ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

2006.01.09
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カテゴリ: 春夏秋冬



一週間分の食糧を買った。

日常的な食事ではあまりハルは食べなかった。

日に一度しか食べないこともよくあった。

美味いものは同伴した時に数え切れないほど食べたので興味は既に無くなっていた。


帰り道。

電燈が路地に規則正しく並んでいる。

発せられるやわらかな光は、闇の中にもたらされたステージのように見えた。

その空間は他の空間と隔絶されていた。

夜の闇の中でも桜は静かに散っている。

誰に見られなくともそれが止まることは無い。

夏になれば此処には新たな息吹が生まれるだろう。

だが、それまでには長い時間を過ごさなければならない。

ハルは空虚な時間がもたらす恐怖を誰よりも知っていた。

春泥の中、ハルはもがいていた。

足掻いていた。

その行為を他者が知ることは無い。

花筏のようにハルは水面を漂うだけの存在なのだ。

非日常の延長上に日常の生活は成しえないのだ。



十四になって間もない頃、ハルは女の子と初めて交わった。

相手は同じ境遇に立たされていた子だった。

その子と交わった時、ハルは自分の中に恐ろしいほどの空洞を見つけた。

ポッカリと空いたその空間に彼女は滑り込むように入ってきた。

「女の子はね、こんなことしちゃいけないんだよ。」

彼女はそう言っていた。

ハルたちは泣きながらそれを続けた。

感情の昂りを止めることはできなかった。

しかしそれを続ければ続けるほどハルの空間は広がっていった。

「この傷、この顔、この体。どれもこれも私の両親のもの。一体どうすればいいの?」

彼女の体にはいくつものリストカットの跡があった。

その傷は彼女の経験のすべてを刻むように残されていた。

真っ白で華奢なその体には到底耐え切れるものではないことをハルは感じた。



次の日、彼女は自ら命を絶った。

学校でその知らせを聞いた。

やれやれ。

とハルは思った。

別に悲しくは無かった。

興味もほとんど持てなかった。

彼女の存在が消えた事実。

しかし、何故かハルの心は僅かに満たされていた。

その、僅かに、という量のせいでハルはしばらく悩んだ。


時は過ぎていった。





ハルは一週間後ハワイへ旅立った。

空港に着くと、「男の友人」がハイヤーに乗って迎えに来てくれていた。

彼は日系人で、良く日焼けされた艶のある肌を持っていた。

体は長年のサーフィンのせいでがっしりとしていた。

歳はおそらく三十代半ばというところ。

ランニングシャツと短パンと金色のネックレスをつけていた。

「飛行機の飯は不味かっただろ?この島の美味いものでも食いにいこう。」

彼はワイキキビーチを眺望できるレストランに連れて行ってくれた。

空は気持ちの良いほど晴れ渡っていて、遠くに大きな入道雲が浮かんでいた。

海辺から吹いてくる薫風が静かにハルの髪を撫でていった。

耳を澄ませれば、波の音も聞こえた。

ビーチは既に観光客でごった返していた。

「日本人はなんでハワイがすきなんだい?」

確かに。

とハルは思った。

しかし、ハルにはよくわからなかった。







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Last updated  2006.01.09 13:37:54
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