紆余曲折あったが、念願の自転車通勤をしている。
歴史的建造物、遺跡の間をくぐり抜けて自転車で走るのは感動モノである。
あの サン・ピエトロ大聖堂
の前を毎朝突っ走っているのだ。
こんな日本人、多くはあるまい。
フロントのマッシモが、新品(一回乗ったきりで全く使わずに放置されていた)の
マウンテン・バイク
を10ユーロ(約1300円)で譲ってくれた。
本当に嬉しい。
自宅から職場までの5kmを最短で20分、遅くても30分で移動できるのだ。
いつ来るとも分からないバスを待ち、
ジプシーもご一緒の満員のトラムに
揺られるよりは、
雨のほとんど降らないローマでの自転車は 快適
である。
ただ、マウンテン・バイクに乗るのは初めてで、
ギア・チェンジにも慣れていない。
ママチャリ派だったからサドルがとにかく固く感じる。
毎日お尻が痛い(ところでこれを伝えるのに最近同僚たちにイタリア語で
「 ケツがいてえ。
(Mi fa male il culo.)」と言ってはたしなめられている)。
ペダルが重い。
5kmの距離の半分ほどがViale di Trastevere
(トラステヴェレ大通り。
トラステヴェレとはテヴェレ川の向こう、
という意味である)で、この道は、
有名な蚤の市、Porta Portese(ポルタ・ポルテーゼ)が
毎週日曜日に
開かれる通りに平行して走っている。
もう半分はLungotevere(ルンゴテヴェレ通り)。
この道は
大きな交差点ごとに、ルンゴテヴェレ○○、
ルンゴテヴェレ××、というふうに
名前を変えていくのだが、テヴェレ川沿いの道のことである。
ところでこの川を見て、スペインから来たわたしの友人は言った。
「パリにセーヌ川があるように、ローマにはテヴェレ川があるんだね」
。
そのローマを代表するテヴェレ川、本当に美しい。
川の水は汚くて美しくも何ともないから、言い換えよう、
テヴェレ川を擁するローマの景色は 絶品
である。
わたしはこのルンゴテヴェレを自転車で行くのを心から気に入っている。
ルンゴテヴェレの歩道は並木道になっていて、
木々の根が強いせいで舗装されたアスファルトがデコボコである。
これには我がマウンテン・バイクは実によろしい。
ママチャリなら車輪をとられてしまいそうなところを、
この大きなタイヤで ぶっとばせる
のだ。
自転車に乗って口ずさむ歌というのがある。
日本のように自転車に乗っている人や歩いている人は少ないから、
多少の声を出しても大丈夫、誰にも聞かれない。
調布基地も競馬場もビール工場もここにはないけど、
ユーミンの 『中央フリーウェイ』
がすごく合う。
あとは、ご存知の方いらっしゃるだろうか、
モダンチョキチョキズの 『自転車に乗って、』
。
いずれもテンポが早過ぎなくていい。
イタリアのグループ MATIA BAZAR
(マティア・バザール)の
『Vacanze Romane(ヴァカンツェ・ロマーネ=ローマの休日)』も
ついつい口ずさんでしまう一曲である。
“Sul lungotevere in festa(ルンゴテヴェレではお祭りが~)”という
くだりがあって、ルンゴテヴェレを滑走しながらそこばかりを繰り返している
(他の歌詞は覚えていないのでフンフンフーンと鼻歌である)。
ところで自転車を語るときに忘れてはならないのが ローマの駐輪事情
である。
日本のようなあの前輪にカチャッとやる鍵は存在しない。
甘すぎるからである。
あんなモンは壊すのが簡単だ。
ローマにおいて(おそらくイタリアにおいて)自転車は
「置いといたら盗まれる」という前提のもとにある。
ましてやわたしの愛するチャリンコは、新品で、
デザインもハッと人の目を
引くような綺麗なものである。
たとえ15ユーロで買った強靭な鎖(自転車より高かった…)
でつないでおいても
外に置いては 一晩でサヨウナラ
だ。
そこでこの子は今、わたしの部屋の中にいる。
アパートの6階(日本でいう7階)だが、
エレベーターには
入らないので階段で運んでいる。
上り下りはキツいにはキツいが、愛するこの子を守るため。
それにわたし、日本ではジャズ・バンドでバリトン・サックスという
でかい楽器を吹いており、これがケースに入れて12kg。
これを練習のたびに持ち歩いていたのだから力はある。
この自転車は15kgくらいか?毎朝毎晩エンヤコラである。
靴を脱いでから入る日本式のわたしの部屋は、なぜかとても タイヤ臭い
。
さて、職場に到着。駐輪場所には倉庫を使わせてもらっている。
はじめは道端のポールに鎖でつないでおいたのだが同僚たちが心配して、ここに入れるといいよ、と場所を空けてくれた。
わたしの自転車通勤をみんなが気にしてくれているので有り難い。
安全灯や反射シールを付けるのを勧めてくれたのは予約係のイローナだし、
実際に自転車を譲ってくれたマッシモは、
稼動初日と翌日に心配して
電話をかけてきてくれた。
ポーターのファビオは安全灯を取り付けてくれたし、
別のマッシモはペダルの補強をしてくれた。
フロントのフォステルは馴染みの自転車屋を紹介してくれ、
マッテオにラウル、ステーファノは顔さえ見れば
“Come va, con la bici?(チャリ通どう?)”と聞いてくる。
わたしの自転車通勤はみんなに支えられている。
貼り紙からはじまったわたしの自転車談話はひとまずこんなところでおしまい。
(2003年6月)
LA BASILICA DI SAN PIETRO サン・ピエトロ大聖堂
イエス・キリストの十二使徒の一人ピエトロ(ペテロ)が、
ローマ皇帝ネロの迫害によって磔刑に遭ったのは西暦64年のこと。
ミラノ勅令によりキリスト教を公認したことで知られる
コンスタンティヌス帝が西暦330年頃、ピエトロの亡くなった
とされるところに大聖堂を建てさせた。
これがサン・ピエトロ大聖堂の前身である。
16世紀にローマ教皇ユリウス2世の命により、
ブラマンテ、ミケランジェロら著名な芸術家たちによって
大聖堂の再建が手掛けられ、17世紀はじめには現在の形となった。
クーポラ(大円蓋、つまりドーム状になっている屋根のこと)を
頂き堂々とそびえるこの教会は世界中のカトリック信者が目指すところであり、
歴史学的にも建築学的にも価値がある。
わたしの働くホテルの屋上(喫茶室になっている)から臨む
サン・ピエトロ大聖堂は
まさに眼前に建ち、
何とも形容し難い姿を見せてくれる。美しく、輝かしく、素晴らしく、
そして神々しい。