写真展じゃなかったんですか?」

「映画だよ。写真展って何?」

『あのポストイット間違えて貼られていたのかな?』

「でも、チケット売り場で見たら、観たい映画が終わっちゃっていたよ。」

「何か他の映画でいいですよ。」

「でも、あんまりいい映画やってないみたいだな。」

「ハリソン・フォードの逃亡者は?」

「えっ?初デートで、その映画?」

『初デート?デートだったの?』

隆のその言葉に、少し焦る彩子だった。

「じゃあ、まあ、その映画でいいか。」

結局二人は、『逃亡者』を観ることにした。

映画の後、近くにあるイタリアンのレストランに行った。

「ちょっとだったね。次は、ちゃんと調べておくから。」

『次って?あれっ、彼は私も彼に気があるって思っているのかな?どうしよう。』

「美味しいね。ここのカルボナーラ。あれ、サラダ食べないの?」

と言ったかと思うともう、隆は、彩子のサラダを食べ始めていた。

唖然とする彩子をよそに隆は、「この後、どこに行こうか。池袋のトヨタのショールームに行こうか?」

「はあ。車のショールーム?」

隆は、池袋に向かう丸ノ内線の中でもしゃべり続けていた。

「将来、留学したいと思っているんです。森川さん、英語得意なんだって聞きましたよ。翻訳の学校に通っているって。スゴイですよね。仕事しながら勉強もしているなんて。」

「それ程でも。」

彩子は、どんどん隆のペースに乗せられていく感じがした。

トヨタのショールームで、車を見て回り、「ちょっと休もうか。」と隆が窓際に座った。

彩子も隣に座った。

急に、隆は、今までの雰囲気と変わって真面目な顔になり、じっと彩子を見つめていた。

そして、そっと彩子の髪を触ってきた。

『えっ?何?何?何?』

余りの急展開について行けず、硬直するばかりの彩子だった。

「遅くなったから、夕飯も食べて行こうか。」

もう彩子は、すっかり隆のペースに引き込まれてしまった。

「何か、ラーメン食べたいな。あっ、あそこのお店に入ろう。」

池袋駅へ戻る途中にあるラーメン屋さんに入った。

「ラーメンと餃子でいい?」

「ええ。」

「意外と美味しいね。適当に入った店だったけれど。」

隆の食べっぷりを見ていたら何となく、笑ってしまう彩子だった。

「いつもそんな風に食べるの?」

「えっ?そんな風にって?美味しいものは美味しく食べるだけだけど。森川さん、ゆっくりしていると麺が伸びちゃうよ。また、食べてあげようか?」

「大丈夫。」

二人は、山手線で新宿まで戻って来た。

「じゃあ、また。次はちゃんとデート向きの映画にしましょう。気をつけて。」

「はあ。」

隆は、さっさと行ってしまった。

何となく彩子は、隆の後ろ姿を見ながら笑ってしまった。


春の海


「彩子、電話よ。松橋さんっていう方。」

「えっ、分かった。上で取るから。」

「もしもし。」

「おはよう。昨日は、どうも。夜まで連れ回しちゃって、疲れなかった?」

「ええ、大丈夫ですけど。」

「今日さ、天気いいから、どっか行かない?春の海ってどうかな?」

「いいですけど。」

『どうして、今日は予定がありますって言えないんだろう。』

「じゃあ、新宿の小田急の中央口で・・・今からだと、10時半かな。いい?」

「ええ。」

「じゃあ、後で。」

『いいのかな、こんな風にしていて。どうしよう。でも、気楽でいいかな。』

10時半すこし前に待ち合わせ場所へ行くと隆がもう来ていた。

『割とちゃんとしているんだ。』

「切符買っておいたから。ロマンスカーで湘南まで行こう。楽しみだな~。」

「はあ。」

二人は、ロマンスカーに乗り込んだ。

隆は、飲み物もお菓子も用意していた。

街から、山へ山から海へ。

「わあ~、海だ。気分いいね。」

「そうね。」

春の海風は、心地よかった。

彩子の心も少しほぐれてきた。

「砂浜の方へ行こう。靴脱いで。」

「ええ?」

「ほら。」

靴を脱ぐと、隆が彩子の手を取って海の方へ走り出した。

「きゃあ。」

「気持ちいいね。ちょっと水が冷たいけれど。」

「そうね。」

二人は、波が寄せて返すのに合わせて浜を歩いた。

「車があればいいんだけど、まだまだだな。バイクあるけど。バイクは、危ないから。」

なにやら隆は、一人でぶつぶつ言っていた。

「そろそろ何か食べよう。」

彩子は、隆を見ているだけで笑ってしまう。

『何だろうこの人。』

「今日はありがとう。楽しかった?」

「ええ。」

「君の笑顔好きなんだ。」

今日は、隆は、彩子の住む街の駅まで送ってきた。


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