風とこころ

風とこころ

フィクション


ここは病院の一室。

部屋にはやせ細った老人がベットに横たわっていた。

老人の傍には、老婆が傍に寄り添うようにしていた。

先ほど部屋に入ってきた、白衣を着た男性が何かを言っている。

『―――さんは、ガンが体中に転移していて―――』

老婆は目を見開き、まだ若い医者を見た。

そんなことを本人の目の前で言うのかと目を疑った。

老人は、そうかとだけ言い、天井を見た。

明るい日差しが天井を照らし、線を作っている。










数日がたち、老人の下へは多くの親戚がきた。

老人の目は虚ろであり、何を見るでなく空中をさまよっていた。

ふと、老人の目の端に見知らぬ少女が見えた。

少女は笑うでもなく、悲しむでもなく、ただ老人を見つめていた。

老人はワケも無く悟った。

ああ、アレがそうなのだと。

自分はもうすぐここを去るのだと。
















親戚が去った後もそれはいた。

何も言わずにただそれはいた。

不思議と恐怖はなかった。

ただ漠然と事実を受け入れていた。

ふと、少女は時計を見た。

いまは夜中の3時。

そろそろなのか、と老人は思ったが、少女は一向に動こうとせずにいた。

なぜだろう、と思い少女のほうに向いたそのとき、少女の口が動いた。

『後、30分だけ待ってやろう。』と・・・。

・・・・・ああ、なんと言うことだろう、体が動く。

最後の言葉をいうことができる・・・。

老人は、傍で眠っていた老婆を見た。そして・・・・












老人の傍で眠っていた老婆は、ワケも無く目が覚めた。

体を起こすと、目の前にはベットから降り立っている老人がいた。

『あなた・・・?』

不思議に思い、呼んでみる。

老人の体はガンに蝕まれていて動けないはずなのに、なぜ立ち上がることができるのだろう。

そのとき老人は背を向けていたが、ゆっくりと振り返り老婆を見つめた。

『・・・長い間世話をかけた。』

老人が口を開いた。

『わし一人で逝く事を許してくれ・・・。』

老婆はハッとした。老人がもうすぐ行ってしまう・・・。

『あなた、まっ・・・!!』

『さよならだ・・・。』

老人の姿が消えゆくとき、老人が言葉にならない言葉を老婆は見逃さなかった。

『――――愛していた。―――――』と・・・。

老人はベットの上で横になっており、息絶えていた。

老婆は老人が横たわっているすぐ横で、ベットに顔をうずめていた。


時刻は3時30分。まだ、日が昇る前だった。












少女は仕事を任されるのはこれが初めてであった。

もっとも、少女がこの世界に来ることもはじめてであったのだが。

少女はこの世界へ行き、あるモノを持ってくるように創られていた。

あるモノとは、少女にとっては初めて見るものであったが、

それはすぐに見つかった。

とゆうより、最初から見つかっていたというべきであろうか。

少女にはそれしか見えないように創られていたからだ。


この世界の穢れを見ないように。

この世界の汚れを聞かないように。

この世界のことを何も言わないように。


少女はそのようにして創られた。

少女には感情のようなものは無い。

老人に時間をやったのも、そう創られたからだ。

30分たったとき、彼女は手にしたものを振り上げてそのまま重力に従っておろした。

振り下ろしたものが老人の体をすり抜けたとき、

老人の体からは光があふれ出し、辺りを照らした。

光が消えたあとは老人の体は肉片と化し、

少女も消えてしまっていた。















辺りは、ただただ朝日にきらめくだけだった。


















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