長さんは毎朝教室に来た。



 竹刀の素振りだけをやらされている私が、傷だらけであったわけです。

 部室に行けばリンチの毎日。よく辞めなかったねと思われるでしょうが、辞めることはできないのです。

 練習は放課後の稽古と日曜日午後からの稽古がありました。要するに毎日あるのです。そして練習をずる休みすると、以下のようになります。

 授業が始まる前のクラス・ルームは今でもそうでしょうが、蜂の巣をつついたように騒々しいです。

 突然静かになります。「GANESIA! GANESIA!」とひそひそ声で皆が私を呼びます。

 教室の入り口に袋竹刀(ふくろしない)を右手に持ち、剣先を肩にかけた長さんが立っています。

 赤鬼のように真っ赤な顔をして白衣を着ています。(理科の先生でした)

 前に出ますと、「昨日の稽古はどうしたー!」と十発から二十発ぐらい打ちのめされます。頭や肩そして防御する腕に袋竹刀が飛んできます。

 教室中、静まり返り、小学六年生を終えて二ヶ月ほどの私は痛さもさることながら、恥ずかしさやら屈辱やらで半泣き寸前です。

 すると、「今日は来いよ、今日は来いよ」と頭をさすってくれるのです。

 教室中爆笑です。

 例のにゃっとした笑みを浮かべながら、長さんは次のクラスへ新入部員を求めていくのでした。

 長さんが死んだことを友人に告げた後、この思い出を話しますと皆は異口同音にこう言います。

 「お前は本当に可愛がられていたのだ。」と。

 私も今になってそうわかったのです。



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