08 宮本輝の偶然

LA OTTAVA PUNTATA  "LA COINCIDENZA SU MIYAMOTO TERU"
第8話 宮本輝の偶然

ローマに来たばかりの頃、
スペインに留学していた日本人の友人が 会いに来てくれた。
大学時代、同じバンドで背丈よりも高いウッド・ベースを ブンブン弾いていた のが彼女で、
社会人になってからも、もちろん今でも 交友は続いている。
当時スペインでの一年の留学期間を終えて、修士かなんかを 卒業し、
もう日本に帰る、という時に、旅行がてらわたしのいるローマへはるばる
(といっても飛行機で2時間半くらいだが)やって来た。
生活用品を譲るねーと言って、
使っていたCDプレイヤーだの 使い切らなかった 日本の食材 だの、
読み終えた本だのを持ってきてくれたのだが、その中に
『優駿』 (新潮文庫)という文庫本、上下2冊があった。
映画化もされた宮本輝の作品である。

ローマでできた日本人の知り合いというと結構いるのだが、
親しくなった友人という と意外に少ない。
その貴重な友人のうちの一人が、2月に ロンドン に引っ越して しまった。
別れの時に彼女が私にくれたものは
『朝の歓び』 (講談社文庫・上下巻) という宮本輝の本であった。

ローマ大学で 建築学 を勉強している日本人の友人がいる。
彼女とは共に映画や食事に 出掛ける上に、
DVDやビデオの貸し借りを頻繁にしているのだが、
先日3冊の本を 貸してくれた。宮本輝の
『幻の光』 (新潮文庫)、 『星々の悲しみ』 (文春文庫)、 『錦繍』 (新潮文庫)である。

読書は好きであるが、あまり読む方ではない。
好きなジャンルが非常に偏っているの だ。
中学3年生の時に、あれは忘れもしない、 学級委員の加藤くん に、司馬遼太郎の
『竜馬がゆく』 (文春文庫・全8巻)を勧められたのが運のツキ(?)。

司馬遼太郎を少々かじり、 永井路子 はほぼ全作読破、
高校生になってからはその当時の NHK大河ドラマの影響を受けて吉川英治の
『私本太平記』 (確か六甲出版とかいうところの単行本だったような…。
現在では講談社からも文庫本が 出されている)の虜となるなど、

読んだ本ほとんどが歴史小説という凝りようであった。

それ以外の分野の本となると、ダメの一言である。
『ハリーポッター』の一巻目は10分の1を過ぎたところで理解不能となり断念し、
映画があまりにもおもしろくてついつい買った 『ブリジッド・ジョーンズの日記』
(“Il diario di Bridget Jones", Sonzogno Editore, Olivia Crosio訳)は
イタリア語だった ことも災いして途中で匙を投げる羽目になってしまった。
60年もの間、世界中のよいこたちに愛されているサン・テグジュペリの
『星の王子さま』(内藤濯訳・岩波少年文庫)もわたしには愛せない。

最後まで読みきれなくてショックだった。

そんなわたしがである。

この2年間だけで5冊もの宮本輝の本に出会ったのである。
お互いが面識のない3人 の女性に勧められるという形でだ。
イタリアでだ。ローマでだ。

確かに宮本輝の小説は大衆に受け入れられる人気のものだから、
誰が持っていても おかしくない。
しかしわたしはいまだかつて、彼の作品を読んだことも、読んでみよう と思ったことさえもなかった。
たまたま友人にもらったから、あるいは貸してもらったから、 というだけの理由で
頁をめくるに至ったのだ。

宮本輝がきっかけで、日本にいては今まで見向きもしなかった、
手にも取らなかった本を 読むようになってきた。
皮肉にも異国の地、ローマで。
先にも書いたように、読書量は 多くはないので、ここで評論することもできないわたしだが、
宮本輝の他にローマで 出会った素晴らしい、読み応えのある本をいくつか挙げてみる。
偶然にも全ての作品が直木賞を受賞した女性作家によるものである
(『女たちのジハード』 のみが受賞作である)。

宮部みゆき 『蒲生邸事件』 文春文庫

山本 文緒 『恋愛中毒』 角川文庫

篠田 節子 『女たちのジハード』 集英社文庫

唯川  恵 『泣かないでパーティはこれから』 幻冬舎文庫

ところで 宮本輝 であるが、どうにもこうにも読むのを止められない。
おもしろい。
この偶然のめぐり合わせには感謝である。
一番に読み始めたのは『幻の光』であったか。
短編集だったので読みやすかったのが幸いした。
江角マキコ の主演で映画化され たことくらいは聞いた覚えがあったが、
ストーリーは全く知らなかった。 また、彼の描く話の舞台もわたしの興を惹く。
『幻の光』もそうであるが、 石川と大阪 がとびっきり多く登場するのだ。

石川は、わたしが大学の卒業論文(『織豊政権下における前田利家の対宗教勢力策』。
ここに論文全文を載せたいのはやまやまではあるが、日本の自宅に眠っているため
機会があればということで…)で扱った土地であり、二度訪れた愛すべきところである。
わたしの心のアイドル(?)、 前田利家 が統治していた雪の似合う北陸の小京都だ。
大阪には、1月の日本出張の際に5日間滞在した。
初めての地であったが、 営業で企業回りをしたので、
中心地の土地勘は自分の足でつかんだ。
やはり思い入れのある場所だ。
読み進むごとに、知っている地名が出てくる出てくる。
感情移入がしやすく、読みやすい。
『朝の歓び』などはイタリアも舞台になっているから、
ヒロイン日出子はもう ワ・タ・シ! 先を読むのが楽しみになる。

海外にいては、日本語で書かれた本はとても貴重だ。
親戚や友人に送らせたり、 引っ越す誰かにもらったり、
あとは年に数回開かれる 日本人団体主催のバザー で取り引き するくらいである。
それで今あるものを必死になって読むわけだが、だからこそ偶然、
ここでこれらの小説に出会えた喜びは大きいのだ。

さあ、日本に一時帰国する時には、宮本輝のアレとアレを買ってこよう、
宮部みゆきも 忘れちゃいかんなあ、などと 仕入れのネタ に思いをはせることに
余念のないわたしである。

(2003年7月)

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