狎鴎亭的横濱生活

狎鴎亭的横濱生活

アルバイト生活


まずフルタイムの学生である事。(1セメスターで12単位以上クラスを取る事)
そして決められた条件以外では働いてはいけない事だ。

一応学校内では働いていいことになっている。でもこの学内のアルバイトってほとんど空きがない。無理といってもいいだろう。
アジアの多くの国でエコノミークライシスがあった時、それを理由に働く事ができる時期があった。その時は日本はその対象国ではなかった。
でも皮肉な事に、その豊かな国、日本から来る留学生の多くは親から支援をしてもらわずに来たり、少なくとも自分もある程度お金を貯めながら来る苦学生(古いかな)。クライシスだといわれる国々の留学生はほとんどが裕福な家の子供たち。クライシスもなんのその、車、PC、そのほか必要なものは全て持っている子達ばかりだ。

私は親から一切援助してもらわずに来た"苦学生"の一人だった。看護婦だったので、留学する前の6ヶ月は夜勤を掛け持ちして、月60万は作りほとんどを貯金して留学資金にした。留学した後も夏休みの3ヶ月を最大利用して、夜勤のアルバイトをしに日本に帰った。
そうやって何とかしていても、留学中にアルバイトでお小遣い程度でも作れたら良いに決まってる。

違法だろうが、アルバイトをしてる留学生はたくさんいる。大抵は同じ国の人がやってるレストランやお店が雇ってくれる。留学生はお金がほしいし、店側は、州が定めてる最低賃金を守らず安く雇えるからちょうどいいのだ。あるタイのレストランは留学生に時給2ドルしか渡さなかった。でもチップがいいので学生も文句は言わない。

私も同じように探そうと思った。日本食のレストランをあたるのだ。コンボイという通り近辺には日本食のレストランがたくさんある。その周辺一つ一つをあたった。
ところが、日本人のやっているレストランって少ないのだ。たいていが大きく、ビザがないと働けないと最初から言っている。
仕方なく何人がやっていても、あたる事にした。でもやっぱり自分の国の学生じゃなかったら雇ってくれないものだ。

探す範囲は広がっていた。私はその頃ノースカウンティーと言われる北の方に住んでいたので、あまり遠くは考えてなかったが、とうとうパシフィックビーチまで足を運んだ。そこまではフリーウェイの便も悪く、30分は優にかかった。

一つ小さなレストランのおばさんが名前と電話番号を残していきなさい、といってくれた。今はいらないんだけど、後で連絡するかもしれないから、と。コックをするオーナーのおばさんとウエイトレス一人でやっている小さなレストラン、あまり期待しなかったけど、とりあえず名前と電話番号を残して行った。

1ヶ月後に本当に連絡が来た!! おばさんは「あんた、XXXX Mountainに住んでるんだって? ここまで通えるの? 遅刻されたり簡単にやめられたら困るんだよ」と突然言われた。「通えます」「時間は絶対守ります」と言って、まず一度レストランに行く事になった。

そこは10時から5時と5時から10時までのシフトをウエイトレス一人ずつがやっていて、何曜日の何時からはだれだれ、と決まっていた。何日かすでに働いているウエイトレスについて一緒にやった。もちろんお給料はない。

私は週に2日、多い時は3日やった。おばさんは気のいい人だけど、気が荒くもある。一番嫌だったのが、今やろうとしている事を言われる事だった。「今やるんです。」というのは、ちょっと反抗的に聞こえるかもと思い、いつも「ハイ」しか言わなかった。そうするとおばさんは「いちいちあたしが言わないとやれないんじゃ困るよ」と一言言う。それでも一生懸命やったら認めてくれる人だったので、ただひたすら頑張った。

日本で学生時代にいろんなバイトをして、レストランでも何回かやったけど、こんなにウエイトレスが大変だとは知らなかった。
アメリカのウエイトレスは大変だ。
客の顔、名前を覚えて、「as usual」が何か覚えないといけない。
スープはいつ出すか、お箸は使えるか、水は氷抜きが良いか、全部把握していないといけない。
全部チップに影響するからだ。
そしておばさんにしては、そういうサービスで常連さんを増やしていくためだ。

慣れてくると楽しいこともたくさんあった。
常連さんに英語のエッセイを見てもらうこともあった。
犬の名前を考えてもらったりもした。

結局、おばさんは何ヶ月後かに店をたたむ事にした。というのは同じ通りの少し先に知り合いの日本人がレストランを開き、しかもおばさんは扱ってない寿司を出す事にしたらしい。メニューはうちのマネ。だからプラス寿司のあるその店に客はもっと行く。メニューは同じでも味も量もおばさんのがもっともっとすごかったんだけど、そんな事アメリカ人の知る由もない。

行った事ある人なら知ってる。「どうせ出すならケチケチしないの。てんぷら一つや、ご飯大盛りをセーブしたって、大した得にはなんないのよ。だったら少しでも気分良く食べてもらった方が良いでしょ」といつでも気前良く振舞っていたおばさん。
多くの日本人学生や常連のアメリカ人が残念がったはずだ。

1年くらい経った頃だろうか。イパルを妊娠して少しお腹が目立ってきた頃、寿司ビュッフェの店に外食に行った。
そこのうどんコーナーにおばさんが・・・!
「そう、あんたたち結婚したの」と嬉しそうな顔をしながら、手は忙しそうに動いてる。
「しんどいから雇ってもらう方がいいのよ」と言っていた。

これも一つの経験。良い経験だった。


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