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なんと、もう10年以上も前のことになってしまいました。実はこの原稿は以前高校生に案内したリニューアルなのですけれど、僕はその当時、とりあえず年間 20
号を目標にして、ノロノロやろうと思っていていました。
というわけで、その年の 1
号が 吉田篤弘
の小説 「つむじ風食堂の夜」(ちくま文庫)
でした。今となっては古い小説なのでしょうか。吉田さんも結構人気らしく、新しい作品もたくさんありますね。
まあ、ともかくも 「つむじ風食堂の夜」 です。この小説の中にこんな会話があります。
彼は、オレンジをひとつ手にとると、『たとえば、いまここにオレンジがひとつあります。ありますね ? 』念を押して訊くので、私はまるで手品が始まるときの子供のようにこっくり頷いて、『ある』と応えた。
『いいですね ? 確かにここにこうしてあります。でも先生、ここってなんでしょう?このオレンジにとって、ここってどこのことなんでしょう?』 『う~ん・・・』唸ってしまったが、『まあ、だいたいこのあたり』と、オレンジのまわり半径 1 メートルくらいの範囲を、私は自信なく示してみせた。
『どうしてです?どうして先生は、それがここだと言い切れるんです ? 』
『さあて‥なんとなくとしか言いようがないんだけど』
『でしょう?じつは僕にもこの答えは分からないんです。というより、これには正確な答えがないんですよ、きっと』
『ふうむ』
『ですからね、僕たちはいまこうして月舟町の果物屋に居るわけですけど、同時にコペンハーゲンにも居るわけなんです』
『だって、地球の外から眺めたら、月舟町とコペンハーゲンは隣みたいなもんですから』
『ねぇ、先生』突然、耳元で桜田さんが大きな声をあげたので、私はあわててコップの水をこぼしそうになってしまった。
『さっきの話ですけどね』
『さっきの ? 』
『いや、宇宙の話。わたしね、思いますけど、やっぱりここはここであって、遠くは遠くじゃないと、どうも・・・』
『この世のどこもかしこもが、全部ここだったら、わたしはなんだかつまんないですよ』
目を逸らしたまま、私の顔を見ようとしなかった。
『宇宙がどうであって、やっぱりわたしはちっぽけなここがいいんです。他でもないここです。ここはちゃんとありますもの。消滅なんかしやしません。わたしはいつだってここにいるし、それでもって遠いところの知らない町や人々のことを考えるのがまた愉しいんです』
『わたしもそうだな』
背中のままの奈奈津さんが、バサバサと新聞を拡げながらそう答えた。『わたしもここが好き。先生は ? 先生ちゃんとそこにいる ? 』
そこにいる ? と訊かれてドキリとしたが、私はすぐに、
『いますよ。ここに』と、そう答えた。
『ずっとここにいます』 そう答えていた。
ところで、この小説は映画にもなっっておるようですね。興味のある人は、そっちの方もどうぞ。もっとも僕は観ていないので、何ともいえませんね。( S
) 2011/04/25
以前のブログのサイト(?)がサービス終了ということで、投稿を引っ越しています。もう一つは、仕事をしていたころ高校生さん相手に出していた「読書案内」があったのですが、保存していたはずがいつの間にか壊れていることがわかって、「それでも」という気持ちで転載しています。
どうしても作品が古めということを痛感していますが、いい作品はいいしなあ、そんな気持ちです。
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