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イルカ・セラピー
イルカ・セラピー
~異種間コミュニケーションと癒し~
はじめに
私は小さい頃からイルカが好きでいつか一緒に泳ぎたいという思いを持ち続けていた。イルカに対するイメージは暖かく優しく、そして楽しい、そういうものだった。私は自分の好きな動物であるイルカの持つ癒しの力について、理解を深めたいと思った。 陸の上に生きる我々人間は、犬や猫などと違い、海の中にすむイルカに実際に会う、触れるという機会は少ない。にも関わらず、近年イルカに会いたい、一緒に泳ぎたいという「イルカブーム」が起こっている。そして注目されているのがイルカの持つ、自閉症児の治療や鬱病の治療に大きな効果をあげている癒しの力なのである。なぜ、他の動物ではなく彼らなのだろうか。イルカがなぜ人を癒せるのかについての理解を深め、私たち人間と動物、自然との関係について考察していきたい。
第1章 イルカ・セラピーについて
第1節 イルカ・セラピーとは
イルカを「橋渡し」として自閉症児などの治療をするのが「イルカ・セラピー(Dolphin Assisted Therapy)」である。現在アメリカなどで盛んに行われている。イルカと一緒に泳いだり、遊んだり、触れたりすることによって、心理治療的効果を得るものである。施設のプールなどにイルカを飼育して、そこで交流が行われるものと、船に乗って海へ出て野生のイルカと交流するものとがある。どちらも他の心理療法と合わせて行われるプログラムがより効果的とされている。本研究では専門の心理療法家がかかわらない、イルカによるヒーリングも「イルカ・セラピー」の一端と考え、進めていく。このイルカ・セラピーはアニマルセラピー、アクアセラピー、サウンドセラピーという三つの特徴を持っている。それぞれを以下に簡単に述べる。
a)アニマルセラピー
人間の歴史の上で、仲間であり、労働力であり、時には人間を守ってくれたりと、動物は様々な役割を果たしてきた。動物に触り、世話をすることにより孤独が癒され、心身の健康につながることもある。こうした動物を介在したセラピーが動物介在療法(アニマルアシステッドセラピー/Animal Assisted Therapy)である。治療上のある部分で動物が参加し、専門の作業・心理療法士などが治療のゴールの設定などを行う。
b)アクアセラピー
水中でスポーツなどを行うことによって心身の治療を行うのがアクアセラピー(aqua therapy)である。水中では陸上と違って重力による負荷が少ない。重力が軽減される水中では関節や筋肉を痛めたり、怪我をする恐れが大幅に減り、動くのにそれほど力を使わなくて済むのである。更に水しぶきや塩水の中にはイオン粒子が発生しやすく、リラックス効果が高まるため体が柔軟になり、動作の幅も広がる。これにより、障害者は今まで困難であった活動をやり遂げることができ、その経験によって自尊心が高まり、人との付き合いや通常の社会生活への参加も活発になるのである。その他に1)人間は頭から冷たい水に浸かったり水音を聞くと心拍数が下がり、リラックスすることがわかっている。カラーセラピーとして、海の青い色も「安らげる」という意味を持つ。
c)サウンドセラピー
水中では空気中の五倍の速さで音が進むため、私たち人間の聴覚も五倍敏感になる。そして水中で聞こえる音は高周波となって私たちの耳に届く。水中で聞くイルカの声は私たちの耳には聞こえないほど高いが、私たちが胎内で聞いていた音と同じ範囲内なのである。水中で届く音を学習障害、自閉症、多動症、失読症の子供達に聞かせると学習と行動に劇的な改善が見られる。これは、水中で聞こえる音が、母親の胎内での感覚を目覚めさせ、あらゆるストレスに対する耐性や、知力、活力を高めるためだと考えられている。
イルカ・セラピーはこのようなセラピーを複合したものと考えることができる。
第2節 イルカという動物
クジラ類は海に住む哺乳類である。胎生、肺呼吸の恒温動物である。イルカとクジラは同じ種であり、体の大きさによって区別されている。イルカの脳は人間とほぼ同じ割合の大脳を持ち、体に対する脳の比率も人間などの霊長類とほぼ同じである。彼らはその一生のほとんどを水中で過ごし、魚やタコ、イカなどを食べて栄養源とする。海水は飲むことができないため、体内に海水を体外へ出す機能を備えている。彼らの皮膚はとても柔らかく、痛みに敏感で、さらさらとした脂を分泌し、皮膚に対する水の抵抗を押さえている。イルカは群れで行動し、互いにコミュニケーションを取り合いながら生活している。つがいになると一生同じ相手と過ごす。子イルカはある程度成長すると同じ年頃の子イルカ達と群れを作って遊ぶ。それは人間でいえば幼稚園のようなものであろう。親イルカは子イルカに群れでのルールや言葉、食物の取り方などを教え込むと言われている。
イルカは好奇心の強い、遊び好きな動物である。われわれ人間に対して危険な捕食動物だとは思っていないようで、船のそばまで来たり、野生動物であるにもかかわらず、ダイバーとともに泳いだり、遊んだりする。網にひっかかった仲間を助けようとしたり、おぼれそうな人を助けたり、サメの攻撃を妨害したりと、利他的な行為をよくするが、これは群れで生活する中で、お互いに助け合う能力を身に付けてきたからだと思われる。
彼らの最大の特徴は「エコーロケーション(反響定位)」の力である。イルカは「クリックス」と言われる高い周波数を持ったパルス波を出し、それが物体に当たり跳ね返ってくる反響をキャッチして、その物体までの距離や、方向、形、感触や大きさなどを判断するのである。イルカはエコーロケーションによって、人間の体内の様子や生理機能の異常がわかるのではないかと言われている。健常者と障害者とではイルカの態度が違うのである。たとえば、右半身不随の人が海に入れば、イルカたちは必ず、不自由な右側を支えるように、その人の右のほうへ回りこんでくる。また、たくさんの人が泳いでいる中に一人だけ自閉症の患者がいれば、彼らはなにも教えないのに、その患者の側へ行くのである。
第3節 イルカの精神性
イルカは昔からギリシャ神話などにおいても人間と関わる数々のエピソードを持っている動物である。イルカはさまざまな文化の壁を越えて、喜びや、優しさ、美しさ、平和などのシンボルとされてきた。現代に生きるわれわれも、イルカに対して、こういったポジティブなイメージを連想する。イルカと泳ぎたい、遊びたいと思う人が多いのは、こういったイメージが根底にあるのではないかと思う。私自身も実際に本物のイルカを見たのは、大学に入ってから行ったアミューズメントパークだったが、小さい頃からイルカに対するイメージは一貫していた。優しい、楽しい、そんなイメージでイルカを感じていた。
彼らに高い精神性を感じるのはただのイメージからだけだろうか。彼らの脳の構造からもその高度な精神世界を窺い知ることができる。クジラ類の脳はサル程度のものから人間と同じくらいの大きさのもの、人間の脳の四倍~五倍の大きさのものまである。彼らの脳で発達している部分は沈黙・連合皮質と呼ばれる部分である。この沈黙・連合皮質と呼ばれる部分は過去と未来にまたがって思考をめぐらせ、過去の経験と未来の予測に基づいた現在の行動を決定する能力のある部分と言われている。つまり、この部分が発達していると言うことはより高度なレベルの思考が可能だと言うことである。
第2章 癒しのエネルギー
第1節 人間の心にもたらす影響
イルカと泳ぐことはさまざまな治療効果を持つ。私なりに以下にまとめる。
1)自閉症児の治療
イルカに人を癒す力があると注目されるもととなったのが、自閉症児の治療である。十分に安全と確認された環境でえさをあげたり、体に触れたり、一緒に泳いだり、ボールを使って遊ぶなどの交流を通じて子供は変化していく。自閉症児は感情表現のほかに、抽象的、象徴的な情報の統合が苦手である。抽象的・象徴的な情報を統合するためには、特定の行動パターンを繰り返す以上のことが必要となる。イルカ・セラピーで自閉症児は、遊びながら絶えず自発的な変化を示すイルカの行動に合わせて、反応と行動を作り変えていかなくてはならない。そして遊び続けるためには好奇心が必要となってくる。このような内的探求と経験の組換えを通じて、自閉症児は、それぞれの行動に意味を与え始めるのである。こうした学習を続けることによって、自分の周りの具体的な環境から、抽象的・象徴的な世界へと理解を広げ、自分をとりまく周囲との間により感情的な関係を作り上げる事ができるようになるのである。
生物学者ベルタランフィ2)は、「生物体の内的自発性による行動こそ、生物体を組織している根源的な力である。その作用は自動的であり、その能力は変化を調節することである」と述べている。自閉症児にとって、自由なイルカとの遊びは、彼らの内的自発性による行動を引き出してくれるものであり、より情緒的な、シンボルの世界の理解への扉となるのではないだろうか。
2)感情の解放
ドルフィンスイムを体験すると、多くの人が涙を流す。それはイルカを見たときや、一緒に泳ぎながら、あるいは後になってからなど、人によってさまざまである。泣くことによって、人は過去の出来事に縛られている自分を自由にし、心の奥深くに隠されてなお人生に影響を与えてきた無意識の感情を解き放つことができる。イルカを見て、感極まり涙を流す。そうした感情の解放によって、自分の中にあって、今まで正面から向かい合うことができなかったり、表現する方法がわからなかったりした過去の苦しみや悲しみから解き放たれるのである。私たちも普段から泣く事によってストレスを解消するという事を経験している。イルカと触れ合うこと、またそれによって涙を流すことは、人をその心の奥深くに隠されてきたものと向かい合わせることで、心の抑圧から解放するのである。
3)鬱病を治す
イルカとの触れ合いは他にも鬱病の患者を治すことが知られている。3)鬱病患者は、悪いことばかりに目が行くのが特徴である。家族に対してもいつも悲観的な態度で接するので、いつしか疎まれる存在となってしまい、孤立する場合もある。それによって更に悲観的な気持ちになってしまう。すべてがマイナスの方向へ回転してしまうのである。自分には価値が無いと感じており、自分を責め続ける傾向がある。彼らはドルフィンスイムをして、「自分はイルカに特別扱いされた」と言う。自分の存在価値をイルカが認めてくれたと感じるのである。イルカ・セラピーの先駆者であるホラス・ドブスは4)「鬱病の人はイルカと泳ぎ、生きている喜びを感じるようになるのである。自分も社会に貢献する役割があるんだと気づくのである」と言っている。自分を低く評価し、何の価値もないと感じていた人がイルカに価値を認めてもらうことで自信をつけ、病気が治ってしまうのである。もちろん、鬱病の人が一度イルカと泳いで完全に治ってしまうかといわれれば難しい事である。しかし、私は何度かセラピーを繰り返せばどんなに重い鬱状態からでも抜け出せる力がでるように思う。
4)トラウマと出会う
水が怖い、あるいは海が怖いという人が、イルカセラピーでその恐怖を克服できることが多々ある。その中には、なぜ自分が水が怖いのかわからなかった人たちもいる。しかし、彼らはイルカセラピーを始めるとすぐに感情の高まりを感じ、イルカの海へ入っていく。イルカの声を聞いたとき、恐怖感は消え、穏やかな気持ちになるのだという。そしてその時、あるいは海から上がった後、自分がなぜ水が怖いか思い出すのである。これは水に対する恐怖に限らない。本人も気づかないまま、心の奥深くに眠っているトラウマがその人生に大きな影響を与えていることがある。イルカと泳ぐことは無意識の世界に押しやられていたトラウマと向き合う機会をあたえてくれるのである。これは前述した感情の開放ともつながりがあるのではないだろうか。
5)肉体的苦痛からの解放
イルカと泳ぐ効果として、他には肉体的苦痛からの解放がある。イルカと触れ合い精神的なつながりを感じると不思議と体の痛みが止まることがあるのである。5)脊髄損傷やガンを乗り越えることができた例もある。イルカの声に体を貫かれたという感覚を味わう人がいるが、それと関係があるのではないだろうか。イルカの出す超音波による治療だと言われているが、詳しくはまだわかっていない部分が多い。また、私自身はアクアセラピーの相乗効果で、こうした身体的な病を癒す事ができるのではないかと思う。
第2節 事例
1)自閉症の事例
自閉症児マイケルの回復の事例6)を取り上げる。マイケルは17歳の少年で言葉を話さず、自傷行為を行うばかりか、他人を傷つけることもあった。重い不眠症で動くものを怖がり、感情を表すことは少なく、他人にはほとんど興味を示さなかった。最初のセッションでマイケルはイルカを見つけると微笑んだ。動くものを極端に怖がる普段の彼からは想像もできないことだった。イルカはマイケルが水に入ると体をこすりつけて彼を支えようとし、マイケルのほうもイルカにそっと触れるという仕草をするようになる。数回のセッション後には母親を抱き締めて頬にキスをするようになった。彼が誰にも指示されずにキスをするのは初めてのことである。このような情緒的行動が増える一方で自傷行為は減り、集中力が持続する時間は大幅に伸びていった。彼のセッションは父親の病気のため中断されたが、その後もこのような変化は持続し、自分と回りとの関係性を認識できるまでに至った。
2)感情解放の事例
ロジャーの事例7)を取り上げる。ロジャーは43歳の男性で14歳の頃にかかった髄膜炎が原因で失明した。彼は船に乗った二日目からがらりと変わった。それまで明るく陽気で冗談を飛ばしていた彼が、沈黙し、一人になりたがったのである。彼は部屋に閉じこもり、そこで一時間ばかり泣いた。彼はその後自分の抱えていた悲しみについて語った。「ひどく感情が高ぶって、でも心は平穏で、真っ暗な部屋の中座って泣きました。僕が感じたのは孤独だった。15年前妻と別れ、何でも一緒にやってくれる人がいなくなって、全てを一からやり直さなくてはならなかった。障害を持つ人ばかりを隔離するのは良くない。隔離されて生きていくよりもっと周囲に溶け込んで暮らしていきたいんだ。もっと行動的に生きていきたいんだ。」ロジャーはイルカに会い泣くことによって、盲目になったときから持ち続け、離婚によって更に強くなった悲しみを解き放つことができたのである。彼はそれ以降、酒やコーヒーに頼ることなく、サーフィンやダイビングを楽しめるようになった。
3)鬱病の事例
14歳の少年ダニエル8)は両親の離婚が原因で精神的にどん底に落ち込んでいた。学校をさぼり、飲酒や喫煙の日々を送っていた。カウンセラーのもとへ送り込まれたが、自殺の危険性があるのですぐに手を打つ必要があると診断されたため、母親が投薬の前にイルカと泳がせてみることにしたのである。ドルフィンスイム後、彼は酒やたばこをやめ、シェフになる為の修行をするようになった。泳いだ後には5センチも身長が伸び、以前はほったらかしだった身なりも清潔にするようになった。彼は後にこう語っている。「あの頃は何を見ても何をしても落ち込んだ。僕はただイルカを見ているだけだった。イルカは僕を助けたかったんだ。」泳いだ後カウンセラーには「もう元気になったから会いたくない」と告げた。イルカと泳ぐことによって、ダニエルは自信をつけ、進むべき道や夢を確信できるようになったのである。
4)トラウマの事例
管楽器奏者のヴィーナスという若い女性9)は、イルカと泳ぎ始めたとたんに泣き出した。彼女は幼い頃に継父に虐待されていた事を急に思い出したのである。ヨットに戻った彼女はこう語っている。「イルカと泳いでいたら、すっかり忘れていた子供の頃の記憶が戻って来たの。ひどいものだった。継父に虐待されていて、殺されそうになった日の事を、急にありありと思い出したの。」その後彼女は二日間にわたりイルカと泳ぎ、喜びをもらった、と語った。
スチュアートはイギリスの会社員で、水に対する恐怖を持っていた。初めて海に入った彼はパニックを起こし、すぐにヨットに引き上げられた。しかし、昼食をとっているとき、彼は突然水にまつわる嫌な体験を思い出したのである。子供の頃カヌーに乗っていて転覆し、抜け出せなかったというものだった。「もっとひどかったのは、友達がみんな見ていて、僕が溺れているのに大笑いしていた事なんだ。」彼はその後、不安を感じながらもダイビングに挑戦した。イルカの声が聞こえた時、恐怖感が消え、穏やかな気持ちになったという。
彼らのこうした事例は、イルカと泳ぐ事によって、心の奥に封じ込められていたトラウマと向き合うことができることを証明しているように思う。
5)肉体的苦痛の事例
主婦ダイアン10)は腸が機能を停止し、便通を全く感じる事ができない麻痺性腸疾患を患っていた。21年間もの間、様々な治療を受けたが、従来の医学では治すことはできないものだった。彼女はイルカと泳いだあと、突然腸が動き出したのである。彼女はイルカと泳ぎ、自分の体が「目覚めた」ように感じ、エネルギーが腸に伝わっていくのが感じられたのだという。
写真家のシャーリ・スター・デュワ-11)は、椎間板ヘルニアを患っており、発作が起きたまま海へ入った。突然イルカの群れが彼女を取り囲み、大騒ぎをしだした。イルカたちはお互いに体を触れ合い、かじりあい、腹をすり寄せ合って、彼女の周りで遊んでいた。電気のようなショックを彼女は感じた。すると左足の筋肉硬直がおさまり、脊髄も普通の状態になるのが感じられた。彼女はリラックスし、「ありがとう」と彼らに心の中で感謝したという。彼女は浜辺に上がってからも、脊髄に何の痛みも無く、「エアロビクスをやらない?」と冗談を言えるほどだったという。
彼女達の経験は、現代の医学では完治の難しい病気をイルカと共に泳ぐ事によって癒す事ができたことを証明している。私はシャーリが感じた電気ショックのような感覚はイルカの発する超音波であるように考え、医療でも用いられている、超音波による治療の一端ではないかと思う。
第3節 その効果について
このようにさまざまな現象の後、彼らがどのように変化するか、12)その代表的なものを以下にまとめる。
a)仕事を変える、夢をみつける、遊びやリラクゼーションに時間をかける
b)さまざまな講習や趣味を通して創造性を高めようとする
c)肉を食べる量が減り、中には完全に肉を食べなくなったり、魚をやめる人もいる
d)ストレスが減る、体重が減る
e)離婚などの苦境を勉強や成長の機会だととらえるようになる、生きる目的を自覚し、夢の実現のために努力を始める
なにより特徴的なことは、これらの変化は持続するということである。イルカと離れ、もとの生活に戻っても、「イルカ効果」というものを持続できるのである。苦しいときや、精神的、肉体的に疲れたときも、イルカと泳いだこと、声やその姿を思い出すだけで、穏やかな気持ちが戻り、新たにエネルギーが出てくるのである。
第3章 なぜ癒されるのか
第1節 脳波について
イルカと泳ぐとトラウマから解放されたり、鬱病やさまざまな恐怖症を克服できたり、肉体的苦痛からも解放されたりする。より意欲的になり、創造的で楽しい生活を送れるようになる。しかし、なぜそんな現象が起こるのだろうか。
私たちはさまざまな脳波を出して生活している。脳波には規則的なリズムを持つ周波数が含まれており、それは四つの領域に含まれると考えられている。オリビアは13)イルカ体験をより客観的に説明できるように脳波計を使い、イルカと脳波の研究を行っている。デルタ波の状態は昏睡時なので、ここでは取り上げない事とする。
※脳波パターン・・・状態(心理状態)
ベータ波・・・覚醒時、活動時(集中する、認識する、問題に対処する、闘う)
アルファ波・・安静時(リラックスする、落ち着く、楽しい)
シータ波・・・覚醒と睡眠の中間(鮮明な思い出、無意識との接触、創造的になる)
私たちの脳は普段ベータ波の周波数範囲で盛んに活動している。イルカと泳いだ後の脳波を調べると、アルファ波とシータ波が大幅に増加する。イルカ体験によって脳波パターンは新しい傾向となるのである。シータ波の周波数は『朦朧状態』に対応している。眠り込まずに大量のシータ波を出すのは難しいのである。つまりドルフィンスイム後、人は眠らずにシータ波を出すことができるようになるのである。そして一度この脳波パターンになると、いつでも意志の力でそのパターンに戻ることができる。ドルフィンスイムを体験した人が、イルカと離れて元の生活に戻っても、イルカと泳いだことや声を思い出すだけで穏やかな気持ちになり、新たにエネルギーが出てくる。こういった「イルカ効果」の持続性は、この脳波パターンと結びつけて考えることができると思った。
第2節 イルカ体験で起こることと脳波の状態
1)シータ波の状態
イルカと泳いだ人の脳波はシータ波の状態になる。シータ波の状態で人はどのように感じるのか。オリビアによると14)脳研究の実験で、シータ波を増やすトレーニングを受けた人たちには次のような状況が確認できたという。
a) 子供の頃の出来事を思い出した
b) 恋に落ちた、新しい才能を見つけた、転職を決めた
c) 人生が変わったと感じた
d) 感情的な面ではシータ波の状態は「他人との関係の改善や、自分自身とその世界を許容し、理解し、愛すること」に現れた
これらの結果はドルフィンスイムを体験した人と酷似している。イルカと泳ぐことで、人はトレーニングでではなく、自然にアルファ波・シータ波を増やす方法を学ぶのである。
2)シータ波とトラウマ
イルカ体験では意識していなかった記憶を鮮明に思い出したり、小さい頃の思い出を突然思い出したりすることがある。これはシータ波の状態である。シータ波は成人の覚醒時にはほとんど見られないが、六歳くらいまでの子供は、そのほとんどの時間をシータ波の世界で生活している。成長して大人になるにつれてシータ波の量は減っていく。子供の頃の記憶は、そのときの脳の状態に従属しているのである。これについてオリビアは次のように述べている。15)「子供の頃の感情的に高ぶった経験、またそれが原因となってした(多くは誤った)決心は、そのときに背景で活動していた低い周波数の変形として習得され、記憶されている」つまり、記憶が最初に作られ、記録されたときと同じシータ波の状態になることで子供の頃の記憶が呼び戻されるのである。ドルフィンスイムをすると多くの人がシータ波の状態に入っていく。彼らは無意識の中に隠された子供時代の傷ついた記憶を取り戻すことができる。例えば幼い頃の海で溺れかかった体験がトラウマとなっている場合、それを思い出し、新しい海との関係を美しいイメージとともに意識に組み込むことができるのである。トラウマとなった記憶は思い出されることによって、大人としての現在の精神に統合され、もうそれに煩わされることはなくなる。さらに心の傷を守るために必要だった大量のエネルギーがいらなくなるので、気が楽になり、活動的になり、感情に対して自由になることができる。シータ波の状態になることで潜在意識そのものが新しいイメージによって変更、あるいはプログラムしなおせる状態になるのである。
第四章 ドルフィンスイム体験
第1節 ドルフィンスイムについて
小笠原諸島は日本でドルフィンスイムができる数少ない場所である。今回私は実際に本物のイルカと泳ぎ、自分の体験として感じたことや考えたこと、聞いたことなどをまとめたいと思い、小笠原諸島を訪れた。小笠原諸島最大の父島は東京から1050kmのところにある。海洋性亜熱帯気候に属し、世界的に貴重な固有種が多い。温暖な海は一年中イルカが泳ぎ、クジラの成育域となっている。
午前9時、ツアーに参加する15人ほどの人々とクルーザーに乗り、沖へ出た。クルーザーは民宿のもので、大型と小型の二艘で出発する。沖へ出るとドルフィンスイムのマナーなどを聞き、スタッフと乗客みんなでイルカを探す。「4時にイルカです。準備してください」とスタッフがマイクで指示を出す。私たちは急いでマスク、シュノーケル、フィンを付け、イルカステップに立つ。「今です。ゴー!」という指示とともにみんなが次々に海へ入る。私も慌てて入り、海の中を覗く。1度目に海に入った時はイルカの姿は見えなかった。二度目に海に入った時に、私は始めて野生のイルカを見ることができた。親子のハンドウイルカだった。警戒しているのか、近づくことはできなかったが、想像以上の綺麗さに圧倒された。次に出会ったのは夫婦と子供のイルカである。私たちの興味をそらすためか、父イルカと思われる一頭がスピードを落とし、少し遊ぶようなそぶりを見せる。しかし、少し遊んだだけですぐに泳いでいってしまった。私は、彼らの生活の中に無理やり入ってはいけないのだと感じた。それと同時に人間と同じようにイルカは子供や家族を守るんだな、と思った。
私と同じように初心者だったYさんは、何度かもぐったあと、頭痛が治ったと言った。彼女は前日のおがさわら丸から船酔いで、寝ても治らず、ずっと頭が痛いと言っていた。しかし、イルカと一緒に泳いでいると嘘のように頭痛が治ったのだという。スタッフの人の話によれば、イルカと泳ぐと体調が良くなるということはよくあるのだという。これは肉体的苦痛からの解放といえるのではないかと思った。
次の日のドルフィンスイムは午前8時半からおがさわら丸出航ぎりぎりの12時半までという短い時間だったが、私にとって貴重な思い出となった。快晴で海の底まで見えるほど視界がよく、イルカはすぐに見つけることができた。その日のツアーは7人ほどだったのでぶつかることなくスムーズに海に入ることができた。遠くの方から、にこにこと微笑むような顔でイルカの群れがやってくる。本当に手が触れられるほど近くまで来た時、そのイルカと目が合った。その瞬間私は、なんともいえない幸福感に包まれ、時間が止まったように感じた。群れについて泳ぐことは難しく、引き離されてしまったところで一度終了である。周りの人たちと集まり、船が迎えにくるのを待つ。船に上がっても楽しい気分が続き、イルカと泳げた人たちはみんな笑顔で言葉を交わしていた。何度目かに潜った時、とても遊び好きなイルカにあった。その日私たちの中でいちばんスキンダイブ技術のあるTさんはドルフィンキックで近づき、くるくる回ったりしてそのイルカと長い間遊んでいた。私も、近くへ寄って潜ると、そのイルカは私をじっと見てくるりと海底のほうへ潜った。私も少し深く潜ると、ほんとうに触れるのではないかと思うほど近くで泳ぐことができた。「キューキュー」と声も聞こえる。私は息の続く限り一緒に泳いだ。次に会った群れはとても大きく、小さな赤ちゃんイルカが何頭かいた。あまり遊ぶ気分ではないようで、スピードが速く、追いつくことができなかった。その群れが行ってしまった後ずっと「カチカチカチ」と声が聞こえていた。見回しても何もいないのに、まるですぐ側にいるように耳元で聞こえるので不思議な感じがした。あれはきっと「もう追ってきたら嫌だよ」というサインだろうと、Tさんが言っていた。
第2節 効果について
ドルフィンスイムで癒されるというのは、小笠原リピーターのKさんも言っていた。彼女はもう5、6回小笠原に来ていて、その度にイルカと泳いでいる。彼女は「イルカがすぐそばで泳いでくれるとすごく嬉しくて、疲れないんだよ」と言っていた。船に上がり、他の人が「寒い」と言っていても、ぽかぽかして全然大丈夫だと言う。「さんざん潜って疲れるはずなのに疲れない。不思議だよ」と私に話してくれた。同じくリピーターで7回目の小笠原だというIさんは「イルカと泳ぐとエネルギーが満ち溢れる感じ。元気になるんだよ」と言っていた。精神的な部分を詳しくは聞けなかったが、同じ民宿に泊まった人たちからは、悩んでいたことがたいしたことではないように思えるようになったなどの話を聞くことができた。
第3節 考察
スタッフの話によると、数年前自閉症の男の子が大人4人と泳ぎに来たらしい。しかしその子はひどい船酔いでイルカと泳ぐことはできなかったと言っていた。野生イルカによるセラピーの難しさは、船で沖に出なければイルカに会えない事、自閉症児や障害を持つ人が泳ぐには多くの人手がいることなどがあげられる。この点をどうカバーするのかが課題だと感じた。
私自身としては、はじめてスキンダイブに挑戦したにもかかわらず、Kさんの言うように疲れることなく何度も潜ることができた。近くで泳ぐことができなかった人たちは疲れて休憩していた。私が遊び好きのイルカに出会えたこと、イルカと一緒に側で泳ぐことができたのは幸運だったと思う。また、ドルフィンスイムをする前は楽しいと感じることは少なかったのに、泳いだ後、世の中には楽しくて幸せなことがあるんだなと思うようになり、自分の大切なもの、自分が大切にしたいこと、自分のやってみたいことが明確になったように思う。治療を目的としたドルフィンスイムではないので、泳ぐ人も何らかの癒しを必要としている人だけではないし、私にも一緒に泳いだ人たちにも劇的な変化、というものは感じられなかったが、私の印象としてはみんな「元気になった」という感じがする。イルカが側に来たり、遊んでくれたり、近くを泳いでいるのを見るだけでも、とても綺麗で感動する。そのときの幸福感は心にエネルギーを生み出してくれるのではと考えた。また、海に潜ることや美しい大自然の中に身を置くことも心を癒す大きな要因であると考えられる。これは環境療法、自然療法と呼ばれるもので、こういったものもイルカセラピーでの効果に関わっているのだろうと思った。今回のドルフィンスイムで実際にイルカと泳いでみることで、事例などの理解もより深まったと思う。
第5章 異種間コミュニケーション
第1節 これからのイルカ・セラピー
1)捕らえられたイルカ
イルカセラピーの始まりは施設の中にある。自閉症児の治療に当たって、安全な場が必要であり、かつイルカを治療にあたる人間がコントロールしなければならなかったからである。自閉症児の治療プログラムは時間によって区切られており、イルカのいるプールの出入りは治療者がその責任を持って管理する。よって、イルカは治療者にコントロールされる側であった。しかし捕獲されたイルカの側に立って考えてみると、施設に飼育されることは自由をうばわれることであり、息が詰まるのではないだろうか。彼らは常に仲間と共に大洋を自由に泳ぎ、遊び、自然と一体になって生活してきた。捕らえられ、仲間と引き離され、狭いプールに閉じ込められる事を考えれば、それがどれほど残酷なことなのかわかるだろう。16)ドイツの水族館での出来事である。ショーで芸をするイルカの一頭が腹を上にしたままになった。初めはやめさせようとした仲間のイルカ達も止めに入る調教師を近づけないようにしたので、その一頭は結局死んでしまった。抗議の自殺だと言われている。このような出来事からも、捕らえられたイルカの悲しみや絶望感が想像できる。私たちが、いきなり家族からも友達からも引き離され閉じ込められたとしたらどうだろうか。彼らが私たちと同じように悲しまないという理由はどこにもないのである。
2)イルカ・セラピーにおける問題点
イルカの自由を奪わずにセラピーを行うことは可能だろうか。私は今の段階ではまず自閉症児の治療に問題が多いように思う。私が実際に小笠原諸島で泳いで感じたように、船で海に出て野生のイルカと泳ぐことは、自閉症児には難しいのである。多くの人手がかかり、イルカに会えるかどうか、交流できるかどうかも計画したとおりにいくかわからない。自閉症児が海上でパニックになる場合や何かの事故が起こることも考えなくてはならず、そのために医療チームも同乗しなくてはいけない。泳げるか泳げないかに関わらず、変化に適応することが困難な自閉症児は船に乗ることから容易ではない。何より自閉症児が海に入れなくてはイルカ・セラピーの効果を十分に得られないのである。だとすれば、飼育されたイルカを使うしかないのだろうか。私はそれでも飼育イルカを使ったセラピーは野生のイルカでのセラピーよりも優れているとは言えないと思う。べッツィはこれについて17)「イルカを治療目的で捕らえておく事は得る事よりも失う事のほうがずっと多いと確信している。何よりもこれは他の動物への敬意を欠いた残酷なやり方である。飼育環境下では自然界における微妙なニュアンスの多くが再現できないのである」と述べている。
鬱病やトラウマなどを対象とした場合でも、彼らが生きる海という世界へ入ることが前提としてある。しかし、それはセラピーと称してイルカ達を追い掛け回すことになりかねない。イルカの癒しの力が注目される以前からも、イルカを観光の目的としたドルフィンウォッチングやスイムがいたるところで行われている。しかし、きちんとしたルールやマナーを守らない人々が多い。彼らに無理やり触ろうとしたり、群れの後をしつこく追いまわしたりするのである。私が実際にドルフィンスイムをした小笠原のツアーでも、腕を使って泳がないことや触ろうとしないこと、海に乱暴に飛び込んで驚かさないことなどを事前にスタッフから説明を受けたにもかかわらず、他の船の乗客で何人かが乱暴な飛込みをしたりしていた。イルカたちの生活の中に私たちは割り込むのである。それには配慮と言うものが必要だと私は考える。自分の家の中にいきなり土足で乱暴に上がりこまれたら不愉快である。私たちが彼らの社会に入らせてもらうということを頭に入れておかなければならないのではないだろうか。
3)新しい試み
では、イルカの自由を奪わない方法で彼らの癒しの力を借りることは可能だろうか。この問題について考えることはイルカたちへの影響を最小限に押さえるために大切である。ベッツィは18)音響技術やバーチャルリアリティーを初めとするマルチメディアの最先端技術を使えば外洋でイルカと一緒に遊泳するという体験も、ある程度までは再現できるとしている。その代表として、サイバーフォンがある。イルカ仮想体験ができるもので、その目的は仮想空間で人々が自由に泳ぐイルカとの交流を全感覚で味わえる事にある。三次元ステレオビューアー、スピーカー付きのビブラソニック・テーブル、こめかみに付けるニューロフォンという三つの部分からなっている。利用者は液晶がつまったビブラソニック・テーブルのマットレス上に横たわる。ちょうど顔の上に三次元ステレオビューアーがくるようになっており、イルカの映像と音声にコンピューターで作った画像と音を加えたものが用いられる。マットレスは体に均等に圧力がかかるように設計されており、水中を漂っているような感覚を与える。ニューロフォンはイルカと水中に潜っているときに感じるような強い音響エネルギー(エコーロケーションに含まれるようなエネルギー)をシュミィレートするための装置で、水中マイクの音響信号を受信しそれを変換して利用者の神経回路に送る。こうして人間の感覚に直接情報をインプットする事によって、イルカと会っているときに起こるような、肌と水が触れ合う感覚を再現できるのである。
このサイバーフォンを利用した人々は、本物のイルカと触れ合ったような感覚を味わったと報告している。生理的、心理的な効果に対するデータを収集するため、医療的治療のプロジェクトがいくつか計画されているという。こうした仮想体験が私たちの脳波に変化を与え、実体験と同じように幸福感が得られることが証明できれば、イルカの個体数にあまり脅威を与えずにすむのではないだろうか。サイバーフォンはジョージア州アトランタにある娯楽教育施設で利用されている。
日本にも京都にヒーリングセンターがあることがわかり、電話で問い合わせたところ、詳しく話してもらえることになったので後日訪問した。氣とイルカヒーリングセンターは京都市上京区の寺の中にあり、今回そこの住職さんにお話を伺った。現在はヒーリングセンターの活動は休止中ということで、実際に中に入ることはできなかったが、たくさんのイルカ・セラピーに関する文献や資料を紹介してくださった。活動中、訪問者は若い女性が多く、海外からの訪問も多かったという。活動を休止していることもあり、訪問を断っていて、今回5年ぶりに人を受け入れたということだった。京都の氣とイルカヒーリングセンターは、イルカ・セラピーの先駆者であるホラス・ドブスがアドバイザーとして関わり、1993年に設立された。世界で最初のヒーリングセンターであり、日本には一つだけである。 センターの中はイルカの写真や絵、ポスターが貼られていて、イルカのグッズが置かれている。そしてそこではイルカの音楽を聴くことができる。このCDはイギリスで人々に聞かせたところ、大きなヒーリング効果があったもので、イルカの声のほか、アボリジニという民族のイルカを呼ぶ曲も収録されている。イルカの映像からも何かを感じ取る人がいると分かったので、その後ビデオも流すようになった。近々活動を再開する予定であるということなので、再開したら私も一度中に入ってみようと思っている。
第2節 異種間コミュニケーション
私たちとイルカという異なる種の生物との関わりがなぜ、人間の心を癒すのか、それはアニマルセラピーの流行とも関連があるように思う。そこから私は言葉を使わないコミュニケーションという意味での異種間コミュニケーションについて考えてみたいと思う。
1)人間とイルカのコミュニケーション方法の違い
人間は言葉でコミュニケーションを交わす動物である。かつて日本には「目と目で通じ合う」という伝統があったが、それも今では「はっきりものを言う」という欧米の伝統に取って代わられている。言葉や文章が絶対的な価値をもって現代社会を支配しているように感じる。もちろん、仕草や表情などの非言語的なものでお互いに相手の考えや感情を読み取ることもある。しかし、それも言葉によるコミュニケーションほど細かい情報を交わすことができないと考える人が多いのではないだろうか。だから外国語を学ぶのである。
イルカも独自の言語を持つ動物である。新しい学説によれば19)3千万年前から人間よりも複雑な脳を持つ彼らは、言語によるコミュニケーションを行っている。文字による記述という方法を持たないが、古代から伝わる「肉声による」歴史を子孫に教え込んでいると言われている。しかし、彼らは言葉以外にもコミュニケーション手段を持っている。イルカはイメージをそのまま伝え合うことができるのである。イルカの前頭部にはメロンという液体の詰まった器官がある。イルカは音波を出し、反射してきた音波を受け取るとメロンで解釈する。メロンはホログラフィーを用いて物体の内側や外側の情報を立体的に描き出すことができるのである。そのホログラフィーを音波に変え、他のイルカに伝えることができる。言葉にしにくい感情や表現しようがないものの情報をそのまま伝えあう彼らのコミュニケーション方法は私たち人間にはとても難しい。しかし人間もかつてはこうしたイメージによる意志伝達の方法を多少は使えていたのではと思う。今でもテレパシーによって情報を収集したり、意志を通じさせたりする人々や、「心を読む」ことに長けている人々が少なからずいるからである。
2)非言語コミュニケーション
現代の心理療法には言葉に頼るものが多い。カウンセリングなどが代表例だろう。それは確かに抑圧されたものを解放したり大きな効果をあげていると思われる。しかし、言葉による心理療法には限界がある。人の心、感情は無限のものだからである。小原田はそれを20)「言葉というロープで無限の可能性を縛ってしまっている」と表現している。
動物と触れあうことで心を癒すアニマルセラピーが近頃注目されつつあるのは言葉を交わさないコミュニケーションに目が向けられてきたからではないだろうか。動物と人間は同じ言葉を使って意志を通じ合わせることはできない。その代わりにその体に触れたり、仕草や表情を見分けたりすることでお互いに相手の意思を感じることができるのである。かつて人間が他の動物と同じようにこの地球の自然の一部だったとき、そのようにしてコミュニケーションをしていたのだと思う。
人間は言葉を持つ事によって自分達を特別だと思い込み、他の動物達との関わりをコミュニケーションという面においてとらなくなってきたのだろう。イルカと人間のコミュニケーション研究でも、人間の言葉を教えて意志の疎通を図ろうとするものがあったが、私はそれは人間中心の考えであり、イルカ側に立って考えられたものではないと思う。コミュニケーションというと言葉に頼ってしまう人間は他の生き物にも自分達の枠をはめ、言語による手段を考えてしまうのだろう。もちろん、人間の社会では言葉に頼らなければならない部分が多い。しかしイルカは私たちのように言葉に依存してはいない。その彼らに私たちの世界の基準をあてはめることはどこかおかしいように感じる。小原田も21)「人間の社会を基準に、もっと言ってしまえば絶対的な物差しとして他の生き物を計ろうとするところに、人間が自然の中に溶け込めない大きな原因がある」と言っている。
3)異種間コミュニケーションということ
異種間、つまり違う種類の生き物同士が意志を通じさせることに、言葉は必要ない。私たちの「言葉」は人間だけのものであり、他の種にはなんの意味も持たないのである。ではどうやって意志を通じ合わせるのだろうか。
それは「感じる」ことではないかと思う。私たちにはイルカのメロン器官のようにイメージを受け取れる感覚器官がある。第三の目と呼ばれるものである。いわゆる直感である。言葉や文字に頼ってきた人間はこの直感が鈍っているが、イルカと泳いだ後にはこのような直感が働くようになる人が多い。イルカはイメージで感情を伝えてくる。それを受け、返すことは自分の持つソナーシステムを発達させることに繋がっているのだと思う。実際テレパシーでのコミュニケーションというと非現実的なもののように思えてしまうが、本当の意味で異種間コミュニケーションを可能にしようと思うなら、人間の思考の枠組みを超えて、そこまで考えなくてはいけないと思う。
異種間コミュニケーションは人間に、かつて自分達が自然の一部であったことを思い出させてくれる。そこでは様々な生物が共存し、生命力があふれていた。
イルカと泳ぐことは、言葉のない世界に戻り、自分自身の中の生命力を回復することなのではないだろうか。そしてクジラやイルカのいる海は全ての生命がそこから生まれた、「母」である。その海の中で聞くイルカの声は、私たちが母親の胎内で聞いていたのと同じ音である。母親の胎内に戻り、心配や不安のない世界にもう一度身を置くような感覚ではないかと思う。違う種と意志を通じ合わせ、自然と一体になることこそが、私たちの生命力を引き出し、活力を与えてくれることなのだろう。クジラやイルカは私たち人間にそれを教えてくれるような気がする。自然と一体になること、これは環境セラピーの枠組みの可能性を広げてくれる。イルカと泳いで病気が治ることの奥には私たち人間がもう一度、自然と溶け合うことの必要性が隠されているように思う。
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参考・引用文献
1) ベッツィ・A・スミス イルカ・セラピー~イルカとの交流が生む「癒し」の効果~ 青木薫・佐藤真紀子共訳 講談社 1996年 p149
2)ベッツィ・A・スミス 前掲書1)p157
3) 小原田泰久 イルカが人を癒す KKベストセラーズ 1998年 p91
4)小原田泰久 前掲書3) p94
5)小原田泰久 前掲書3) p108~111、148~150
6) オリビア・ド・ベルジュラック イルカは、なぜ人の心を癒すのか 西田美緒子訳 扶桑社 1999年 p199~202
7) オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6)
8) オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6)
9) オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6) p129~133
10)テリ-・ピニー イルカは海の天使 大内博訳 講談社 1996年 p58~59
11)テリ-・ピニー 前掲書10) p64~71
12)オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6) p194
13) オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6) p203~208
14) オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6) p206
15) オリビア・ド・ベルジュラック 前掲書6) p208
16)小原田泰久 前掲書3) p60~61
17) ベッツィ・A・スミス 前掲書1) p173~175
18) ベッツィ・A・スミス 前掲書1) p175
19) ジョン・C・リリー イルカと話す日 神谷敏郎・尾澤和幸共訳 NTT出版 1994年 p57~58
20)小原田泰久 前掲書3) p39
21)小原田泰久 前掲書3) p38
アクアセラピーについて http://www.interqor.jp/world/lost/therapy/iruka.htm 2001年11月20日
渋谷正信 イルカに学ぶ癒しのコツ 駿台曜曜社 1999年 190p
村山司・笠松不二男 ここまでわかったイルカとクジラ 講談社 1996年 222p
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