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2013.01.19
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 (四)
「ていへんだ」
 騒動が治まったと思ったら、次の騒動が飛び込んで来た。肩を激しく揺らしながら駆け込んできたのは、漁師の熊蔵だった。
 奇岩霊前島で金が稼げるのは、漁師だけだ。熊蔵は四十過ぎで、五人の子供がいた。嫁は上方へ出かけた折りに、知り合ったという。
「この前、島に流れ着いた八重が亭主と寝たってんで、重三の女房が掴み懸かっているわ」
 熊蔵が叫んだ。私は、やっぱり新参者が騒動を起こしたと思った。
「夫婦喧嘩か、つまらん。わかった、すぐ行く」
 平史郎には、様々な騒動の報せが持ち込まれる。その度に、ことの顛末を見届けるために出かけなくてはならない。地方手代だけでは、治まりがつかない事例もある。
 平史郎は加納芳郎が村の牢に引っ立てられるのを見届けると、騒動の待つ家へと向かった。私も祭り見物気分で、そそくさと従いていった。
「もう夜になるぞ。お前は、飯でも作っておれ」
 平史郎は夜にふらふら歩く若い娘をよくないと思い、釘を刺すことを忘れなかった。こういう抜け目のなさは、さすがに武家の血統らしい物言いだった。
「だって、面白そうや」
 口笛を吹くような軽さで、私は反論した。
「まったく、お前は。嫁の貰い手はないな」
 平史郎はどうにもならないといった顔をした。私には何を言っても歯が立たぬと思っているに違いない。私は平史郎の諦めのよさを知っていて、必ず反論をした。
「この目狐め、よくも、うちの亭主を」
「誘って来たのは、あっちだよ」
 騒がしい家の前に行くと、二人の女が髪を引っ掴んだりして喧嘩をしていた。どちらも袷を着崩していて、とても女だとは思えない様子になっている。髷も、すでにざんばらだった。
 八重は、派手な襦袢を袷から、ちらちらと見せていた。ハルと同じ。もしかすると、同じ女郎あがりなのかもしれない。
「やめんか。女子同士で、みっともない格好だわ」
「村長。この女が亭主を誘惑したんだよ。とんでもない女だよ。さっさと潮神さまの供物にしちまえばよかったのに」
 亭主を寝取られた女房は、歯を剥き出すような形相だった。まるで餓えた犬だと、私は思った。
「無闇に人を供物にはしない掟だったが、これでできるな」
「まったく、性悪だよ」
 亭主を寝取られた女房は、平史郎を動かすように口を尖らせた。村役人が処決しなければ、天敵を葬ることができないからだ。
「島じゃ、この商売でもしないと、おまんまが食えないんだよ。この島じゃ、飯盛り女もいないようだしね。だから、女郎屋でもやろうかと思ったのさ。どうせ女郎だったんだ。今度は女将になろうと思ってさ」
 八重はハルと違って何も語らなかったが、やはり女郎だったのだ。どうりで、ハルのように派手な襦袢を着ていたわけだ。
「女郎屋を始めるって?」
「京でも江戸でもある商売だよ。女郎あがりが女将になるだけさ。女郎が一人。女将が一人。それが、見世と違うだけさ」
 口も達者だった。それは女の証明だった。嫁げば少々大人しくはなるが、姑がいなくなれば、天下を取ったかのように偉くなる。それが女だった。
「この島にいたいなら、誰かの女房にでもなれ」
「女房持ちかどうか判らないだろう。一目でいなさそうなのは、若い男だけじゃないか。子供を誘惑してもいいのかいな」
「それはな」
 平史郎も応えられないでいた。私は、男たちなら女郎屋ができることは大歓迎だろうと思った。
 しかし、村役人程度では許可はできない。しかも狭い島では女房持ちがこっそりと行くこともできないし、独り身は少ない。商いは成り立たないだろう。女房のいない男は、長生きしすぎた老人と、子供のような若い男だけだ。女郎屋はこの狭い村では、目の毒にしかならない。
「このぉ、目狐」
 一旦、家に入っていた女房が出てきた。手には包丁を握っている。
「もっと悪いことをする前に、あたしができないようにしてやるよ」
 狂ったように刃物を振り回した。野次馬がいるのも構わずに、凶器のように女郎に切りかかった。
「なにするのさ」
 悲鳴のような声を上げたが、錆び付いた包丁が粗末な袷をかすった。
「やめんか!」
 野次馬たちも我に返って、女房を止めようとしていた。しかし、女房の手からぶんぶんと振り回される凶器の行方に戸惑っていた。
「死ね。死ね。悪さをする前に死ね!」
「ひ」
 まるで波間を跳ねる飛魚のような勢いで、女房の凶器は振り回されていた。八重は跳ねるように飛びのいて、転がっている。
「女郎なんて、この島には要らない!」
 八重が転んだところを、凶器を持った女房が髪を引っ掴んだ。八重はすでに罠に掛かった獣で、女でさえ殺せる状態だった。
「やめんか」
 凶器を振り回す女房を背後から捕えたのは、亭主の重三だった。
「あんたが、女郎なんかの口車に乗るからだよ」
「悪かった。悪かった。けど、ちょっと洞窟にしけこんだだけだ。ちょっと京の話でもと思っただけだよ」
「嘘をおいいでないよ。男が女と二人っきりになって、そのくらいで済ますわけがないだろ」
 女房が、そんなことを信じるわけがない。亭主のことを隅から隅まで知り尽くしているのが女房だ。知り尽くして、ありとあらゆる手練手管で、操ったりするのが女房たちだ。
「ほんとだよ。ちょっくら手を握っただけさ。これからは、他の女なんて、目もくれないよ」
 亭主は女房の耳元に届くように叫んだ。
 確か、重三は、村の花見で酒を浴びるように飲みながら、うちの女房は祝言を挙げた頃は観音様かと思ったと自慢していた。すでに観音様でなくなった女房よりも、若い女郎のほうがいいのだろう。
 花見は、昼間から村長の許しを得ずに、酔える貴重な祭りだった。といっても桜は、たった三本しかなかった。
「重三、お前の女房だ。お前がなんとかしろ。女郎は、わしが何とかするから」
 平史郎は八重の手を取ると、引っ張っていった。
「ねぇ、平史郎さま。女郎屋をやってもいいのかい? おまんまが食えないからね。それに、言うだろ。働かざるもの食うべからずって。だから、うちは働こうと思っただけさ」
 八重は正しいと私は思った。八重は、自分の言葉は正しいと主張している。
「この島で女房がいない男は少ない。病死しても、すぐに後妻をとるからだ。女房がいるのに、この小さな村の女郎屋に行く男は、まずいない。藩も許可は出さない」
「じゃ、あたしは、どうやって食べるのさ。これしか、やったことないのに」
 八重は仕方がないだろうといった顔をしていた。だからやったのさと太々しい態度だった。すぐに許されて自由になれると思っている、そんな感じだった。
 加納芳郎と同じく、奇岩霊前島が無頼者の溜まり場のように思い込んでいた。奇岩霊前島には罪を裁く法度などないと思っていたのだろう。八重は八重という名には似合わず、きつい女だった。
「潮神さまに捧げるしかない。ハルのように大人しくしていればよかったのに」
「なんだって」
 後を従いていた私は、ぞっとした。新参者は奇岩霊前島では生きていけない。この島で数少ない正業に就けない者には、消えてもらうしかないのだ。それが、村を仕切る村長が下した決断だった。
 しかも、処分を決めるための集会もしなかった。
 平史郎は、一度でも下した処決を、何があろうと覆さないだろうと思った。





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最終更新日  2013.01.19 13:35:42
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