陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 48




渡米する用意と仕事に忙しく明け暮れる毎日だった。

ある日、二人で渡米前の健康診断を受けることにした。

半日の人間ドックを受けることにした。

胃カメラ、内視鏡、胸部レントゲン、視力、聴力と所謂項目と、彩子は、女性特有の産婦人科の検査と乳腺外科の検査を受けた。

隆は、コレステロールの数値が少し高めだったほかは、体は至って健康。

彩子は、左乳房の17時の位置に7mm程のしこりのような陰が超音波検査で見つかった。

乳腺炎ではないかという医師の判断であったが、渡米後、6ヶ月で再検査するようにいわれた。

彩子は、生理の時になると乳腺が痛むことがよくあり、以前にも、乳腺外科で受診したことがあった。

それと同じものだろうとのことだった。

彩子もいつもの症状だと思い、余り気に留めなかった。

仕事と同時進行の渡米の準備は大変だった。

今ある家財道具のタンスやソファなど大きなものはトランクルームに預け、持って行かない洋服や雑貨や書籍類は、彩子の実家に預けることにした。

「いよいよ明日出発ね。」

「新しい未来に乾杯!」

荷物を積み出してから、1週間、彩子の実家に3人はいた。

彩子の兄も結婚していたので、部屋が2つ空いているので泊まる部屋はあった。

明日、いよいよ、アメリカへ出発する前の夜。

隆の両親も東京に上京してきて彩子の家で、兄夫婦と子供達も集まり、みんなで食卓を囲んだ。

6人がけのテーブルは、この人数には小さすぎたが、わいわい言いながら楽しい食卓となった。

「3人とも体にはくれぐれも気をつけてね。連絡をするのよ。心配だわ。」

隆の母親は、心配そうだった。

「大丈夫だよ。医療施設だって、日本より整っているアメリカだよ。山の中や、砂漠の真ん中へ行く訳じゃないんだよ。アメリカ第3の都市の近くなんだから。」

「学校のパンフレットで見たけれどステキな街よね。」

「とにかく、勉強しに行くんだから、勉強第一だね。それと、アメリカ生活を謳歌してこいよ。そうできる経験じゃないからな。」


新しい生活への期待


翌日、彩子と隆と黎は、お昼過ぎの飛行機でシカゴへ向かった。

両方の家族に送られて、出国ゲートを入っていった。

シカゴへは12時間ほどのフライトだった。

黎には少し退屈すぎるフライトだった。

映画を観てはおやつを食べ、寝て、また映画を観て疲れては寝て。

時々、彩子と一緒にトイレの近くの非常ドアから外を眺めた。

シカゴとの時差は14時間。

昼過ぎに出て、昼過ぎに到着。

3人は余り寝ることが出来ず、かなりグッタリしていた。

シカゴのホテルに一泊してから、大学のあるシカゴ北部の街、エバンストンへいくことにしておいてよかった。

シカゴの目抜き通り、マグニフィセント通りにあるコンチネンタルホテルに泊まることにしていた。

3人はグッタリ。

「あ~、ベッドに早く横になりたい~。」

「しっ、静かに!黎が目を覚ますわ。」

「そっちの声も大きいよ。」

「そうね。それにしても疲れた~。大学のイギリスへの卒業旅行や、ニュージーランドへの新婚旅行は、こんなに疲れなかったわ。年なのかな~。イヤだ~。私たちも少し休みましょう。」

「そうだね。その後、食事に行こう。」

2時間ほど休んで、3人はシカゴの街に出た。

シカゴは、日本人が観光で行く街ではない。

でも、とても美しい街だ。

ミシガン湖の西側にあり、数々の映画の舞台にもなっている。

何年か前まで世界一の高さを誇っていた、シアーズタワー。

ジョンハンコックビルディング。

ホテルがあるマグニフィセント通りには、有名なデパートやブランドショップが立ち並ぶ。

ずっと、南へ下っていくと公園や水族館もある。

ホテルより、北へいくと、ミシガン湖の砂浜が続いている。

海水浴をしている人や、日光浴をしている人たちがいる。

黎は、砂浜を見るやいなや、走り出した。

「うみ~。ママ、パパ、うみ~。広~い。」

「追い待てよ、黎!1人で行っちゃダメだ。何て、足の速いヤツだ。俺似か。全く。」

「ここは、海じゃなくて、池の大きい湖っていうのよ。ミシガン湖。」

「大きいね。本当、海みたい。来たのね、私たち。どんな生活が待っているのかしら。ワクワクするわ。」

「彩子がそう言ってくれて嬉しいよ。自分1人の我が儘かなって思っていたから。だって、会社も辞めて、多分、帰ったら一文無しだよな。協力してくれてありがとう。感謝しているよ。夢を叶えさせてくれて。」

「あれ~、今日はやけに神妙ね。その感謝の気持ちいつまでも忘れないでね。」

「あ~、弱みつかまれちゃったよ。言わなきゃよかった。」

「聞いちゃったもの。もう遅いわ。黎、水はダメよ。」

彩子は、黎を追いかけて水辺へ。

隆は、その後を追った。

『ここから、新しい生活が始まるんだ。』


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