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陽炎の向こう側 浅井 キラリ
優しく抱きしめて 49
カミーユ・ピサロの『エラニーの牛を追う娘』。
「僕、モネの睡蓮、好きですよ。初めは、何だこんな絵って思っていたんですけれどね。」
「セザンヌ。」
セザンヌの『イル・ド・フランス風景』。
「私は、このゴーギャンの花の絵、好きです。ゴーギャンて言えば、タヒチの女の人の絵しか知りませんでした。」
「僕もです。これがゴーギャンの絵なんて。でも、色使いが、やっぱりゴーギャンですね。」
2人は、一通り絵を見終わると庭に出た。
ベンチがあり、2人は座った。
「さっきの話ですけれど、彼、赴任先で新しい、彼女作っていたんです。私、黙って、彼のアパートに行ったら、知らない女性がいて。それっきり。
悲惨でしょう?結構、これまでも辛い思いしているんですよ~。」
「何て、言えばいいのかな?」
「精神科医なんだから、何かこういう話をされた時言うべき言葉って習っていないんですか?」
「ご愁傷様かな?」
「森口さんたら!」
「冗談、冗談。酷い男だとでも言えばいいのかな?」
「本当に精神科医なんですか?」
「手厳しいですね。さすが、シンクタンクに勤めている人ですね。言うことが鋭いですね。」
「変な、褒められようですね。もう!」
『患者は、こうして安心感を得て、回復していく。その時、気が付くんだ。これは、恋愛じゃないって。
もしかしたら、本当に僕を好きになってくれるかもしれない。でも、そんなことを考えちゃ行けない。見送らなければいけない。
それが、彼女を本当に思う、僕の役目。
僕は、精神科医なんだ。』
「どこかでお茶しませんか?」
「疲れちゃいました?」
「いいえ。大丈夫。心配しないで。あっ、先生になれなれしすぎるかしら?」
「前も、言いましたけれど、病外では、ただの森口です。」
2人は、美術館を出て、近くのカフェに入った。
「毎週、私にお付き合いさせちゃって。いいんですか?」
「僕も楽しいです。村沢さんと一緒に過ごせて。」
「それって、患者としてではなく?」
一瞬、森口は、言葉に詰まった。
自分の本心を言うわけにもいかない。
『あなたが好きですと言ってしまいたい。やっぱり、言えない。でも、何と言えばいいんだ?』
「あ、ごめんなさい。困らせちゃったみたい。」
「いいえ、ただ、何て答えたらいいのかなって。村沢さんは、僕の患者さんでもあるわけだし。でも、今は、こうして一緒にいるのが楽しい。それが、僕の本当の気持ちです。」
『本当は、苦しいんだって言ってしまいたい。好きなんだって。でも、彼女は、違うんだ。今は、それは言えない。彼女が回復していくまで。』
「疲れちゃいけないから、そろそろ帰りましょう。」
「もう少し、一緒にいてはいけませんか?」
美奈は、森口の目を見つめていた。
森口も美奈の目を見つめた。
『彼女は、心が癒されたいのだろう。安心感を与える僕に傾倒しきっている。この安心感を持続させていけば、このまま彼女は回復傾向を進んでいける。』
「いいですよ。でも、余り、歩き回ると疲れますから。」
「ありがとうございます。今度、森口さんにお礼をしなくちゃ。」
「お礼なんていいですよ。僕も楽しいんですから。」
「父以外に、久しく男性にプレゼントを買ったことないんですもの。プレゼントさせて下さい。」
『彼女は、この関係に楽しみを求めている。僕を恋愛の対象として求めている。でも、違うんだ。』
「いいのかな~。嬉しいですけれど。」
「私も楽しみ。森口さんの喜ぶ顔が。」
2人は、少しだけ白金の通りを歩いた。
おしゃれな小物を売っているお店を覗いたりした。
「そろそろ帰りましょう。タクシーをつかまえましょう。」
「ありがとうございました。私の、我が儘におつきあいしてくれて。」
「僕も楽しかったです。じゃあ、また、来週の土曜日。」
「じゃあ。」
美奈は、森口が止めてくれたタクシーに乗り込んだ。
タクシーの中から、美奈は、森口を見つめて笑顔で手を振った。
森口もそれに応えるように笑顔で手を振った。
『僕は・・・。僕は、彼女を見守ることだけしかできない。こんなに好きになってしまうなんて。自分の気持ちを抑えるのがやっとだ。精神科医として失格だ。』
森口は、美奈の乗ったタクシーを見送った。
「あの、目黒駅までお願いします。」
『今日は、調子がよさそうだから、電車で帰ってみようかな。先生へのプレゼント、何がいいかな。』
美奈は、心がうきうきしていた。
久しぶりに感じる感情だった。
美奈は、目黒駅から山手線で新宿に向かった。
駅に近いデパートの男性物売り場へ行った。
『何にしようかな~。やっぱり、ネクタイかな。』
ネクタイ売り場へ行った。
『やっぱり、職場的に、コンサバな感じのネクタイばかりなんだろうな~。あんまり、先生のネクタイを意識して見たことなかったわ。ちょっと、違った感じのがいいかな?』
ネクタイ売り場を行ったり来たり。
『何か楽しい。』
美奈は、よく見るとわからない小さな犬の絵柄のネクタイを選んだ。
『先生に気に入ってもらえるかしら。』
デパートを後にした美奈は、駅に向かった。
ホームに下りて行く。
『あれ、大丈夫だわ。ドキドキしない。先生が言っていたとおり、人が余りいないからかな?』
休日のホームは、余り人がいなかった。
電車が入ってくるのを待っていた。
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