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2011年12月28日
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「アテンの暁光」6

 (三)
「大変だぁ。浪人が刀を振り回している」
 漁師の四蔵が村役人の平史郎を探すために、私の家に飛び込んで来た。激しく息を切らせている。木戸を今にも壊さんかのような勢いだ。
 四蔵は二十四歳で、奇岩霊前島にあっては、働き盛りの年齢だ。嫁を貰ったが、産後の肥立ちが悪く、赤子と共に死んでしまった。後添いの女子も島では見つからず、まだ独り身だった。
 酒が入るとさらに男気に拍車が掛かる男衆のことだ、小さな騒動をあっという間に大騒動にしてしまったのだろう。
「何があった?」「浪人が女にちょっかいを出したので、それを止めようとした左次郎を斬ろうとしたんや」
 平史郎は転がるように部屋から出た。私も野次馬のように従いて出た。
 平史郎は草履を履くと振り返って、来るなといった表情をした。だが、私は頓着しなかった。
 裸足で飛び出してしまったので、慌てて戻って、草履を履いた。平史郎が提灯を持った四蔵と出て行ったので、私も行燈から火を取って、提灯に火を点けた。
 四蔵を追う平史郎をさらに私が追った。狭い村の家々の間を提灯を翳して歩いた。
 すでに夕暮れで、家の傍らで燃えている松明が光源になっているだけだ。足元は見えにくく、視界が狭い。
 私は鼻緒を親指と人差し指でぎゅっと握り込んで、平史郎の後を追った。
「私、お前は来るな。お前は家へ戻って、わしのために酒でも用意していろ」
「それは、下女の鈴がやるから。いいやん。面白そうや」
 私は平史郎の雷など頓着せずに、従いていった。
 着いた先は、奇岩霊前島では長老格の又兵衛の家だった。女房よりも長生きで、寂しいからと、屋敷の一角を男衆の溜り場として提供していた。
 洞窟でもやるが、盛り上がらないので、又兵衛の屋敷のほうが多い。騒動が一番多い原因も、盛り場になっているからだ。だからといって、村役人の平史郎は自身が酒飲みであるから、禁止令を出すこともしない。
 男衆たちは家でも焼酎を飲めるのに、女房に遠慮せずに盛り上がれるので、ここ四、五日に一回は集まっていた。又兵衛の屋敷は男だけの集会場であった。
 酒もツマミも持ち寄りだった。時折、喧嘩が始まっては、絶壁の村中に騒動が伝わってきた。岩壁に囲まれた村は、貴主堂の堂内のように、よく響いた。
「どうした」
 平史郎が又兵衛の屋敷に飛び込むと、すでに家の中は、引っくり返ったようになっていた。
「やめんか、お前ら」
 平史郎が大声を出して、村役人としてこの場を治めようとしていた。地方手代よりも出足は早かった。
 騒動を治めるのは、村長の役目だ。下手人や原因が不鮮明な場合は、調べ方の検蛇が地方手代の手下として、調べるのだ。
「女を取り合って、浪人が刀を振り回した」
 浪人を押えていた岸辺次郎太が平史郎を見て叫んだ。岸辺次郎太もまだ若い。女房を八ヵ月前に迎えたばかりだった。
 奇岩霊前島では年頃の娘が少ない。いつも嫁を迎えたい男衆と数が合わないので、中には男の親が童女の親に金子を渡して、約束をすることもあった。決して豊かではない女子の親も、支度金を目当てに簡単に決めてしまう。
 決まっていないのは、金子に困っていない家の私くらいだ。平史郎はいい条件の婿が出てきたときのために、ぎりぎりまで処決しないでいた。お屋敷勤めでもさせて、上方などの大店の商人にでも嫁がせたかったようで、奉公先を探していたことがある。
 けれども、撥ねっ返りで堅苦しいのが嫌いな私は、一度は見つかった奉公先を、詐病を演じて断らせたことがあった。
 不治の病で苦しむ私を見て、平史郎は不憫に思ったことだろう。詐病を演じたときの私の演技は、今でも上出来であったと自負している。
 しかし、それっきり奉公先は見つからず、私は未だに四郎くらいしか、婿の候補はいない。
「漂着した侍か? 帯刀を許しておいたのが間違いだった。村の者は先祖伝来の刀を床の間に飾っておるだけなのに」
 その浪人は、私が発見した四人目の漂流者だった。年齢は三十過ぎくらいで、加納芳郎と名乗っていた。この男は、まだ村の衆と打ち解けず、何も語らないので、出自は不明だった。
 たぶん、ハルとできている柴田基三郎義則と同じような浪人だろうと皆は見ていた。しかし、本当のところは不明だった。
 この島のほとんどが応仁の乱や大坂の陣の落ち武者の子孫と子弟なので、余り出自を探ることを良しとしない風潮があった。探ろうとすれば、自分の過去まで探られることになるからだ。
「斬られそうになったのは漁師の佐太郎だ。又兵衛の娘の佳代にちょっかいを出していた芳郎を止めようとしたら、斬られそうになった」
「わしが口説いたのが気に入らなかったらしい。まだ誰の女でもないだろう」
 押さえつけられていた芳郎が叫んだ。五人がかりで押さえ込んで、やっとのようだ。また暴れ出したら、押さえられないだろう。それほど芳郎は気迫に溢れていた。
「無礼打ちのつもりか? 浪人のくせに。どのような理由でも、この島で無体な抜刀は許さん」
 平史郎は威厳をもって言い切った。私はそれが少々おかしく、笑いを抑えた。
「ここには女郎屋もおらんし、若い女も少ない。何の楽しみもない。女を口説くくらい、いいだろう」
「口説いてもいいが、後家くらいにしておけ。佳代には許婚がいる」
「なんだ、もう男がいるのか。知っていたら、口説かなかったものを」
 芳郎は口を歪めながら、悔しそうに吐き捨てた。
「村役人として、けじめをつける。あんたには沙汰が決まるまで、牢に入れる」
 平史郎は、きっぱりと処決をした。私は家ではただの飲兵衛なのにと、腹の中で冷やかしていた。
「こんな島にも牢があるとはな。藩目付さえいやしないのに。磔、獄門もないだろう」
 掃き捨てるように浪人は訴えた。小さな島には役人などいないと思い込んでいたような口ぶりだ。口元は、どこか島を馬鹿にしているかのように吊り上がっていた。
 私は、奇岩霊前島のことを全く知らない芳郎を哀れに思った。奇岩霊前島にも、罪人を裁く法度くらいは、あるのだ。
「ここでも藩から任じられた村役人がいる。島の治安を護らねばならんからな」
 誰もが、ことの成り行きを見守っていた。このまま行くと、島の掟では潮神沙伊羅の贄となる。潮神沙伊羅とは奇岩霊前島の護り神で、黒潮を起こしている神だ。黒潮が奇岩霊前島を孤島のようにしているが、黒潮によって本土の動乱の影響を免れている。
 ここには、将軍の影響は強くはなく、おだやかに護られていた。貴主教の阿天とはまた違う自然神として、皆が崇めていた。
 罪人の処罰は、ある程度まで村役人である庄屋に任されている。
「お前は無闇に抜刀し、人を危険に曝した。潮神沙伊羅さまに、身を捧げることになる。気の毒だが、厳罰をもって処するのだ」
「武士のわしを、武士でないお前が裁くというのか?」
「かつては侍だったからといって、抜刀は許さん」
 ここで初めて芳郎は、しまったといった顔をした。まさか、奇岩霊前島に処刑があると思っていなかったらしい。無頼の者たちが流れ着いて群れている、無法地帯のように思っていたのだろう。
「ゆ、許してくれ。わざとではない。腕を掴まれたから、弾みで、弾みで抜いてしまったのだ。あんたも帯刀をしているなら分かるだろう? 腰に下げていれば、抜きたくなることもあるだろう?」
「いや、この島では刀は一度も抜いていない。刀を最後に抜いたのは、三十年前、父親との剣術の稽古。稽古なら木刀でだ」
 平史郎は、少し刀を鞘から抜いて見せた。刀はタケミツだ。真剣はいつも床の間に飾ってあるだけだ。先祖伝来だが、手入れのときに抜くだけだ。
「くそう」
 芳郎は往生際が悪く、緩んだ隙をついて、拘束を解いた。立ち上がると男衆の隙間を走り抜け、すぐに心張り棒を掴み、ぶんぶんと振り回し始めた。
 戸口の前には男衆がいたので、外へ飛び出すことができなかった。低い音がして、芳郎は必死で男たちを追い払った。
 今は浪人だが武士なので、芳郎の構えは鋭い。芳郎の眼光は餓えた鷹のように鋭利で、男衆でさえ一瞬びくっと怯んだように見えた。
「往生際が悪いやつだ」
 芳郎を囲む男たちは十人近くに膨れ上がり、容赦はしないぞとばかりに芳郎を囲んだ。
「くそ。くそ。せっかくここまで逃げて来たのに」
 奇岩霊前島が無頼者の極楽浄土ではないことを知り、後悔しているのだ。無頼の者ばかりの無法地帯なら、少々羽目を外しても許されると思っていたのだ。
 しかし、奇岩霊前島でも阿波藩の村役人がいて、真っ当な掟がしっかりと治安を護っていた。飲兵衛の平史郎や村役人の手下の検蛇が、犯罪を取り締まっている。
「お前には、潮神さまに身を捧げてもらう。神事には、いつも罪人を捧げている。運がよければ、死ぬことなく陸に戻れる」
「海に放り込まれて堪るか」
 芳郎は、全く力を緩めることなく、心張り棒を振り回した。男衆たちは、ただ眺めていた。私は、機会を待っているのだなと思った。
 いつまでも暴れていられるはずはない。疲れて弱まったところを押さえ込もうという魂胆だった。妙に手を出してまた斬られては、どうしようもない。
「くそう、くそう」
 四半刻も経つと、芳郎は疲れてきた。機を見た男衆たちは、芳郎を囲んだ輪をじわりじわりと縮めていった。
「そら」
 掛け声と共に、一斉に屈強な男たちが加納に襲いかかった。又兵衛の家の斧や鎌で、芳郎を牽制した。芳郎は巧みな棒捌きで抵抗していたが、手にしていた心張り棒は鎌で払われ、足元を跳ねた。男たちの褌がひらひらと待っていた。
 私はうわっと思って、視線を逸らした。嫁入り前の女子には目の毒だと思った。褌の舞は、親父さまのだけで十分だった。
「くそう、くそう」
 芳郎は元武士とは思えない品格のない声を上げていた。さんざん首を絞められた鶏のような声を上げていたが、すぐに静かになった。
「殺すなよ。潮神さまへのお供えだ」
「承知した」
 平史郎の声に応えて、誰が叫んだ。こうして怪しげな漂流者が一人、減った。芳郎は仲代家の牢屋へと引っ立てられた。平史郎の悩みの種が一つ消えた。






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最終更新日  2013年01月27日 12時27分50秒
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