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ニヤニヤしてえなあバカみたいに笑うのもいいけど今はニヤニヤがいいやいくらつらいことを考えて仏頂面しても三秒と持たないぐらいニヤニヤしてえそれにはまず腹ごしらえだな朝食抜きでニヤニヤしてたら哀しいよ自分自身二段重ねのハンバーガーなんか嫌だよ大口あけてる間に疲れちゃうよバームクーヘンあたりの粉物がいいやコーヒーで噛ますに流しこめるから甘い菓子に甘いコーヒーなんだかニヤニヤしてきたなあれ?これじゃもう終わりかよまたやりたいことから探さなきゃなんねえやそれじゃ そうだな まあ そういうことならソワソワしてえなあ
January 29, 2009
自分の生活をふりかえって圧倒的に足りないものは遊びなのだということに気付くまでに時間はかからないだから軒先からおちてきた尺とり虫に背丈を計られながら全然遊んでねえんだな お前なんて言われるのも当然といえば当然でしかしいくらまだ一月だからといって今年の抱負を遊びまくると決めたところで実行する予感すらない遊びは子供の仕事です仕事は大人の遊びですそれでも自分を誤魔化せずに刺すような北風の中もしかしたらなどという期待に引っ張られ百メートル先の自動販売機の灯りめがけてかけてゆくコンビニを梯子し草むらに目をこらし電柱の後ろさえのぞきこむそうしてあまりの格好のつかなさに僕は苦笑いで叫ぶのだまあだだよ
January 28, 2009
八丈島の東七十キロから吹く風がクヌギの森を揺らしている吹かれるたびに葉はサラサラという軽い音とともに裏返され明るい緑色に変わる男はベンチで昼寝をしながら同じ風に吹かれている子供の頃おもちゃを買ってもらった帰り道の夢を見ていた
January 26, 2009
ライオンが吠える鉄格子の向こうをうろつき僕らを睨む僕らはかつてその牙に 爪にたてがみに憧れたライオンよ あの日の百獣の王よしかし僕らはもはやその雄叫びに真実を見出せないでいるのだライオンは吠えるただライオンでありつづけるためにライオンよ いつかの百獣の王よお前の目の前のその鉄格子は今お前自身を守るためだけにある
January 26, 2009
海は満ち引きをやめ河は枯れてしまった山も森も花さえも遠い日の記憶になった僕は喋りすぎた今 視界に拡がるのは真白な砂すくった指の隙間をくすぐっては落ちる月はどこへいった星はどこへいった蓋が開いたままのおもちゃ箱が砂にうもれてゆく不意に吹く西からの風に砂はさらさらと音をたて大きな波をうった案ずることはない皆はカタチを変えただけで感じるべきものは同じなのださあ 砂の上に寝そべり前よりも少し聞きやすくなった声に耳を澄まそう
January 23, 2009
僕が君を描き君が僕を描く人々は互いに似顔絵を描きそして描かれる似ていないなどと笑ったり怒ったりけれどその小さな長方形の中の照れくさい笑顔を見て自分が確かにそこに存在していることに僕らは少しだけ安心する
January 23, 2009
朝露の遊歩道を若者が走るベンチに腰掛けた老人は若者を目で追うが若者が彼を見ることはない若者はつねに前だけを見老人は振り返りすぎる僕はその狭間で立ち往生しどっちつかずの照れ笑いを浮かべる若者も 老人も僕を見ることはないというのに
January 22, 2009
巨大な怪獣が巨大な尾を振り回し東京タワーを燃やしている頃小さな地球にも似た球体のその中で生命をさずかった僕はこうして毎日をどうにかやり過ごす普通の人間です
January 22, 2009
川上から大きな桃が流れてくるのを気づかないふりをして僕らは洗濯をつづける終わったら柴を刈りにゆこうか
January 22, 2009
少女がブランコをこいでいる長い髪と白い木綿のワンピースを風になびかせて少女が足を伸ばすたびに草花や木は流れて混ざり合うけれどもどんなに勢いをつけたってブランコは前へと進むことはなくいったりきたりを繰り返すそれでも少女は笑っているなんのためらいもなく今を楽しんでいるかのように僕は振り返るあの日ブランコが歯がゆくて大きく飛んでしまった僕はこうして少女を振り返るのだこいでこいで風になるそれで良かったのかもしれない
January 22, 2009
壺は割られなければならない博物館のガラスの中で文様を誉められ丸みを称えられしかしいつまでも空っぽでいつからだろう壺であることを忘れてしまっただから壺は割られなければならない新しい日のはじまりに 無邪気な朝の光に壺が壺らしく終わるために
January 21, 2009
言葉でしか救えないものがある言葉では救えないものがある言葉は君の額に 雷鳴のごとく轟き僕の手のひらに 力無く垂れるそしてだだっ子のように扱いづらく不意にケラケラと笑う
January 21, 2009
朝焼けの空まだ薄暗い浜を男たちが走ってゆくいくつもの黒い塊が汗にまみれた肉が砂を強く蹴りあげる真直ぐにただ真直ぐに金色の雲さえ今日を疑っているというのに
January 21, 2009
キスをした帰り道唇に残る優しさが歌になる夏の午後添い寝する母親の愛が歌になるシュトゥットガルトのカフェで応援する民の声が歌になるマサイの若者がライオンを倒した勇気が歌になる歌は口から出て 耳に届くのではなく心から出て 心に届くだから異国の言葉同士でも歌になれば理解しあえる歌は僕らが産まれ持っている唯一の地球語なのかもしれない
January 21, 2009
高い位置に実を付けた大きな樹がゆうゆうと立っているそれでは届かないと男が不平を言う人間のために実をつけたわけではないと樹は虫や鳥たちにその実を与える夕闇の森男は樹を切り倒したそうしてその熟れた実を口いっぱいに頬張る虫たちの鳴き声を耳に鳥たちの羽ばたかぬ夜に
January 20, 2009
積乱雲のてっぺんの真っ白に光った部分に腰掛けてさこうして街を見ているんだどのビルも角砂糖みたいで小さなアリが行ったり来たり声なんかまるで聞こえないから現実なのか解らなくなるよ雲の上は晴天つづきだから傘は持ってこなかった時々ジェットが遠くを行くけど珍しくもないのさなんだか眠くなってきたから少し眠るよ風は少し強いからさ起きたら何処かへ流されてここには居ないかもしれないけどいつだって僕のいる所が僕の場所だからたいして変わりはないだろ?
January 20, 2009
天の川銀河系を横から見た星の集合体実は太陽も 地球もこの銀河の中にある僕たちは天の川に生きているのだだからこの日常においてキラキラと光りながらも流されていく理由は僕たちが弱いというだけではないのかもしれない
January 20, 2009
01飲料水を乗せた台車の車輪がアスファルトを引きずる音に目を開けると、すぐ目の前に自動販売機の赤い鉄板があった。なぜ路上の隅で自販機を抱いて寝ていたのか?思い出そうとしたが頭が重い。とりあえず起きあがって上着についた埃をはらうと、ポケットの中の小銭を数枚取り出し、一夜を共にした鉄の愛人へと入れた。日差しはすでに正午の位置で、馬鹿みたいにスッカラカンの冬の空を通り抜けて、まっすぐに俺に届く。冷え切ったシンジャーエールが喉に染み込むのが少し痛い。「世界。終わんねぇかな」社会人になって数年経つ古い友達の言ったセリフが頭を過ぎった。ランチタイムには少し早いせいか、それとも過ぎちまったのか。人通りもほとんど無い路地に、中華料理店の白い手書きのメニューが出ている。こんな昼には、俺はたいてい野菜炒め定食を食うことにしている。どの街の定食屋にも必ずといっていいほど置いてある定番メニュー。「食べるものが無かったら、インスタントラーメンに野菜をいっぱい入れて食べなさい。そしたら栄養がとれるから」俺がはじめて独り暮らしをした頃に、母親がよく電話で言っていた言葉だ。悪いけど、その野菜を買う金すらねぇんだよと、何度言おうと思ったか解らない。しかし言ってしまえば無理をしてでもダンボールいっぱいの野菜を送ってくることは解っていたから、言えなかったのだ。その時の母親の言葉が耳に残っているのか、俺はいまだに野菜さえ食べていれば大丈夫だと思っているところがある。だから馬鹿みたいに怠いこんな日は、必ず野菜炒め定食を食うことにしているんだ。俺はランチタイムのために出されたその白いメニューに、野菜炒め定食の文字を確認すると、引き戸が開けたままになっている店の入口をくぐった。02店に入ると店内はほぼ紅色一色で、角の欠けたテーブルに錆びたパイプ椅子、壁には無造作に汚い手書きのメニューが貼られていた。「いらたいませぇ」外国人らしい若い女が、グラスに水を注いでくれた。「野菜炒め定食」料理が出てくるまでのしばらくの間、俺は見憶えのないモデルが黄色い水着でビールジョッキを片手に笑っているポスターを眺めていた。若い頃は、なぜ中華料理店や居酒屋にはこの手のポスターが貼ってあるのか不思議だったが、今ではなんとなく解る気がする。「おまちとうさま」目の前にライスが置かれ、野菜炒めの乗った皿が置かれた。豚肉とモヤシにニンニクが染み込んだ良い香りだ。俺は箸を割り、食べ始めた。また来よう。一口食べてそう思える味だった。天井近くに掛けられた音の出ないテレビを眺めながら、至福の味を楽しんでいると、クスクスと笑う声が聞こえる。目を移すと、先程の若い女が俺を見て笑っていた。「なに?」ほんとうに何を笑われているのか解らなかった。女は笑いながら「たって 箸のもちかた おかしから」外国人に言われたくなかった。確かに俺の箸の持ち方は普通じゃないが、これで不便に思ったことはない。俺は女に箸を向けるとわざと優しい声で言った。「この持ち方だって・・・」そういや学生の頃、うちの婆さんにも同じことを言ったことがある。人間ってのは、大事な事は忘れちまうくせに、くだらない事はいつまでも憶えているもんだ。そう、あの日俺が飯を食っていると、婆さんが食卓に来て言ったんだ。「そろそろ箸の持ち方、なおさんか」「いいよ。べつに困らないし」俺はぶっきらぼうにこたえた。「大人になってそれじゃ、恥ずかしいわ」婆さんは俺の向かいに座ると、箸さしから自分の箸をぬいた。そして、正しい持ち方で持つと「ほれ、見てみい。ちゃんと持てばこんなに開く」と言って、箸を90度近くまでおもいっきり拡げた。俺はその時の婆さんのしてやったりという表情を今でも思い出せる。その表情に少し頭に来た俺は自分の持ち方のまま婆さんに箸を向け、おもいっきり開いてやった。「この持ち方だって、ホラ」箸は180度近く開いたが、人差し指の力が抜けてクルリと変な方向を向いた。婆さんはそれがたいそう可笑しかったらしく、珍しくゲラゲラと声を出して笑った。そんな婆さんの顔を見ていたら、俺も可笑しくなってきた。だいたいこんなに拡げてまで、何を持とうというのか。そんなもの口にさえ入らないだろうに。婆さんはあの日、いつまでも笑っていた。そんな箸の持ち方が上手い婆さんも、アルツハイマーになって長い入院生活の末、俺の名前さえ解らなくなって死んじまった。そういや箸の持ち方は、死ぬまで憶えていたのだろうか。俺は女に向けた箸を、あの時と同じように拡げて見せた。「この持ち方だって、ホラ」箸はまた大きく拡がり、ねじれて変なカタチになった。女はきょとんとした表情を見せたかと思うと、すぐに大きな声で笑い出した。そして「おかしい おかしい」と何度も言った。03俺が笑いかけたのを心を許したととったのか、その女はその後も俺に話しかけつづけ、結局俺は定食を食い終わるまで笑顔でいなければならなかった。俺は勘定を支払うと、急いで外に出て早足に歩き出した。「まったく」まったくなんで話しかけたりしたんだ、俺は。こんな気分になるのは解っていたのに。誰かと仲良くなるのは簡単だった、笑って相手の喜びそうな事を言えばいい。けど、仲良くなった後はどうする?うち解けてどうなる?その後はその感情が自然に消滅するか、嫌な面が見えるか、裏切りに会うかだ。面倒くせえ。怖いんじゃない、面倒くせえんだ、良い関係を維持するのが。たとえ10分でも。細い道を曲がると、小さな公園の奥に水色のベンチが見えたので、俺は入って行き腰掛けた。見渡すと、誰も居ない公園には錆びた鎖のブランコが2つ、垂直に垂れていた。あの頃はこんなんじゃなかった。俺もブランコに乗っていた頃は、こんなんじゃなかったさ。普通に笑ったり、うち解けたりしていたはずだ。幼少の頃いつも一緒にいたマァちゃんの顔を思い出した。マァちゃんは向かいの家の同じ歳の男の子で、画家の息子だった。だから僕たちは、毎日畳に寝そべって、絵を描いて遊んだものだ。その頃僕らが熱中して描いたのはコブラの絵だった。ウロコの1枚1枚を丁寧に描いていくという、今思えば小学校低学年にしては恐ろしく地味な遊びだった。来る日も来る日も、ただひたすらに描いた。疲れたらヤクルトを飲み、かっぱえびせんを囓っては、また描いた。一番描きたい頭の部分は最後に描くとお互いに決めていたので、早く頭を描きたいがために自然とウロコの大きさがでかくなるのを俺もマァちゃんもぐっと我慢して1枚1枚小さく丁寧に描く。半円を描いては重なった部分をえんぴつの芯の腹で塗る。つらかった。1時間も続ければ、なぜ自分がウロコを描いているのか。描いているものが何なのかさえわからなくなってくる。しかしあの時、確かに俺はうち解けていたような気がする。ただひたすらにウロコを描く小学生が二人。列び合って、画用紙をくっつけ合って。いつしか俺の描くウロコはマァちゃんのコブラのそれとなり、マァちゃんの描くウロコもまた俺のものになった。パーソナルスペースは混ざり合い、ひとつのまあるいドームになって畳の上の二人をつつんだ。完全なる信頼がそこにはあったのだ。北風が公園を渡り、ブランコを少しだけ揺らした。「もう、あんなふうには戻れないのだろうな」俺は立ち上がるとフェンス沿いに植えられている木々を仰いだ。葉はいつのまにか冬に触れられ、枯れかけていた。04俺が住む町の駅の改札を出ると、もう太陽は西の空を少し染めているだけだった。風はますます冷たさを増し、今年もまた確実に冬が来ることを教えている。俺は出かけぎわにマフラーを置いて来たことを少し後悔し、上着のボタンをかけ、ポケットに手をつっこみ歩き出した。商店街の角を曲がると、電気屋の店頭に置かれた数台のテレビが、夕方のニュースを映している。ダイリーグで活躍している日本人選手のインタビュー。不敵な笑い。自分を信じてチャレンジし、夢をつかんだ者だけが見せるあの自信に満ちた顔。成功者。俺はその笑顔を見ないようにしてポケットの中で安物のカギを探しながら、錆びた鉄製の階段を5階まで上がる。そして冷たくなったドアノブにそれを差し込んだ。数日の間留守にした部屋の中は、くもった空気が固まったゼリーのように動かない。俺は上着を着たままで冷凍庫から氷を出し、グラスに入れ水道水を注いだ。電気もつけずにベランダへ出た。風に吹かれたかった。見渡せば夕闇に色を奪われた民家の屋根屋根が、ひしめき合うようにしてまっすぐに伸び、遠く池袋の灯に繋がっている。不変。俺はあまりの“何も無さ”に悲しくなりそれ以上景色を見つづけることが出来なかった。振り返ると、部屋の中にはいつのまにか夜が忍び込み、そこには家具さえ見えないほどの闇があった。「前も 後ろも」指を伝わってくる氷の冷たさだけが、かろうじて俺を現実につなぎとめている。ふいに隣りのベランダの、干しっぱなしの洗濯物がバタバタと鳴った。「ちっ」俺は力を抜いてベランダを背に寄りかかった。そしてそのままのけぞるように上を見上げた。ぼろマンションの汚れた屋根から拡がる空には、いつのまにか星がでていた。どんよりとした都会のグレーの空に、小さく散らばる星々。何かが起きた日も、何も起こらなかった日も、同じように暮れてゆく空。繰り返し、繰り返し。当たり前を苦ともせずに。ガキの頃見た夕暮れと、少しも変わらない。俺はしばらくの間、時間を忘れて仰ぎ続けた。どんどん色をなくし、濃くなってゆく空。小学生の頃、親友だったタケシ君と探した星は、ここからも見えるのだろうか。夜中に家を抜け出して、待ち合わせて行ったウドの畑。俺のたった一つの宝物、幼い頃にお絵かきコンテストでもらった賞品の望遠鏡。いくら覗いたって月が逆さに映るだけで、2倍にも見えなかった安物望遠鏡。だけど俺たちには、そんなことは関係なかった。望遠鏡で星を見るっていう、その言葉だけで充分だったんだ。折りたためもしない重い木製の三脚。かついでいって、二人で交互に覗いたんだ。全然大きく映らない星を捉えては、水星だの火星だのと適当なことを言っていた。見えるはずもない土星の輪が、かすかに見えたとか。ばかばかしい。望遠鏡。たったそれだけの響きで、心を躍らせていた。そういやあの望遠鏡、まだ実家にあるのかな。俺はあのひんやりとした感触に、無性に触れたくなった。俺の宝物にもう一度触れたくなった。
January 19, 2009
05次の日の朝はやく部屋を出た俺は、午後になる前には故郷の駅のプラットホームに降り立つことができた。10年ぶりの駅。懐かしい。しかしそう感じたのも束の間、俺は駅の空気が変わったことに気がついた。慣れ親しんだ小汚い階段は撤去され、変わりにエスカレーターが設置されている。学生の頃によく利用した売店も消えさり、自動販売機が2つならんでいた。俺は変化による方向音痴を修正しながら、エスカレーターをあがる。上につくと、一つしかないはずの出口に、新たに南口というものが加わっていた。矢印の方を観ると、確かに出口らしき下り階段が見える。確か小口君の家のある方だ。俺は改札を抜け、その階段の降り口にある窓へと向かった。驚いた。そこには雑木林と古い平屋建て民家が数件あり、中には中学時代の友達の小口君の家もあったはずなのだ。しかし、俺の視界には大きなバスのロータリーが拡がり、その奥には高層のマンションが建設されつつあった。小口君はどこへ行ったのだろう。いつまでも変わることのないと思っていたこの小さな町にも、都市開発の波が押し寄せ、その波は友達の家までをも呑み込んでしまった。俺は新しい出口を降りることなく引き返し、使い慣れた出口へと向かった。駅を出た俺はさらに愕然とした。何も無いのだ。ゲームセンターは消え、果物屋も消え、駅前の風景の大半を占めていた、大学の付属高校までもが消え、ただならされた灰色の土地だけがだだっ広く拡がっている。往来の人々も、商店の威勢のいい声も、校庭から聞こえる部活動の声も今はなく、音のない真っ白な闇がキラキラと冬の日差しを乱反射させている。俺は怒りに似た悲しみが溢れてくるのを感じながら大又で歩き出した。この分だと、目的の場所までもがあるのかどうかという不安さえこみ上げてくる。銀行とそば屋といくつかの老舗は残っている。ここらへんは大丈夫だ。国道沿いを5分ほど歩き、聞いたこともないようなコンビニエンスストアの角を入る。あった。母親と弟の住む借家だ。懐かしくはなかった。俺はここに住んだことが無い。俺が実家を出て何年か後に、母親と弟はこの借家に引っ越したのだ。前に1度しか来たことのない家。家族の住む知らない家。俺はドアの前に立ち、押し慣れないインターホンのボタンを押した。06小学校3年生の春、俺は初めて学習机を買ってもらった。俺の育った家は狭く、子供部屋も無かったので、その机は俺にとって初めての自分だけの場所になった。自分だけの机。嬉しくて、本棚の下に付いた蛍光灯を、意味もなくつけたり消したりした。それからの俺は、学校で嫌な事があったり叱られたりすると、きまってその机にかじりついては、いつまでも大好きな絵を描いていた。大切な俺の居場所だった。その机すら、すでにこの家には無い。だから俺はここに来ると、座る場所にさえ戸惑って、きまり悪くつったったままで話す。「母さん、俺の望遠鏡憶えてる?」すると母親は、少し遠くを見つめてから、しばらく考えると、表情を明るくした。「あぁ、あの望遠鏡。捨てたじゃない、前に」「そうだったかな?」「そうよ」そんな気もしていた。長い間見たこともなかったし、遠い昔にもういらないと言ったような記憶もある。ただ、それが俺の勘違いではないかという少しの希望があっただけだ。「いるの?望遠鏡が」「いや、無いならいいんだ」泳がせた視線をキッチンの棚に向けると、そこには亡き祖母が愛用していた大きな湯飲みがあった。この湯飲みの事は憶えている。これは、俺がまだ幼い頃に、遊園地へ遊びにいった時に買ったものだ。あの日、家族そろって楽しい時間を過ごしているのに、家で独り留守番をしている祖母を淋しく思い、俺はおみやげを買うことにした。売店で一生懸命に選んでいると、ガラスのショウケースの中にひときわ大きな湯飲みがあった。しかもその表面には筆文字で力強く「おばあちゃん」と書いてあった。それに決めた。俺は店員に言って、その湯飲みをきれいに包んでもらった。家に帰ると、俺は祖母にさっそくそれを手渡した。祖母は喜んで包みを開け、湯飲みを取り出す。しかしそこに書かれていた文字はなんと「おじいちゃん」だったのだ。店員が間違えたのか?俺が読み間違えたのか?しかし何度読み返してもその文字は「おじいちゃん」だった。家族は笑い、祖母も笑った。そして何度も何度も「ありがとう、ありがとう」と言った。俺はただ独り、耳まで赤くして泣いた。くだらねえ。俺は母親との世間話をそそくさと切り上げると、靴を履いて玄関に立った。「小遣い」「いいわよ、あんたも大変でしょ」「いいから」汚れた上着のポケットの中から2万円を手渡した。「ありがとう」「いいよ」俺は一回だけ短く笑うと、その見慣れない玄関の鉄のドアをあけた。07外に出ると、いつのまにか日差しは午後の色を落としていた。冬の澄んだ青空がゴウゴウと鳴る。北風が少し寒いが腕時計はまだ13時をさしていたので、俺は故郷の街を少し歩くことにした。母親と弟がこの借家に引っ越してくる前は、ここから2キロほど離れた場所で俺も一緒に暮らしていた。今ではその家も知らない家族が住んでいるのだろうが、まぎれもなくこの街は俺の故郷だった。俺と母親と弟と祖母と父親、家族5人が暮らしていた街。(そういえば、おやじに線香をあげるの忘れたな)俺は頭に位牌を思い浮かべながらもそのまま国道を渡り、踏切を超えた。5分も歩けば、馴染みの深い商店街に入る。幼少の頃、母親の自転車の荷台に乗り買い物についてきた商店街。小学生の俺が小銭を握りしめて駄菓子を買いに走ったスーパーも、受験用の参考書を買った本屋もここにある。この街で一番賑やかな場所だ。しかし近づくにつれ、俺は様子がおかしいことに気が付いた。威勢の良い八百屋の声も、スピーカーから流れている安っぽい歌謡曲も、買い物をする主婦の声もまるで聞こえてこない。嫌な予感は的中した。そこには灰色の道が静かにのびているだけで、誰もいないのだ。店々にはシャッターがおり、しばらく開いた気配すらない。まるで遠い昔からこの状態だったかのように硬く錆び付き、固まっている。消えかけた看板の文字が、俺の記憶と結びつくのが、かろうじてここがあの商店街であることを教えている。俺は、一軒一軒思い出とつなぎ合わせながら歩いた。数件はすでに取り壊されて空き地になり、記憶よりも小さなその敷地は、かつての店を想像させにくくしていた。故郷は、心の中にある------か。商店街の終わりまでくると、巨大な団地の入口に着く。大手電話会社の社宅だ。(そういうことか)俺はその様を観て全てに納得がいった。これでは賑わいようがない。見上げるとどの棟のどの部屋も、窓にはカーテンが無い。数十はあるだろう窓の全てに天井が見えるというこの不思議な風景を前に、俺はしばらく突っ立っていた。動くものはなにもなかった。灰色に汚れた巨大な建造物の群れが、その圧倒的な質量ゆえに、時代の波にさらわれそこねて置き去りにされていた。ただ芝生の伸びきった遊技場の錆びた滑り台やブランコだけが、こどもたちの笑い声や、高度成長期の幸福が確かにこの場所に存在していたこと想像させた。俺は我に返ると早足で歩きだした。昼でも薄暗い団地の道が寒かったということもあるが、それよりも誰もいなくなった無数の部屋の中に、缶詰のように押し込まれたものたちが、こっちを見ているような気がして少し怖くなったからだ。(はやく公園に行こう)団地の道は、俺が幼い頃によく遊んだ公園への近道だった。
January 19, 2009
08公園の門を入り、5分ほど歩くと中央広場に出る。俺の幼少の頃からの遊び場だった場所だ。ここは何も変わっていない。昔と同じように、きれいに刈られた芝生が枯れて遠くまで地面を被っている。俺は広場を囲むように並べられた水色のベンチの右から2番目に腰をおろした。見上げると冬の空は広く、そして深かった。俺はため息に似た深呼吸をする。ふと見ると、目の前の木の枯れ枝に良く知ったカタチの洋凧がひっかかっている。(懐かしいな)そういえば、親父とこの場所で凧を上げたことがある。数少ない親父と遊んだ記憶のひとつ。ずっと土地取引の会社をやっていた親父の休みは週末じゃなかったし、まとまった休暇があれば独りでどこかへ出掛けて帰らなかった。結局俺が憶えている親父と遊んだ記憶は海へ2回、川へ4回、そして凧上げだけ。家族サービスという言葉とは対極に位置する、そんな人間だった。そんな親父もバブル崩壊のあおりを受けて、多額の借金に追われ、挙句の果てに脳梗塞で入院し、2年以上も寝たきりで最後はミイラみたいに小さくなって死んだ。最後に会った時、俺は子供みたいに小さく枯れた親父の手を握った。「心配しなくていいから。もう心配しなくていいから」俺は馬鹿みたいにそれしか言えなかった。今、ひとつ隣のベンチを見て、そこに親父が座っているのを想像してみる。親父はまだ元気で、髪も黒く、小洒落たシャツを着てすましている。その表情、親父らしいな。俺は思わず吹き出した。「どうなの?そっちは」親父は何も言わずにただ少し笑って、しばらく俺を見ていたが、ふいに目を逸らすと空中を見つめた。視線を追うと、そこには例の洋凧が風に吹かれてパタパタとなっている。「なんだよ。何も話さないのかよ」視線を戻すと親父は消えて、水色のベンチだけがそこにあった。(なんだよ、ほんとに)親父がほんとうに家族を愛していたかなんて、今となっては解らない。だけど、愛していたのだろうと最近はなんとなく思うようになった。なんの根拠もないけど、そう思うようになった。 左手の甲をくすぐられたような気がして見ると、小さな赤いアリがゆっくりと這っていた。そっと指ではらって起き上がると、いつの間にか東の空は夕闇に覆われていて、少しだけ明るさの残る西の空と俺の頭上でなめらかに解け合っている。俺はベンチから立ち上がると上着のボタンを首までしめた。冬の宵の公園にはすでに人の姿はなく、ただペンキの剥げた街灯だけがジーという小さな音をたてて、青白い光を枯れた芝に落としていた。目を凝らすとその光の向こうにチラチラと輝く何かがある。踏み出して街灯を避けると、そこには宵の金星が力強く光っていた。(・・・そうか!)望遠鏡がなくたって、星は変わらずにそこにある。俺はタケシ君と星を探したあのウドの畑に行きたいと思った。急いで住み慣れた街の地図を頭の中に描き出し、俺は最短のルートを歩き出した。09 公園を横切り反対側の門から出ると、公道の向こうに遊歩道が見える。数十キロも離れた多摩湖までつづくその道は俺が幼い頃からあったものだ。今ではアスファルトで鋪装されサイクリングコースとなっているが、その頃は砂利と土の道だったし、街灯さえなかった。少し歩くと、その遊歩道の一区画に道に沿うようにのびる短い土手がある。この小さな土の丘は子供の頃の俺たちの大切な遊び場のひとつだった。ダンボールの切れ端を尻に敷いてよく草滑りをしたし、何もすることがない日にはただ座って遠くの町並みを見ていた。懐かしい。俺は道のない土手の斜面を雑草を踏みしめて登っていった。夜の土手から見る町並みは暗く沈んではいたが、昔と変わらない家々が明かりを灯している。ただ遠くに出来た巨大なマンションが空をあの頃より少し狭くしていた。こうやってここを歩いていると、何も変わっていないように感じる。まるであの頃と同じ。遅くまで遊んだ日の帰り道のようだ。今この瞬間に走りだして懐かしい道を帰れば、あの家があって、勝手口からは母親の作る夕食の匂いがして、玄関の戸を引けば居間に明かりがついていて、そして婆さんが座ってる。「ただいま」「はい、お帰り」俺は短い土手の道が終わるのが惜しくて、わざとゆっくりと歩いた。空では北風がピーと音をたてて、小さな雲を追いかけていた。10たどり着いたウド畑にはもうウドはなく、ただぼこぼこと波を打った土が静かに広がっていた。(こんなに狭かったかな)俺はあの頃タケシ君と望遠鏡をたてたあたりまで入っていって、そこにしゃがんでみた。収穫されそこねたネギ坊主が、枯れてしわくちゃになって転がっている。20年前、俺たちは確かにここで、こうやって星を観た。俺はすでに存在しない望遠鏡を覗く。空にはあの夜と同じように、無数の小さな星々が街の明かりに邪魔されながらも瞬いていた。そういえばここで星を観ていると、畑の持ち主の爺さんが来て「畑に入るな」とよく叱られたっけ。だから俺たちはいつも、ウドの葉に隠れながらひっそりとしゃがんでたんだ。(あの爺さんも、もう死んだのかな)そう思った瞬間、俺は自分の目を疑った。なぜなら、その爺さんが何もない畑の上をまっすぐに俺に近づいてくるのが見えたからだ。俺は立ち上がって逃げようとしたが、自分が大人であることを思い出し留まった。「す、すみません。勝手に畑に入ってしまって」とっさに口をついて出た。爺さんは俺の前まで来て、立ち止まった。「かまわないよ。ここはもう使ってない、時々ネギだのキュウリだの植えてるだけで。それにもう歳なもんで身体が動かんのでね」よく見ると爺さんはあの頃よりだいぶしわが増え、身体も小さくなっていた。「こんなところで何をしているのかね?」「はい。星を観ていました」「星をかい。そういえば昔、よくここで星を観ていた子供等がおったよ。望遠鏡まで持ってきてね。あの頃はまだここでウドを育てていたもんだから、畑に入るなってよく叱ったもんさ」驚いた。爺さんは僕達のことを今でも憶えていたのだ。「あんたは幾つだね」「え? ああ、30です」「30歳か、若いねぇ」「若くないです、もう中年ですよ。ただ生きてきただけで、何もない中年です」老人は少し笑って、そして空を仰いだ。「私は今年81歳だが、もし30歳に戻れたらなんて考えるとわくわくするね。どんな事だって出来る気がする。私等の歳からみたら30歳だって40歳だってそんな歳さ」「理屈はそうですが、しかし、今から始めてもうまくいきませんよ。もう歳だし身体もついてこない。若い頃から夢に向かって努力しいてた奴らとは違うんです。完全に出遅れてしまったのです」「出遅れねぇ。私は子供の頃からこの歳まで、畑仕事しかしたことがないから、あまり偉そうなことは言えないけど、野菜だってその種を春にまけば良いってもんじゃない。夏にまく種、秋にまく種、それぞれに合った時期にまいてこそ、立派な野菜が育つ。だから思うんだよ。若い頃から始めたって駄目なこともある。何十年も人間をやってなきゃ解らない事だってある。その歳だからこそ始められることってのがあるんじゃないかってね」老人は今度は俺の目を見て、にっこり笑った。「見えるかい?」「いいえ、僕にはまだ見えません。そんなものあるのでしょうか?」「そうじゃない、星だよ。ほら、あそこの」爺さんの指差す先を見ると、冬の空高くプレアデスが青白い光を放っていた。「私の一番好きな星だ」「偶然ですね。実は僕も一番好きなんです、あの星」俺と爺さんはしばらくの間黙って空を仰いでいた。半世紀も歳のはなれた男が二人、同じ星を眺めていた。
January 19, 2009
君は悪人ではない君は悪人ではないのだいくら悪人ぶってみても道端の花に口元をゆるめ雲ひとつない青空を見上げ深呼吸すらしてしまうのだ君は悪人になれなかった善人いいかげんに絶望したまえ
January 19, 2009
眠れ 眠れ 今日は眠れ捨てられた子犬の哀しみと自由をもって眠れ 眠れ 今日は眠れ春風の吹く漆黒の闇に
January 19, 2009
僕の中の罪悪が僕の中の悲しみが尻尾になってのびてゆく長く長くのびてゆくそろそろこいつを切り離してあんたらの前に置いてやるピョコピョコはねる尻尾を見ながらああでもなければ こうでもない先生方は得意面そのころ僕は街に出て朝のコーヒーを飲みながらカラリと晴れた空の下また新しい尻尾を生やしはじめる
January 14, 2009
女は煙草の臭いを連れて来た午後の車両に やわらかな日だまりにしかし僕は動かなかったアボリジニのように ネイティブアメリカンのように何度も込み上げる吐き気の中十五回目の死刑が執行されたとき女は車両を降りていった小春に似たやわらかな日だまりに煙草の臭いと十五の死体を残して
January 14, 2009
太陽が真上にさしかかるころ大人は大人の嘘をつき子供は子供の嘘をつく君は君の嘘をつき僕は僕の嘘をつくだから僕は大人も子供も君も僕自身さえも疑いはじめるババ抜きのジョーカーのように誰かが隠し持っている真実?馬鹿馬鹿しいそんな寝ぼけた言い訳などもう要らないから今日からはポケットを探る必要もない嘘は嘘以外のなにものでもなくジョーカーですらなり代わることはできない
January 13, 2009
生きているのが嫌になったので僕は今日死んだ冬晴れの高い空に見たことのない鳥が二羽 正円を描く真下で仰向けに倒れただから僕にはどうでもよくなったんだすべての夜が すべての朝が大好きだった歌も大好きだった人も棄てた悲しみとともに消えたから今夜 静かに空っぽの器に星が降りる明日が晴れることのみが今の願いだ
January 13, 2009
ぶちまけろ過去をぶちまけろ空へぶちまけろ空をぶちまけろ過去へ空いっぱいにひろげた過去は夜には星座にしてしまえそうして今日はそれを眺めて子供みたいに眠っちまえ明日の朝 目覚めたら新しい空が始まっている
January 9, 2009
有楽町のホルモン焼き屋でビールを一杯と麦焼酎の水割りを一杯特別うまくもなく まずくもなくしかし聴覚だけは少し弱まり今は静かに列車のゆれに身を預けているくだらないと思えばそう思えるその程度の人生すでに放るものすらない抜け出したいのならばなにかを初めないと駄目だ車窓の外漆黒の河面に水鳥が一羽舞ったような気がしたとりあえずはそうだな列車を降りたら缶コーヒーでも飲むさ
January 8, 2009
夜空を見上げて哀しそうに今日は月が欠けているなどとまるで月のせいにしている三日月それが僕らの星が落とした影だということを忘れたふりをして
January 8, 2009
水さえあげていれば枯れはしないそう思い込んでいるだろう駄菓子屋の婆さんが夕日の中金網に吊されたいくつもの鉢植えに如雨露をかざしていたもしも鉢植えが枯れてしまってもきっと彼女は寿命なのだと言い切るに違いない推定数十年毎日のように繰り返されてきたこの金色の景色の中で失われた命たち知っていると思い込んでいるということは時として暴力に等しい
January 6, 2009
この木はおまえなのだと言われ登ってはみたもののてっぺんから見渡せば視界の限りなにも無したまらずこんな木が自分であるものかと大声で叫んだがどこかで確かに自分なのだと気付いているからその声も自分のものではないようで寂しくて寂しくて逆さまになり動物のごとくするするとつたい降りて根本で丸まり眠ったふりをするそうしてこんな雲ひとつない冬晴れの日にさえ誰かが雨宿りをしてくれたらどんなに素敵だろうなどと考える背中に忍ばせた斧さえもいつかは錆びてしまうのではないかと心配しながら
January 6, 2009
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