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上江洲先生は授業中、常に「 机間巡視(キカンジュンシという業界用語)」を行う。
本日は問題演習中心の日ではない。生徒が事前に日比谷高校の問題を予習してきており、その「解説授業」という位置づけの日だ。こういう授業では、先生がずっと黒板の前に立ち、解説中心の授業を行うことが一般的ではないだろうか。だが、上江洲先生は違った。この日、先生は常に机間巡視を行いながら授業を進めたのである。
一人一人の答案をのぞき込み、生徒達を指名しながら授業を進めていく。生徒が答えやすいような「空気作り」と「声かけ」を行い、決して「正解だけ」を求めるようなことはしない。うちの塾生から出てくるイマイチな解答(笑)も全て採用し、それをもとに解説を進めていく。そうしているうちに、いつの間にか長文の内容が明らかになっていくという仕組みだ。
ところで、「机間巡視」というのは、小中学生対象の塾では基本的な授業技術の1つである。 中位から下位の子の学力を大きく伸ばしている塾では、質の高い机間巡視が行われている
。机間巡視の存在しない塾、あるいは机間巡視していてもただ単に講師が歩いているだけの塾では、おそらく中位から下位の子は劇的には伸びない。それほど机間巡視というのは、集団指導において大変重要な役割を占めており、質の高い机間巡視が出来るかどうかが一流講師とそうでない講師の分かれ目と言っていいかもしれない。
生徒が演習している間、先生がずっと座りっぱなしの塾は結構ある。中には先生が自分の事務作業をやっていたり、テストの採点をしていたりする塾も多い。しかし、このような「机間巡視なしの授業」(予備校型授業や映像授業)で伸びるのは上位15%程度だろう。ごくごく僅かな層だ。したがって、生徒の平均偏差値や学校内申がある程度上位で固まっているような場合を除き、机間巡視は必ず行わなくてはならない。そもそも机間巡視をしないのであれば、それこそ映像授業をやっているのと同じだ。わざわざ通塾するメリットがほとんどない。
(長くなるので、理想的な机間巡視の方法については省略)
私の塾が1クラスの定員を絞っている理由の1つも、「机間巡視を行うため」と言い切っても良い。とりわけ、各学年とも春先(新学期)は入念に机間巡視を行う。また、新入生に対しても入念に行う。それこそノートの書き方、テキストへの記号の入れ方、姿勢などを含め、事細かに注意を与える。こうした「ささやかなこと」というのは、注意しすぎてもしすぎることはない。ここは生徒と先生の「戦い」でもある。
机間巡視の目的の1つに「ルールの厳守」というものがある。演習のやり方には、塾ごとに「決まり」がある。その決まりを守らせるために、机間巡視は不可欠なものだ。
先生が設定したルールを先生側が諦めてしまうケースは多い。しかし、これは良くない。クラス内にルールが徹底されないという問題ももちろんあるのだが、何より生徒達の中に、「この先生は甘い」という認識が出来てしまうことが一番まずいことだ。ルールというのは、生徒が出来るようになるまで繰り返し繰り返し指導することが大切だ。この「繰り返し」こそが教育の基本である。
子供という動物を定義することは難しいが、あえて言えば、「子供とは失敗し、間違う動物である」ということである。何度も何度も間違え、そして失敗する。できるようになったと思ったら、そのすぐ直後に失敗をしたり、過ちを犯す。そんな生き物が子供である。たとえば、普段何気なく使っているお箸にせよ、普段ごく自然と身につけている靴下にせよ、これらを使えるように(あるいは身につけられるように)なるまでに、実は子どもたちは何年も何年もかかっている。この事実を我々は忘れてはならない。お箸の使い方や靴下の履き方を身につけるのに何年もかかるのが子供、いや人間という動物なのだ。これは生まれた瞬間から親と一緒に行動する他のほ乳類や魚類とは明らかに異なる。人間というのは、大変成長速度の遅い動物である。
まして、問題集の使い方なんて、たった1回や2回言ったきりで改善されることはまずない。だから、我々は何度も何度も指導する。その指導の際に必要不可欠な方法が机間巡視というわけである。
うちの塾も、詰め込もうと思えば机も椅子ももう少し入るのであるが、机間巡視できるスペースを確保するには、今の人数が限界。経営よりも大切にしたいことがあるから独立した。うちが少人数クラスを保っている理由はそこである。
(もう1つ。行列が来るほど問い合わせが来ないというのが最大の理由だったりもする)
上江洲先生の机間巡視には、机間巡視の基本が詰め込まれていた。「生徒の観察と把握」という目的を達成するための要素が、それこそ「てんこもり」であった。
ただ教室を巡回しているのではない。それでは単なるパトロールだ。上江洲先生は、生徒の答案を見つめ、生徒自身を観察し、生徒の学力を引き上げる机間巡視を行っていた。
その証拠に、上江洲先生が授業を行っていた僅か90分ほどの間に、先生は塾生の実力を的確に把握された。授業後、細川先生と3人で飲みに行ったのであるが、そこで生徒一人一人の名前と癖がぽんぽん出てくる。あの僅かな時間で、性格まで掴んでしまった子もいる。これらは机間巡視のなせる技。机間巡視というのは、生徒の実力を正確に把握する重要な手段である。
また、机間巡視には、授業の速度やレベルを臨機応変にギアチェンジさせるという目的もある。生徒の作業スピード、答案、解答、その他ノートの使い方や文字を見ることにより、生徒達の学力をおおかた判断することが可能だ。そうして得たデータを元にし、授業の展開方法や内容をリアルタイムに微妙に修正していく。上江洲先生の机間巡視は、まさにこうした技術の集合体。机間巡視のお手本であった。
事実、ある生徒に感想を聞いたところ (←上江洲先生が褒めていたIくん) 、「ずっと回ってくれるので良かった」という声が聞かれた。生徒だって先生のことをちゃんと見ているのだ。
ここでも上江洲先生は「生徒」と「私」の両者に対し授業を行っていた。対生徒という面では、机間巡視によって緊張感と集中力を生み出し、授業のレベルを微妙かつ上手に修正されていた。私に対しては、「これこそが理想の机間巡視だ」というメッセージをくれていたように感じた。
上江洲先生特別講義13(最終回) 2013/11/17
上江洲先生特別講義12 2013/11/17
上江洲先生特別講義10 2013/11/16