★人生はホラー映画★ただいま労災で休職中★投稿すると抹殺人生★人生は運が全て★

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2007年01月03日
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★投稿小説「聖母たちの棺」(2)★(1)から読んでね。

 今朝の閑静な住宅街はいつもどおりだった。
 夜が幕をひき、天球がわれ早起きの陽光が水平線にわりこんでくる頃、新聞配達が仕事を終える。何よりも早い新聞配達のバイクの車輪が通り過ぎると、番犬の犬たちは朝の第一声をあげ、いつもと変わらない朝が告げられる。どの家も母親は日の出とともに起き、朝食を準備し子供のお弁当をつくり、そして寝起きの悪い子供たちをたたき起こす。
 朝食の汁物の具の大根を刻む音は心地よく、みその匂いは日本の母の肌の匂いだった。
 今もそしてこれからも、日本の母の匂いであり続ける。

「早くしなさい、美緒」   
「急ぎなさい」
 透明な朝がやってきて日本の母の匂いとともに、高島美緒の家にはこの母の声が聞こえる。美緒が子宮から生まれ堕ちたときも、この声で呼ばれたような気がする。
「おはよう」彼女が登校の準備をすませて、二階から降りてきた。
「遅刻しますよ。早く顔洗ってご飯を食べなさい」
「はい」
 朝起きたら顔を洗ってご飯を食べるのは当たり前だ。今やろうとしたところ、と言おうとして言葉を飲み込んだ。毎日のことだ。毎日呪文のように繰り返される。
 こうして美緒の一日は複写されたような朝ではじまる。
「ハンカチやティシュはちゃんと用意した? 定期券は忘れないでね。高いんだから落とさないように」
「あ、そうそうこの前のテストの結果はどうだった?」
「今度こそ十番以内に入ったでしょうね? お母さん、先生なんだからあんたの成績が悪いとみんなに馬鹿にされるわ。先生の娘さんって大したことないのにねって生徒たちに言われるから、教育者としての私が恥ずかしくないような成績をとってね」
「あたしそんなに賢くないよ。十番以内なんて絶対ムリ」
「そのくらいの気持ちで勉強しなさいって言ってるのよ。美緒なら大丈夫だって思ってるから言ってるの」
「はい」うっとおしいので一応返事をしておいた。
 美緒はあじの干物の焼き物をむしりながら、母の話を聞いていた。いつもながら喉につまりそうなおかずだ。この母は忘れている。美緒が入ったのはこの辺りでは有名な進学校の東信学園高校だ。東大合格率が何十パーセント、有名私立が何十パーセントというのにこだわって受験生たちがしのぎを削って合格を勝ち取るのだ。入学したらしたで教師も生徒たちも、全国模試の順位がどうだった、偏差値はどうだったというのが必ず話のネタになる。そんな中で十番以内になれとはかなり難しい。美緒の母親はその高校の古典の教師だ。だったらどんなに達成することが困難かよくわかっているはずだ。
 幼稚園へ入る前から有名私立幼稚園を受験するために果物や動物をみわける勉強をした。しかし緊張しておもらしをしたうえに、抽選にはずれ有名私立幼稚園を不合格になった。お受験にはどこのブランドのどのデザインのスーツなら合格しやすいなどの風評が飛びかう。なかにはかなりの強者もいて、補欠合格だったら保護者のふりをして、合格辞退の電話をする母親もいるらしいから、昨今の「お受験」は油断がならない。それだけ「お受験」は子供だけでなく両親も必死になる。
 もし美緒の母親が教育者ではなくただの「母親」であったら、このくらいはしていたかもしていたかもしれないと思ってしまう。それほど母は、美緒が学習環境のよい学校で学ぶことを望んでいた。
 有名私立小学校に合格するために、知能テストでIQを上げるために、同じ模擬テストを何度も繰り返しさせられた。そんな努力にもかかわらず、試験当日に熱を出し不戦敗に終わった。
 母は私立中学受験をまたすすめたが、もう不合格通知をもらうのは嫌だったので受験表を無くしたことにした。母親の落胆ぶりはこたえたが、彼女はほくそ笑んだ。さすがに胸が痛んだので高校受験はきちんと受けることにした。母が公立高校の教員から私立高校へ引き抜かれたという偶然もあった。こうして初めての合格を勝ち取ったのだ。
 進学校への合格はやはり気持ちがいい。やっと長い挫折の人生から解放されたような気がした。
 けれどもまたやってきたのは強い母の希望だ。母に教師としての恥をかかさぬようにまた娘は努力しなければならない。まだ美緒の挫折づくしの人生は続く。十番以内に入れと言う前に合格したことをほめてほしかった。

 放課後、部活に励む生徒たちの勇ましい声が、風に乗って教室に流れこんできた。長い間教育にたずさわってきた高島芳子にとっては慣れた音で、まるでオルゴールの音色のように心地よい。
 今日はここで生徒を待っていた。職員室では恥ずかしくて相談できないので、みんなが帰った頃にここへ来るといっていた。この生徒は成績もよく服装の風紀的な乱れもなく、特別な指導はいらないのだが、彼女は最近成績が落ちたが、なかなか上がらないことを悩んでいるようだった。だから相談に乗ってくれという。
 あの生徒なら指導は楽だが、成績の伸悩みは学校ではなくて家庭に問題があるのかもしれない。
 彼女は生徒に厳しいのであまり生徒からのウケが良くない。なのにあの生徒はわたしに相談したいという。そんなに自分を慕ってくれていた生徒がいたことに、彼女はとても内心喜んでいた。少々無理がある相談にも真摯に向き合ってやりたい、家庭に問題があるとわかったら、ご両親に会ってもいいと、できるかぎり力になるつもりだった。
 近頃彼女は、荒れてきた生徒たちの指導に手をとられていた。あの生徒たちもこの進学校に入学してきたというのに、どうしてその道を踏み外してしまったのだろうか。学校に問題はないだろう。やはり家庭なのだろうか? 屋上でこっそりタバコを吸うものもいるし、もっと悪いのはシンナーやそれに代わる化学物質を吸引しているものがいる。彼らはエリートになることを捨ててしまった。
 この前注意したら胸ぐらをつかまれ、身の危険を感じた。今ほんとうに教育現場は荒れている。十代後半の若者による殺人事件が多発しているし、うちもそんな生徒を出す前に指導をしなければと思う。教育者として厳しくしつけなければと、高島芳子は社会を憂えていた。最近、こうした指導で疲れがひどい。眠れない夜が多い。
 美緒には夕食の買物をして下ごしらえをしておくように言っておいた。いろいろなことを体験していたほうが知能が高くなるからだ。失敗も成功も経験は多い方がいいのだ。
 時計を見た。もう三十分も待っている。






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最終更新日  2007年01月03日 10時19分17秒
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