朝日新部員「患者を生きる」2014年10月4日の記事です。
急性リンパ性白血病のシリーズには、多くのお便りをいただきました。病気を克服した方々からの、「白血病は治る病気になっている」という激励の投書を、昨日に続けて紹介します。
●月1回の「ドキドキ通院」
公立中学の社会科教諭として勤務していた53歳で発病し、この9月に骨髄移植手術から3年目を迎えました。移植後の「闘い」は、高熱、口や胃のただれ、体全体の浮腫など、抗がん剤や放射線治療とは比較にならないものでした。
何よりもつらかったのが、感染症を防ぐための外部との遮断です。窓は閉められ、密室の中で息苦しくなり、ときには窓から飛び降りたい気持ちになりました。
移植から3年と言っても、記事のなかで触れられていたように、月1回の通院は本当にドキドキです。検査結果を聞くのは、いつまでも慣れません。そんな日々、「闘い」を支えてくれるのは、家族であり、仕事での友人や同僚、それに卒業生からのお見舞いやメッセージです。
再発を怖がっていてばかりはいられません。現在は整骨院、はり治療などに通い、少しでも自由な体に戻りたいと頑張っています。
(大阪府 K.K. 61歳)
●生きている今を大切に
高校1年の次男は、小学5年の5月に発病しました。習っていたサッカーで疲れた様子が目立ち、エースナンバー10番なのにふがいない試合ばかり。発熱して受けた精密検査で、白血病がみつかりました。
大学病院に行くように言われ、そのまま緊急入院。その日は眠ることもできず、後から後から涙がこぼれ、よくもこんなに泣けるもんだと思いました。パート勤務を辞めようかと思いましたが、「僕のせいで辞めないで。お母さん、楽しく仕事をしているんでしょ」と言われ、また涙。
小学6年の9月、修学旅行に間に合うように退院させてもらいました。親というのは欲張りで、あの当時、元気でいてくれさえいればと思っていたのに、今ではテストの点が気になり……。ただ、本当は、生きている今を大切に、といつも思っているのです。
(神奈川県 女性 46歳)
写真:闘病中の日記。抗がん剤治療中は発熱に苦しんだ=「急性リンパ性白血病」編から
(お名前はイニシャル表記にさせていただきました。)
そうですね、「白血病は治る病気になっている」のですね。そういう情報を聞いて、治ることを信じて前向きに治療に望むことが病気克服の一つの要因になると思います。
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