陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 44



時々、森口に美奈の肩が触れる度に美奈の心が揺れる。

そして、森口が時々与えてくれる微笑みが美奈の心に染み渡る。

「村沢さんは、何かスポーツするんですか?」

「最近は、全然何もしていません。考えてみたら、趣味らしい趣味もないです。平日は、仕事で、休日は、友人と食事やショッピングでストレス解消しているくらいです。時々、映画は観ますけれど。森口さんは?」

「僕もですよ。本当は、体を動かすことがあなたの病気にもいいんですよ。お休みの日に、何か軽いスポーツができるといいですね。スイミングとか。散歩でもいいです。僕もジムにでも通いたいと思っているんです。こうして、散歩をしているだけでも、気分がいいでしょう?」

「そうですね。私、ずっと、仕事ばかりの毎日でした。こんな風にゆったり散歩するなんことありませんでした。いつも、忙しく、せわしなくしてきました。気持ちいいです。ありがとうございます。」

「僕もですよ。こちらこそありがとうございますですよ。」

2人は、微笑み合った。

2人は、銀杏並木の途中にあるベンチに座った。

「余り、連れ回すと、疲れちゃいますからね。」

「お医者さんと一緒にいると安心ですね。何か起きても直ぐに診てもらえるから。」

「光栄です。」

「そんな。」

「本当ですよ。少しでも頼りになれて。」

「少しじゃないです。沢山ですよ。」

美奈は、そう言って、森口を見つめた。

「でも、医師としてでだけじゃない方が嬉しいですけど。」

美奈は、うつむいた。

「あっ、冗談ですよ。」

美奈は、少し間を置いて、口を開いた。

「私、多分、今のプロジェクトから外されちゃうと思うんです。それに、続けていくのは、難しいと自分でも分かりました。今まで積み上げてきたものが、崩れていった感じです。何だったんだろうって。でも、こうして、森口さんといると、こういう風にゆったりすることもいいなって思います。」

「大丈夫ですよ。体調さえ戻れば、またやれますよ。村沢さんなら大丈夫です。」

2人は、また、銀杏並木を歩き出した。

2人とも、このまま別れて帰るのがためらわれていた。

「そろそろ、帰りましょうか?今日は、ゆっくり休んで下さい。また、一緒に、ゆっくり散歩しましょう。」

「ええ。」

2人は、青山通りへ向かった。

森口がタクシーを止めた。

「どうぞ。気を付けて。無理をしてはいけませんよ。いいですね。何かあったら、電話して下さい。」

「ありがとうございました。」

ドアが閉まり、タクシーが走り始めた。

後ろを振り返ると、森口は、美奈の乗ったタクシーを見送っていた。

美奈は、手を振った。

森口も笑顔で手を振っていた。


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