ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2017/08/14
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テーマ: 京都。(6082)
カテゴリ: 常駐ガイド
【2017年8月14日(月)】

 清水寺随求堂のガイド勤務第11日でした。

 やはり夏休み、お盆ということで、お客様も多く、日本人の構成比が高かったです。

 人数が多いと遠くのお客様にもお聞きいただけるよう大きな声を出さなければなりません。またしゃべる合計時間も長くなります。今日は、声が途中で枯れ気味になることもありました。唯一助かったのは、気温がそれほど高くならなったことです。京都の最高気温は31.9度でした。

 今日から3日間は、夜間拝観もあります。清水寺本堂の拝観料は同じ(大人400円)ですが、一旦通常拝観を締め切ってお客様に出ていただいたうえ、18:30からの入場で、受付は門前になるそうです。随求堂も開けるとのことです。

 本堂の夜間拝観は一度観たいとは思いますが、ベビー誕生、9月1日二条城ガイドの準備もあるので、来年にします。


 随求堂勤務の日記のあと、有料の本堂エリアに入るまでの、スポットを案内しています。

●近藤正慎顕彰碑

 前回の随求堂第10日で信海・月照歌碑と西郷隆盛詩碑について書きました( こちら )。この近藤正慎顕彰碑は、その区画内東側に、それらの碑に寄りそうように建っています。

 近藤 正慎(しょうしん)(文化13年(1816)- 安政5年(1858年))は、江戸時代末期の尊王攘夷運動家で、清水寺寺侍。丹波国桑田郡(現・京都府)生まれで、京都清水寺成就院で出家し、兄弟僧であった月照を支援し尊攘運動に身を投じました。

 安政の大獄に連座して捕縛され、六角獄舎において、月照の行方について拷問を受けながら問われましたが、全く白状せず、獄中で舌を噛み切って壁に頭を打ちつけて自害しました。この碑はその近藤正慎を顕彰したものです。明治維新後、従五位に列せられたため、そのことが刻銘にも表されています。

 清水寺はこの近藤正慎の功績に報いるため、遺族や家族たちの生計になればと、境内茶屋の開設権利を与えました。その家系が営む茶屋は 「舌切茶屋」 と呼ばれるようになりました。現在の茶屋はいずれも4代目によって営まれ、音羽の滝から出口に向かう道の左側で、お参りを終えた参拝者の憩いの場として、賑わいをみせています。

 近藤正慎の孫に陶磁器の人間国宝である 近藤悠三 、曾孫に俳優の 近藤正臣 がいます。

 近藤正慎のお墓は、東山通を霊山護国神社に向かって東に入って、南側の青龍寺にあります。







 今日は、長女のベビー誕生3日目です。名古屋の旦那のご両親が、車で赤ちゃんに面会に来てくださいました。家内が高槻の実家のお墓参りがあり、午後3時以降しか、病院に行けないので、わざわざその時間に合わせてくださいました。しかし、お母様は旅行好きなので、早めに来て、まず車で将軍塚に行かれ、車を病院に置いて、電車で嵐山に行かれたとのことでした。

 私は仕事を終えた後、家内に最寄駅まで迎えに来てもらって面会に行きましたが、ご両親はお帰りになった後で、お会いできませんでした。

 昨日は、手で顔をかくためか、顔のところどころが赤くなっていましたが、きょうはキレイになっていました。毎日、なんのかんのと心配してしまいます。


(守秘義務再考版。原文は非公開日記に移動済み。)



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最終更新日  2019/06/07 08:20:36 AM
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