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春夏秋冬
2006.01.07
春―3
テーマ:
連載小説を書いてみようv(10174)
カテゴリ:
春夏秋冬
お互いにこれまでのことやこれからのこと、そして昔の友人について言葉を交わした。
男はしばらくして両親が癌で死んだことをハルに告げた。
「本当にあっという間に死んでしまった。本来回復に向かうはずの薬が僕の両親には毒にしかならなかったんだよ。副作用って恐ろしいものだね。」
ハルは男を見た。
男は哀感を込めた笑みを浮かべていた。
「でも副作用よりふしぎだったのは、両親がほとんど同じ時に倒れていたということだ。僕は何度も目を疑ったよ。二人とも覆い被さるように倒れていたからね。最初は転んだだけかと思ったんだけど、末期癌だったらしい。医者がステージ4とかなんとか言ってくれたけど、僕にはなんだかよくわからない。僕が久し振りに家に帰ったらすぐ倒れたんだ。僕は死神か?」
男はバックミラーを確認した後、遠くを見るような目でハルを見た。
「君はどう思う?そういう偶発的なことってあると思うかい。それとも必然的な条件がそこには整っていたのかな。もしかしたら僕がきっかけとなっていたのかもしれない。それまで普通に暮していた爺さんや婆さんが何かの拍子に死んでしまうことは良くあることだからね。」
「偶発的なことにせよ、必然的なことにせよ、それを結果から見返したのだったら全て必然的なことになってしまうんだと思うよ。」
とハルは言った。
男はその言葉の意味を十分程考えていた。
「時間を逆の位置から見てしまうことが間違いなのだろうか。矛盾も多々出てくる。しかし、先に起こることが本当は後に起こっていることなのだとしたら、僕らはどちらに向かっているのだろうか。不思議だ。どうやら実にやっかいな難題を僕は抱えてしまったようだ。」
と男は言った。
考えてみてもどうしようもないことだ、とハルは思った。
いずれにせよ時間は僕達を乗せたまま運動を続けている。
変わりは無い。
陽はゆっくりと地平線に沈んでいった。
紅色を次第に滲ませ、少しだけ自らを膨張させる。
雲は薄くなって太陽に向かって延び、その身に大きな影をまとう。
そして空は夜に変わっていった。
ハルたちは途中でレコードショップに寄った。
ほとんど廃れていたが、店の中には驚くべき量のレコードがおいてあった。
年代と種類にきちんと整頓されている。
ハルはピアノジャズのレコードを四枚買った。
男はマイルス・デイビスの最新版レコードを買った。
CDに転換された時、音楽は死んだんだ、と男は言った。
「君は暇。」
ベッドの中で男はそう呟いた。
ハルはBGMを消した。
こういうホテルのBGMは気に障る。
「僕は忙しい。」
「君は忙しい。」
とハルは言った。
ハルはビールを冷蔵庫から取り出し、ソファーに座った。
「シアトルに行かないか。」
と天井を見ながら男は言った。
その言葉はハルだけでない他の者にも聞かせているようだった。
「飛行機とホテルは僕が手配する。空港にはハイヤーを迎えに来させる。」
ハルはビールを飲み続けた。
「ホテルだって最高の部屋だ。シアトルは良いよ。山も近いし海も近い。夏になれば九時まで陽は沈まない。ハイウェイでスピードを限界までぶっ飛ばす事もできる。」
と男は言った。
ハルはビールをテーブルに置いた。
闇の中で二人は言葉だけで通じていた。
「なにかシアトルに用があるのかい。」
とハルは言った。
男は静かに起き上がり、月が窓の外にあることを確認した。
「運んでもらいたいものがある。」
「事務所の人にやってもらえば?」
「あいつらじゃダメだ。君が持っていかなければ意味を成さないものなんだ。」
歯を喰いしばるように男は言った。
「どうして。」
「それは、僕が今ここで言っても君は理解できないことだと思う。全てはシアトルに行かなければ進まないことだよ。」
男はベットから手を伸ばして、冷蔵庫からビールを取った。
プルトップがなかなか開かなかったので、ハルが開けて男に渡した。
「昨日爪を切ったばかりなんだ。悪い。」
と男は言った。
「どうせっていう言い方も変だけど、君は暇だろう。久し振りにバカンスを楽しむのも悪いことではないよ。」
「別にかまわない。」
とハルは言った。
日本で過ごそうがシアトルで過ごそうが、ハルの日常には変化は無い。
「すまないな。」
「仕方のないこと。君が進む上でもそれは必要なことだと思う。」
男は目を細めた。
「とてつもなく重要な行為であることは確かだ。」
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Last updated 2006.01.07 15:41:05
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