ケイコすりゃ治る


 同じ月曜日、親友の打田はこう言いました。(こいつは柔道部をさっさと退部していました)

 「馬鹿だな、、おめえは。逃げるから追っかけられるのだ。」

 「風邪で医者に行かなければなりませんから、休ましてください。と言えばいいじゃないか。」

 馬鹿なのはどっちだ、そんなせりふが通用するか、この赤ら顔の大魔神に。

 塩辛い声で一言、

 「ケイコすりゃ治る。防具をつけろ、俺が相手だ。」

 と、必ず返ってきます。

 市の中学校対抗の剣道大会も近いある日のこと、長さんが道場に来て、怒鳴りました。

 「渡辺はどうした。」最上級生で主将です。

 「諏訪祭りの打ち合わせで、今日は来れないそうです。」

 「バカモノ!、呼んで来い。今すぐに。お前とナルで呼んで来い!」

 あわてて胴をはずし、垂れを取ろうとする我われに、怒り心頭の声が飛びます。

 「はよいってこんかー、垂れはつけたまま行け、戻ったらまた稽古だー」
 赤鬼の頭髪が逆立ち始めます。

 靴を履こうとしたら、

 「そのまま行けー、なにをしとんじゃー。」

 当時、専用剣道場はなかったのです。体育館もありませんでした。教室の机を後部に下げて、道場にしていたのです。毎日毎日。それで県大会に2年連続優勝していた強豪チームだったのです。

 言いたいことは、教室の床が木製で油敷きだったと言うことです。

 油まみれの足を洗って、靴を履いていたら、時間がかかるのを恐れた長さんの叱声です。

 哀れ、坊主頭の剣道着、袴ばき、裸足(はだし)の中学生2人、四日市一番の繁華街を小走りに行きます。

 おもちゃ屋をやっていた渡辺主将の店に行きますと、お母様が、
 「あれまあ、ほほほ。可愛らしい。息子は床屋へ言ってるのよ、獅子舞いの準備で。」

 近くの床屋へ行きますと、待合席で「鉄人28号」を読んでいました。

 われら二人の姿を見るとすぐ事態を悟ったようで、

 「ちゃう、ちゃう、長さんが迎えに行けってか。ちゃうちゃう、今日はあかんのや。ほんとにあかんのや、サボりとちゃうのや。」
 と、興奮したとき出る軽いどもりを出しつつ、言い訳しました。

 道場に戻って報告しますと、繁殖期の七面鳥のごとく真っ赤になった長さん。

 「どこの床屋だ、俺が行く。お前、後ろに乗れ。」と自転車に乗ってお迎えです。

 理髪店に着いたとき、なべさんは仕上げのシャンプーの最中でした。

 「じゃーわれは。」と怒号が飛び、主将は水色の合羽をつけたまま表へ連れ出されました。

 店主がかろうじて、合羽を取りました。ここの息子も同級生でした。(K君、いまは跡を継いでみえます。先日、調髪してもらいました。)

 店主が小さな声で言いました。職人かたぎもあったのでしょうが。

 「あと5分、仕上げのバリカンをさせてくれませんか。」

 裂帛(れっぱく)の気合とともに返ってきた返事はご存知、

 「稽古すりゃ治る!。」 でした。



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