ワルディーの京都案内

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2015/06/08
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テーマ: 癌(3513)
カテゴリ: 癌治療情報

朝日新聞 2014年8月27日の記事

 2005年3月、熊本市のMHさん(54)は急性リンパ性白血病と診断され、熊本市民病院で抗がん剤治療を始めた。

 急性リンパ性白血病は血液のがんだ。複数の抗がん剤を組み合わせて治療する。1カ月~1カ月半が1クール。点滴などで抗がん剤を体に入れ、がん細胞をできるだけ減らす。免疫力が低くなり、感染症にかかりやすくなるため、その後も入院して様子をみる。落ち着いたら一時退院して1週間ほど家で過ごし、2クール目に入る。これを計6クール。順調でも、半年ほどの入院治療が必要になる。

 抗がん剤は効いた。1クール目の治療で、がん細胞がほとんどなくなる「完全寛解」になったが、その状態を維持するため、抗がん剤治療は続ける必要があった。

 副作用の倦怠感(けんたいかん)がつらかった。熱も出て、光や音の刺激がつらい。テレビはつけられず、ブラインドを閉め切って部屋を薄暗くした。髪も抜け始め、手足や舌のしびれもあった。

 「叫びたい」。しばしば、そんな衝動に襲われた。ただ、誰に向けてその気持ちをぶつけたらいいのか、分からなかった。

 母親の不在を、家族みんなが埋めていた。高校生の長女は自身の弁当と一緒に、夫(55)の弁当をつくっていた。夫は仕事をしながら家事もこなし、仕事が終わると毎日見舞いに来てくれた。疲れているのか、ベッドサイドで寝入っていることもあった。市内に住む両親も見舞いに来てくれ、家事も手伝ってくれた。

 母親の役割を果たせていない。家族に迷惑をかけている――。たまらない気持ちになった。

 退院し、家に帰れる日を夢見て、ただ時間が過ぎ去るのを耐えるしかなかった。でも、退院の日は果てしなく遠く思えた。「そんな日が来るのだろうか?」「重い感染症にかかったら、生きていられないかもしれない」。そんな不安に駆られることもあった。

 念願だった「その日」は、入院から8カ月ほど過ぎた05年11月。抗がん剤治療が予定どおり進み、退院することができた。

 鐘が鳴り響くような喜び――。退院すれば、そんな気持ちに満ちあふれると思っていた。しかし、現実はそうではなかった。


(写真)病院から一時帰宅。子どもたちから母の日の花束をもらった。




 この病気は抗癌剤で「寛解」になることが多い癌です。

 私は後腹膜脂肪肉腫で、抗癌剤の効き目は少ないと言われましたが、それしか選択の余地がなく抗癌剤治療をこの方と同じように6クール受けました。腎臓が片方しかなかったこともあり、標準量の60パーセントからスタートし、70、80パーセントと増やしていきました。

 副作用は食欲不振、脱毛、倦怠感、手足のしびれなど。でも、標準量より少なかったせいかそれほど苦しいものではありませんでした。

 あまり期待していなかった抗癌剤が効き、腫瘍の大きさが11センチから6センチまで小さくなり、粒子線治療を受けることができました。

 今、経過観察モードに入りましたので、次女とこれからのことを話合わないといけない時期です。


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最終更新日  2018/03/31 08:44:32 AM
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