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表題作とその他の昭和30年前後ごろに書かれた短編集。「楼蘭」は漢と匈奴に侵略されていた小国楼蘭がゼン(善+おおざと)善に移してかつての故郷楼蘭を奪還しようとするものの楼蘭は砂漠に埋まってしまい、20世紀になって発掘される話。小説というより歴史の説明書という感じで、ひとつの国の数百年の歴史を短編でまとめるのに無理があり、場面がほとんど展開せず説明に終始する。楼蘭という国について描いたというだけで、楼蘭人を十分に描いたとはいえない。「洪水」は漢の部隊が洪水に飲まれる話。河が氾濫するのは河に悪鬼がいるからだと河を攻撃するあたりがわけわからん。「異域の人」は匈奴を討伐した漢の班超の生涯の話。ふつうの伝記。「狼災記」は部隊を帰路につかせた陸沈康が他種族の女と七夜契って狼になってしまい、二人の契りを見た張安良を襲う話。変身した後に旧友に会うという展開は「山月記」に似てるけれども中国を舞台にして怪談っぽく仕上がっている。「羅刹女国」は男に尽くす代わりに男が心変わりすると食ってしまう妖怪みたいな羅刹女が住む島に難破した船がたどり着く話。最初に羅刹女は男を食うのだと説明してしまったせいで、島民が次々と消えていく事件が読者にとってサスペンスにならず、怪談としての演出方法が間違っている。「僧加羅国縁起」は王女が虎と結婚したものの子供が連れ去り、村を襲う虎を息子が退治する話。玄奘三蔵の大唐西域記に紹介されている話だそうな。創作じゃなく古典翻訳みたいなものだろうか。「宦者中行説」は漢と匈奴の和睦のために老上単于に漢の女を嫁がせる役に選ばれた中行説がそのまま匈奴に重用されて漢を攻めた話。ふつうの伝記。「褒ジ(女+以)の笑い」は美人だけど笑わない褒ジが周の幽王の後宮に行くことになり、褒ジの機嫌をとるために度々烽火を上げていたら、敵が攻めてきて烽火をあげても兵士が来なくて褒ジが笑う話。これも創作というより中国の逸話を日本語で書き直したものらしい。「幽鬼」は光秀が本能寺の信長を襲撃しようと進軍していると自分が滅ぼした波多野一族の武士の亡霊を見て殺される話。肝心の信長討伐の場面が端折られていて盛り上がらない。「補陀落渡海」は補陀落寺の金光坊が渡海することになるものの覚悟が決まらず、海に落ちて島に流れ着いて助かったところをもう一度渡海させられる話。最後に清原上人について「金光坊にの渡海に同行したこの若い僧のその時の心境がいかなるものであったか、それを知る手懸りは何一つ今に残されていない」という文があるものの、この文章は蛇足。それを言うなら金光坊の心境の手懸りもないのだから、この小説に書かれた金光坊の心境は作者の想像によるフィクションだとわざわざ作者が仄めかす必要はない。「小磐梯」は田畑測量調査員が磐梯に行ったら磐梯山が噴火する話。一人称で報告する形式だけれども、口調が落ち着きすぎて場面の臨場感がない。「北の駅路」は知らない人から駅路図を送りつけられて、送り主の作家志望の男が手紙で自分の人生を語る話。で?っていう。冒頭の表題作がいちばんつまらなくて、他の短編はエンタメとしてまあまあ面白く読めるものの、他の本からエピソードを持ってきたり、どこかで見たことがあるような話を中国風にアレンジしたような感じで、独自性が乏しい。物語が一本調子で、何か出来事が起きて終わりというだけで物語の演出が乏しく、これで終わりなの?という物足りない読後感。昔の作者や読者は小説の完成度は気にせず、珍奇な物語というだけで満足していたんだろうか。★★★☆☆
2015.01.23
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アラサー独身ニートが縁談を断って友人の妻とチョメチョメしたら家族に絶交された話。●あらすじ不景気でインフレの最中に金持ち親父に頼ってアラサー独身ニートの長井代助がアホ書生門野と女中の婆やと一緒に遊んで暮らしていると、疎遠になっていた中学の同級生平岡が仕事を首になって職探しをしに来て再会したら、平岡の細君の病弱な三千代が平岡の借金を払うために金を借りにやってきたものの代助には金がないのでビジネスマンの兄貴の誠吾に頼むものの断られる。三千代は代助と平岡の友人菅沼の妹で、菅沼の母と菅沼が死んだ後に代助は平岡と三千代の結婚を取り持った仲なので三千代を助けてやりたくなって嫂の梅子に借金を頼んでも自分で働けと断られるものの、結局ちょっと貸してくれたので三千代にやる。平岡は新聞社で働くことにする。代助は親父に佐川の娘と結婚するように言われるものの三千代が好きなので、三千代との関係を絶つために結婚しようかと考えるものの、やっぱり縁談を断ることにして三千代に告白して、父親からはもう世話をしないと言われる。代助は平岡の留守中に三千代としばしば会うものの、三千代が病気になって原因は代助に聞けと平岡に言ったので、代助は平岡に一部始終を話して絶交されて、平岡が代助の親父に代助の所業を手紙で知らせたせいで家族からも絶交されたので職探しに行くことにする。三人称の神の視点で時系列順に書く構成。・良い点長編小説として描写がきちんとできている。テンポのいい会話で場面を展開して、場面が落ち着いたところでやや長めの説明を入れて人間関係や人物像を補足している。基本的な描写のテクニックがしっかりしているので安定して読み進めることができる。金を使い込んだだの借金の無心だのという話がいかにも金にルーズな明治時代という感じで、その時代の特徴が出ていてよい。・悪い点三人称の神の視点にもかかわらず、代助のことしか書かないのでプロットが単調になっていて神の視点のメリットをあまり活かせていない。神の視点だと自由に物語を展開できるので、平岡や三千代や代助の親父の立場から見た出来事も書けばもっとプロットが複雑になって心理の重層性が出て面白くなっていたかもしれないものの、ニートがぶらぶらする様子を延々と描写してしまって物語に緊迫感がなくて飽きる。プロットは平岡の謎の借金の理由→ギャンブルで夫婦不仲、代助が結婚しない理由→三千代が好き、代助が三千代を好きだったのに平岡との結婚を世話した理由→平岡も三千代を好きだったから友情のために譲った、というくらいしかないのに、代助が美千代が好きだということに言及されるのがようやく物語が半分を過ぎたあたりで、物語展開が遅すぎる。そのくせに肝心な三千代との恋愛や平岡との友情のエピソードは端折られていて、終盤が盛り上がらない。Wikipediaによると妻側からの離婚請求が認められるようになったのは明治6年の太政官布告からであるらしく、この物語は日露戦争後の話なので妻側から離婚請求ができるのに、三千代が離婚を検討していないという点も不自然。三千代が平岡と離婚して代助と結婚していたら万事丸く収まっていたかもしれないのに、わざわざ旦那に不倫をうちあけるなんてアホじゃないかと思う。悲劇的結末の姦通小説を書こうとする作者の思惑に沿った展開にしてしまって、人間の心理のリアリティを損ねていて、三千代をプロット上の都合のいい女として扱っている。恋愛小説では主人公とヒロインの両方が重要なのに、三千代の存在感が欠けている。書生の門野と婆やはプロット上の役割がほとんどなく、雑談相手という以外に存在意義がない。父親からの援助がなくなることで代助は餓死まで考えるくせに、門野と婆やの処遇をどうするのかという点にまったく言及していないのも不自然。平岡が代助と絶交する際に借りた金を返さないのもよくない。あと、物語の筋とは関係ない部分で面白かったのが代助が働かない理由。「何故働かないつて、そりや僕が悪いんぢやない。つまり世の中が悪いのだ。もつと、大袈裟に云ふと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金を拵らへて、貧乏震ひをしてゐる国はありやしない。此借金が君、何時になつたら返せると思ふか。そりや外債位は返せるだらう。けれども、それ許りが借金ぢやありやしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでゐて、一等国を以て任じてゐる。さうして、無理にも一等国の仲間入をしやうとする。だから、あらゆる方面に向つて、奥行を削つて、一等国丈の間口を張つちまつた。なまじい張れるから、なほ悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。其影響はみんな我々個人の上に反射してゐるから見給へ。斯う西洋の圧迫を受けてゐる国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、さうして目の廻る程こき使はれるから、揃つて神経衰弱になつちまふ。話をして見給へ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考へてやしない。考へられない程疲労してゐるんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なつてゐる。のみならず、道徳の敗退も一所に来てゐる。日本国中何所を見渡したつて、輝いてる断面は一寸四方も無いぢやないか。悉く暗黒だ。其間に立つて僕一人が、何と云つたつて、何を為たつて、仕様がないさ。僕は元来怠けものだ。いや、君と一所に往来してゐる時分から怠けものだ。あの時は強ひて景気をつけてゐたから、君には有為多望の様に見えたんだらう。そりや今だつて、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上に於て健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。さうなれば遣る事はいくらでもあるからね。さうして僕の怠惰性に打ち勝つ丈の刺激も亦いくらでも出来て来るだらうと思ふ。然し是ぢや駄目だ。今の様なら僕は寧ろ自分丈になつてゐる。さうして、君の所謂有の儘の世界を、有の儘で受取つて、其中僕に尤も適したものに接触を保つて満足する。進んで外の人を、此方の考へ通りにするなんて、到底出来た話ぢやありやしないもの――」これは現代の日本にも当てはまる話で、借金まみれなのに先進国面してODAをばら撒いて、国民はブラック企業でこき使われてうつ病になり、ニートは働いたら負けだといふ。日本は明治時代よりは物質的には豊かになったものの、本質的なところでは金にルーズな借金体質で明治時代から進歩してないんぢやないかと思つたのである。★★★☆☆【楽天ブックスならいつでも送料無料】それから改版 [ 夏目漱石 ]価格:496円(税込、送料込)
2015.01.16
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「未知との遭遇」「地獄の黙示録」「カサノバ」「ガンジー」とかの映画の批評集。映画をうぬぼれの装置としてとらえて、誰が映画をみるのかという点を考察していて、冒頭で批評の立ち位置を明確にしているのはわかりやすくてよい。各作品に対する批評が短いので、映画を見てない状態で読んでも作品の論点がいまいちわからない。私は映画が好きというわけでもないので、この監督はこの役者がはまり役だの何だのという細かい点を論じられてもフーンと思うだけで、その映画を見てみようという気にならない。映画のシーンの写真も載っているものの、ただ載せたというだけで批評の内容とは関係がない。映画が好きな人なら面白いのかもしれない。★★★☆☆【楽天ブックスならいつでも送料無料】シネ・シティー鳥瞰図 [ 池澤夏樹 ]価格:608円(税込、送料込)
2015.01.05
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年増女がアメリカで自殺した母親を調べたり情事をしたりする話。三人称。短い会話と短い描写からなるラノベ的な軽い文体で、場面を立ち上げる描写力がなく、長編には向いていない短編向きの文体で読み応えがない。各章にタイトルがついていて場面ごとに章が別れている構成ながら、各章が短編として面白いわけでもない。文学的な見所は凝りすぎて意味不明な比喩。「兼一郎は江美に近づき、両腕で掴まえようとした。まだ覚めきらない体に、茹でたトマトのようなかたまりが宿っている。」「潤子はその瞬間、内からの強い力にうながされて立ち上がり、兼一郎のベッドまで歩いていくと、彼が横たわる傍らに腰を下ろし、まだ濡れている頭を抱え込んだ。体の重力に抗いきれなくて倒れこむように、その顔に唇を被せた。やがて体の下の大地が、マグマを噴出するように動き、潤子は逆に押さえつけられていた。」「久しぶりに腹の底に、人を恋うる熱いかたまりを覚えた。」「頭の芯に一点、凍りついたところがあって、そこからかすかな残響が、流れ続けている。」恋愛絡みの場面にさしかかると突如としてシュールな比喩がでてきて、ただでさえ描写が少なくて状況がはっきりしないのがもはや理解不能になる。茹でたトマトのようなかたまりってなんやねん、生のトマトと何が違うねん、マグマを噴出するような動き方ってなんやねん、体からマグマ噴出したら体ばらばらになるがな、またかたまりかいな、どんだけかたまり好きやねん、頭凍ったら大変やがな、はよ病院行きなはれ、といちいち突っ込むのにも疲れる。この小説の登場人物たちは体内にかたまりだの何だの異常がありすぎだろう。描写が雑なのに比喩で強引にシリアスな場面を演出しようとしても無理だという悪い例。1988年の作品で、バブル時代に乱造された恋愛小説という感じで特に読む価値なし。★★☆☆☆【楽天ブックスならいつでも送料無料】虹の交響 [ 高樹のぶ子 ]価格:587円(税込、送料込)
2015.01.05
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貧乏浪人が仕官先を探す表題作とその他の短編集。三人称。恐妻家の剣客、好きな人をかばって拷問に耐える男、博打で大勝して逃げる男、妻の浮気の噂の相手を殺そうとする男、親しくもない居候が居座って困る男など、各話の見所が異なるのは短編集としては良い。しかし主人公が男性ばかりの一方で、女性の登場人物たちはいかにも時代劇に出てくる女性像といった慎ましい美人とかでステレオタイプな人物造詣すぎてしらける。坪内逍遥が『小説真髄』で小説で大切なことはまず人情を書くことで、次に世の中の様子や風俗の描写を書くことだというようなことを言っているけれども、この小説では人情を書いている点はよいとして、短編というせいもあるだろうけれど風俗の描写が足りない。最小限の登場人物と最小限の描写で物語を組み立てたという感じで、会話も現代語風で時代小説なのに江戸時代の雰囲気があまり出ていないのは時代小説としての魅力が乏しくなる。駒田信二の解説だと「藤沢さんの作品が読者の心を打ち、読後に余韻を残すのは、奇想天外・波乱万丈というストーリー自体のおもしろさによるものではない。ひとくちにいうならば、その作品は作者の自己投影の深さのゆえにすぐれているのである」と言うものの、私は逆に自己投影ゆえに面白さを損ねていると思うのだ。作者の自己投影を物語りにするなら時代小説である必然はなく同時代を舞台にすればよいわけだし、時代小説であるからにはその時代を生きた人間像を掘り下げないと時代小説として面白くないし、現代人の思考を時代小説の人物に投影してしまうとリアリティがなくなって現代人が時代劇のセットの中にいるような違和感が出てしまう。★★★☆☆【楽天ブックスならいつでも送料無料】竹光始末改版 [ 藤沢周平 ]価格:561円(税込、送料込)
2015.01.01
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