僕と彼女と彼女の生きる道 #9 和解~


本当に、“愛している”のだろうか。
本当に、“生きている”のだろうか。
本当に、“絆”は存在するのだろうか。

いま、幸せを描くと、嘘になってしまう。

子供のことを愛しています。


この物語は、今を生きる男女が、絆を結ぶことの難しさとともに、
人を愛する事とは、生きていく事とは、そして、
本当の幸せとは何かを問うヒューマンストーリーです。


僕と彼女と彼女の生きる道 公式HPへ
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あらすじ
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/bokukano/



「#9 和解」

徹朗(草なぎ 剛)はもう一度、親子3人で暮らしたいと可奈子(りょう)に伝えた。「俺、本当に変わったんだ」。しかし可奈子の決心は変わらなかった。「私があなたを愛することはもうない。凛(美山加恋)と2人でやっていきたいの」。可奈子は凛の部屋にいくと、自分の手作りの品々を指さした。「いつも凛のそばにいたのは私よ。たった数ヶ月、面倒をみたぐらいで父親ぶらないで」。徹朗が凛のために銀行を辞めたことも信じようとしない。可奈子は最後にこう言い放った。「どうしても凛を返してくれないなら、家庭裁判所にお願いするしかないわね」。親権変更の調停がもの別れに終われば、審判に委ねられることになる。「もし審判になったりしたら」。凛のいない生活など考えられない。徹朗は不安をゆら(小雪)に打ち明けた。

 徹朗は洋食屋で働きはじめた。交代制で時間の融通はきくが、職場は慣れないことの連続。あくまでも新しい仕事が見つかるまでだからと、徹朗は自分に言い聞かせた。しかし収入は減り、月謝も苦しくなってくる。そこでゆらに凛には英語だけを教えてくれるよう頼んだ。「いいんです。私がここに来たいから」。徹朗はゆらの好意に甘えることにした。

 徹朗の手作りカレーをゆらもまじえて3人で食べていると、義朗(大杉漣)が現れた。「家庭教師の北島さん。父です」。義朗は挨拶もそこそこに徹朗を寝室に連れていくと、いきなり銀行を辞めたことを問い詰めた。「一生を棒にふるってことだぞ」「俺は親父と違うから。家族のこと、ちゃんと考えたいんだ」。徹朗はこれまで胸に秘めてきたうっ憤をぶつけた。「会社を辞めたらすることないんだろ?親父は会社名や肩書でしか生きてこなかったからだ。俺は絶対にそうなりたくない」。定年までの会社人生を息子から否定された義朗は明らかに傷ついた。「俺は間違っていない」。ふりしぼるようにそう言うのがやっとだった。

 家庭裁判所で親権変更の調停が行われた。徹朗も可奈子も譲らなかったため、調停は不成立で終わる公算が高かった。審判になれば、新しい美術館での仕事の決まった可奈子のほうが有利ではないか。「銀行辞めたの、マズかったかな」。ゆらの前でも徹朗は弱音をもらした。凛も父親の変化に気づいていた。「凛はお父さんと住むの?お母さんと住むの?」。ゆらは「心配しないで」と答えるしかなかった。

 調停のことが頭からはなれない徹朗は、職場の厨房で盛りつけたばかりの料理皿を落としてしまった。「何やってんだ、バカヤロウ!」「すみません」。怒鳴られた徹朗は意気消沈して店を出た。「小柳さん!」。岸本(要 潤)だった。岸本は仕事の相談をもちかけてきた。「俺はもう上司じゃないから」。徹朗は逃げるようにして岸本から離れた。

 その夜、今度は宮林(東 幹久)から電話がかかってきた。「今から行ってもいい?」。すぐに宮林はマミ(山口紗弥加)を連れて現れた。「信用金庫の話、なくなって、今は洋食屋で働いてるんです」。徹朗の告白に2人は驚いた。「バカだと思ってるんでしょ。今日は帰ってもらえませんか」。徹朗はいつものように話せる気分ではなかった。宮林は帰りぎわに言った。「自分で選んだ道、信念をもって進んでいけばいいことだから」。突き放したような口調の中に、優しさがあった。

 徹朗の今後を心配してくれるのはかつての同僚だけではなかった。義朗が新しい就職先の資料を持ってきた。「こんなこと、頼んでないよ」「つっぱるな。今の仕事、思ったようにいってないんだろ」。図星だった。だから義朗が帰ってからも資料を捨てきれずにいた。

 重い気分のまま、徹朗が洋食屋の表を掃除していると、「お父さん!」。凛の声がした。見るとそこに、ゆらと凛が笑顔で立っていた。

 「働くお父さんを見に来ました」「社会見学です。凛ちゃん、とても楽しみにしてきたんです」。凛が皿洗いする徹朗をじっと見ていると、斉藤がパフェを出してくれた。「お父さんの洗ったお皿はピッカピッカー」。凛は自慢げだった。「お父さん、お仕事、おつかれさまでした」。徹朗は幸せだった。明日も頑張れる。娘に愛されていると実感できたから。

 徹朗は義朗の勧めてくれた会社を断った。「仕事は大事だよ。でも凛と暮らす時間も大切だから」「どうして?」。2人が向きあっていると凛が学校から帰ってきた。「こんにちは」。凛は手作りメニューを取り出すと、ウエイトレスを真似てみせた。「おじいちゃん、何飲みますか?」。徹朗と凛は楽しそうにジュースを作りはじめた。「おまえの好きにしろ」。言葉はそっけなくとも、義朗は何かを感じたようだ。だから徹朗も素直に応じることができた。「俺のこと、心配してくれて、ありがとう」と。

 数日後、徹朗は家庭裁判所に出向いた。調停の結果が出た。 審判官は徹朗と可奈子に伝えた。「この件は合意に達する見込みがありません。調停は不成立になります。よろしいですね」。2人は口をそろえたように「はい」と答えた。徹朗は結果をゆらに伝えた。「審判になる」。凛の親権をめぐって徹朗と可奈子の争いが始まる。


「#10 別離」

凛(美山加恋)の親権は審判の場で争われることになった。「俺のわがままかな。たった数ヶ月、凛のことみただけなのに」。徹朗(草なぎ 剛)は揺れる胸の内をゆら(小雪)だけには打ち明けた。

 「やっぱり母親といた方がいいんじゃない?」。美奈子(長山藍子)は親権を可奈子(りょう)に渡してほしいと徹朗に頭を下げた。「許して。私も一人の母親なのよ」。美奈子の気持ちはわかるが、徹朗の決心は変わらなかった。「すみません」。凛を手放すわけにはいかない。

 徹朗と凛の生活ぶりを聞き取りするために、家庭裁判所から調査官がやって来た。「お父さんははずしていただけますか」「思ったとおりに答えればいいから」「はい」。凛は屈託なくうなずいたが、徹朗は落ちつかない。可奈子と一緒の時はもっと違う表情を見せるのではないか。「不安だよ」。ゆらにこぼした。

 「今夜、ウチに泊めたいんだけど」。可奈子から突然言われて、徹朗は焦った。本心は断りたいが、令子の目を意識した。「いいよ」。楽しそうに遠ざかっていく母と娘。徹朗は気持ちをふりきって背を向けた。

 洋食屋の仕事の帰り道、徹朗はマミ(山口紗弥加)に呼び出された。

 「ずっと好きでした」「えっ!」。笑いかけて、マミが真剣だと気づいた。「今夜だけ一緒にいてもらえませんか?」「ゴメン」。マミは必死に微笑んだ。「これでおしまいにできます。ちゃんとふってもらえたから」。徹朗の携帯電話が鳴った。可奈子からだ。「次の週末も、凛、泊めていい?」「それはちょっと」「じゃあ、明日マンションまで送るから」。徹朗が電話を終えると、もうマミの姿はなかった。

 翌日ゆらは凛を連れた可奈子に出会った。「ウチの母ったら、おかしいのよ。小柳とゆら先生が親しそうだとか言っちゃって」。ゆらは何も言い返さない。「近いうちに凛は私と暮らすことになると思うので、それまでよろしく」。

 後からゆらがマンションを訪ねると、仕事に出かけた徹朗の代わりに、義朗(大杉漣)の姿があった。「弁護士さんのことで、お世話になりまして」。義朗のもとにも調査官がいくことになっていた。「でも凛のこと、何もわからなくてね」。義朗が困惑げにもらした。「きっとすぐ仲良くなれます」。ゆらに促されて義朗は子供部屋にむかった。「凛、先生がおみえになったぞ」「はい」。凛がうれしそうに出てきた。

 審判初日がきた。徹朗側の弁護士可奈子が凛をおいて家を出たことを厳しく追及した。「私はまず離婚をしたいと思いました。小柳は子供を愛してなかったから、親権の肩書がほしいだけで、養育は私にさせてくれると思ったんです」。可奈子が一気に心情を明らかにすると、徹朗は思わず叫んでいた。「可奈子、俺、ホントに変わったんだ。凛に聞いてみてくれ」。可奈子は感情を殺して答えた。「凛は、あなたの話、何もしなかったわ」。

 可奈子側の弁護士は離婚の原因が徹朗にあることをついてきた。「たしかにあの頃の私は仕事第一で、父親として失格だったと思います」。さらに原口はマミとの一夜をもちだした。「3年前に浮気をしましたね」「そ、そんなたった1回です」。徹朗の発言はしっかり記録された。 「あなたは子供を捨てたんです」。神田は追及の手をゆるめなかった。「でも後悔しているんです。もう二度としません。だから凛の母親でいさせてください。他に何もいりませんから」。可奈子は泣きくずれた。徹朗は胸が苦しくなった。可奈子の痛みは徹朗自身の痛みでもあったから。

 数日後、弁護士の事務所を訪ねた徹朗は一通の手紙を手渡された。義朗が届けてきたという。「上申書のようなものです。家庭裁判所に提出するつもりですが、読まれますか?」「はい」。徹朗は食い入るように文面 を読みはじめた──。

 義朗は自分が仕事第一で家庭を顧みてこなかったことを告白していた。子供の接し方がわからず、その結果 として徹朗も似た父親になってしまったことも。「でも徹朗はやっと凛の愛し方を見つけたようです。過去の過ちはすべて私の責任です。ですからどうか今の幸せを壊さないで下さい」。徹朗の中にこみあげてくるものがあった。 「ありがとう、手紙」「あんなものが役立つかどうか、知らないが」。義朗は徹朗にたずねた。「お母さんは幸せだったと思うか?」。徹朗は今なら理解できた。一生懸命に働くことが親父なりの家族の愛し方だったことを。徹朗は義朗の肩をもみながら、さりげなくつぶやいた。「おふくろ、幸せだったんじゃない?」。義朗は穏やかな笑みを浮かべた。

 徹朗は父親との和解をゆらに伝えた。「次の審判、どうなるんだろ?」。不安で今夜も眠れないかもしれない。「おつきあいしますよ」。携帯電話から聞こえてくるゆらの優しい声に、いつしか徹朗は寝息を立てていた。


「#11 サヨナラ凛」

徹朗(草なぎ 剛)が洋食屋で働いている間、義朗(大杉 漣)が家事を手伝ってくれることになった。徹朗は帰宅が遅くなって、凛(美山加恋)の寝顔しか見れなくとも満ち足りていた。だから凛の担任の石田(浅野和之)にも家庭裁判所で審判を進めていることを打ち明けた。「教師として子供に本気で接することの意味を改めて考えるようになりました」。石田も凛と真剣に向きあうことによって、自らの生き方を変えたのだ。

 美奈子(長山藍子)は家庭裁判所の調査官から徹朗と凛の暮らしぶりをたずねられた。「父親として一生懸命やってくれてますが、正直いたらないところもあると思います」。迷った挙げ句にそう答えた。そしていま一度可奈子(りょう)の気持ちを確かめずにはいられなかった。「これからは何があっても凛ちゃんのことを一番に考えてね」「約束する」。可奈子はきっぱりと言いきった。

 美奈子の陳述書は次の審判に提出された。「作れる料理はわずかですね。母親なら今すぐ栄養のバランスのとれた料理を作ることができます」。可奈子側の弁護士に厳しく追及された徹朗は黙りこんだ。「美奈子さんは可奈子さんの実母で、信用性に欠けます」。すかさず徹朗側の弁護士は次回に美奈子への反対尋問を要請した。「本当に凛のために銀行を辞めたのね」。可奈子は宮林(東 幹久)から徹朗の退職のいきさつを教えられて驚いた。宮林も審判を打ち明けられてショックを受けた。と同時に可奈子の不安を見抜いた。「凛ちゃんが小柳をドンドン好きになるのが怖いんだろ?」。可奈子は何も言い返せなかった。

 ゆら(小雪)が凛の願い事を徹朗に伝えてくれた。「一度でいいから、お父さんとお母さんと3人で遊園地に行きたいって」。徹朗は戸惑った。「どうしたらいい?」「小柳さんが思ったとおりでいいんじゃないですか」。ゆらの一言で徹朗は確信した。

 次の休日、徹朗と凛は遊園地にむかった。「おはよう」。可奈子が待っていた。凛は2人と手をつなぐと元気よく引っ張っていった。たくさんの乗り物にのった。可奈子は徹朗と凛の仲の良さに内心ショックを受けていた。だから実家に帰るなり、育児日記と写真アルバムを引っ張りだした。凛が生まれた日から家を出るまでの7年間、1日も途切れることなくつけてきたものだ。「凛との思い出、終わらせたくない」。日記を抱きしめる娘の背中を美奈子はじっと見つめた。

  可奈子は日記とアルバムを家庭裁判所に提出した。「これはなかなか強力かもしれません」。弁護士から知らされた徹朗は後悔の念にかられた。凛が生まれた当初は、可奈子からよく凛の話を聞いた。しかし仕事が忙しくなるにつれ、徹朗は可奈子の話に耳を傾けなくなった。夫婦げんかが続き、やがて可奈子は何も言わなくなった。凛の歩みを徹朗はまったく知らなかった。「どうしてもっと早く、大切なものに気づかなかったんだろう」。声を震わせて悔いる徹朗をゆらは諭すように慰めた。「いいじゃないですか。やっと気づけたんだから」。

 美奈子の反対尋問が始まった。可奈子側の弁護士は徹朗では凛の世話を十分にみることができなかった実例を並べたてた。「つまり小柳さんは、父親失格ということですね」。美奈子はじっと黙っていたが、しばらくすると吹っ切れたように口を開いた。「いえ、徹朗さんは立派な父親です」。予想外の証言に可奈子はおろか、徹朗も自分の耳を疑った。美奈子の決定的な一言で、徹朗側の神田は反対尋問を見送った。「決定は追ってお知らせします」。審判官が締めくくった。

 可奈子は美奈子につめ寄った。「どうして私の味方になってくれなかったの!」「本当のことを言っただけよ」。美奈子にはわかっていた。凛は可奈子と暮らしても、徹朗と暮らしても幸せであることが。徹朗は審判が終わったことをゆらに伝えた。「後は結果を待つだけだから」。

 徹朗は洋食屋の厨房で野菜を刻んでいた。最初は皿洗いしかさせてもらえなかったが、徹朗の真面目な働きぶりに、コックの斉藤(松重 豊)は少しずつ調理の仕事を任せてくれるようになっていた。「こんにちは」。マミ(山口紗弥加)が岸本(要 潤)と連れ立って現れた。「えっ、2人、そうなの?」。どうやらつきあいだしたらしい。その時、徹朗の携帯電話が鳴った。神田弁護士からだ。「審判の結果が届きました」。徹朗は息をのんだ。

 親権は可奈子に変更された。仕事を終えた徹朗が帰宅すると、すでに可奈子が凛を迎えに来ていた。「何もこんな急に」「一緒に暮らすのは早い方がいいと思うの。凛にはちゃんと説明して、わかってくれたから」。可奈子は凛を促した。「お父さんに挨拶して」。凛は徹朗を見つめた。「お父さん、さようなら」。徹朗は何も言えないまま、凛は可奈子と出ていった。

 ゆらが訪ねてきた。「こんにちは」。返事がない。子供部屋をのぞくと徹朗がぼう然とベッドにもたれていた。事情を察したゆらは徹朗の横にすわると、徹朗の髪を優しくなでた。ゆらの目から涙があふれた。

 凛が出ていった・・・。


「#12 絆」

凛(美山加恋)を連れ帰ってきた可奈子(りょう)に対して、母親の美奈子(長山藍子)は辛らつだった。「こんなふうに父親と引き離すなんて」。けれど可奈子はきっぱり言い切った。「親権者は私なの」。

 一方、徹朗(草なぎ 剛)はショックで何も手につかない。職場の洋食屋ではミスばかり。「仕事にならないなら帰れ」。せっかく目をかけてくれていたコックの斉藤(松重 豊)から怒鳴られる始末。ゆら(小雪)にもグチをこぼした。「凛を取られるとわかっていたら、銀行を辞めなかったのに」。珍しくゆらが声を荒らげた。「それは言い訳です。親権者でなくても凛ちゃんのお父さんでしょ。頭、冷やしてください!」。そこまで言われても今の徹朗には言い返す気力すらなかった。

 やっとの思いで勝ち取った娘との暮らし。しかし可奈子も一時の喜びは消えていた。「お父さんに会いたい?」「ううん、会いたくない」。凛は屈託なくそう答えてくれたが、父親を慕う気持ちはしぜんと伝わってきた。このまま神戸に行ってしまっていいものか。可奈子の心は大きく揺れていた。

 「昨日はごめん」。徹朗はゆらにわびると同時に、迷っている胸中を打ち明けた。「どうしよう、不服申し立て」「もっと大事なことがあるんじゃないですか?」。ゆらの一言で徹朗は決心した。そして心配してくれていた義朗(大杉 漣)に不服申し立てはしないと伝えた。「そうか。お前がそう決めたなら」。義朗は納得してくれた。「凛、親父に遊んでもらって楽しかったって」「楽しかったのは俺のほうだ」。義朗は微笑んで帰っていった。

 可奈子が凛の荷物を引き取りにきた。「話があるんだ」。荷造りが終わると徹朗はきりだした。「これからも凛の父親でいさせてほしい。離れていても父親に愛されていることを伝え続けさせてほしい」。可奈子もせきを切ったように話した。「凛にとって誰と暮らすかは重要だわ。でも離れて暮らす親と、これからどうなるのかもすごく重要だって気づいたわ」。夫婦としての修復はもう無理だ。けれど可奈子にはもう彼が依然の徹朗ではないとわかった。「あなたは凛の立派な父親よ」「凛は可奈子のことが好きだ」。可奈子は泣いた。
「二度と手放さないんだろ?」「はい」。気づけば2人は微笑みあっていた。

 徹朗が可奈子との話し合いを神田弁護士(福本伸一)の事務所に伝えに行くと、勝亦(大森南朋)と出くわした。「お世話になりました」「俺は何も」。勝亦はゆらにフラれた原因が徹朗だったことを知っていた。だから徹朗から「今度、店に食べに来てください」と誘われて、とっさに「いやです」と口走ってしまった。「意味ないですから」。あわてて笑顔になった勝亦を徹朗は不思議そうに見つめた。

 岸本(要 潤)の送別会に徹朗は呼ばれた。顔ぶれはいつもの宮林(東 幹久)とマミ(山口紗弥加)。「別れるの?」「いえ」。遠距離恋愛になっても岸本とマミの絆はしっかりしているようだ。徹朗は宮林との帰り道、凛が可奈子と暮らすことになったと告げた。「俺は洋食屋の仕事を続けます」。徹朗の作ったグラッセを野菜嫌いの少女がおいしいと言ってくれた。うれしくもあり、自信にもつながった。「うらやましいよ」。そうつぶやいた宮林もどこかしらふっ切れた笑顔をのぞかせた。それぞれに新しい生活が目前に迫っていた。

 小学校でお別れの音楽会を終えた凛がマンションにやって来た。「お父さん!」。凛自身が引っ越し前日を徹朗とすごしたいと願ったのだ。「お父さん、凛に手紙を書くから、凛も手紙を書いてほしいんだ」。徹朗は宛て名書きを教えた。そして大山凛という新しい名前も。「離れてても、お父さんは凛のことが大好きだからな」「はい」。チャイムが鳴った。ゆらだ。

 3人の笑い声がリビングに響いた。楽しい時間はアッという間にすぎた。「じゃあ、凛ちゃん、元気でね」「はい。ゆら先生、約束忘れないでね」。これからもゆらは凛の先生でいるとこっそり指切りしたのだ。その夜、徹朗は凛と同じベッドで寝た。「どうして凛は凛っていうの?」「りりしい子に育ってくれますようにって」。願いがかなったことを徹朗は感謝していた。

 翌朝、2人はいつもの土手を歩いた。徹朗の脳裏に凛とすごした日々がよみがえった。新幹線のホーム。可奈子が待っていた。「バイバイ」。別れは呆気なかった。新幹線はまたたく間に小さくなった。帰り道、徹朗はゆらに会った。「昨日はありがとう」「凛ちゃん、そろそろ神戸ですね」。それだけで十分だった。「じゃあ」「じゃあ」。凛がいなくなっても2人にも明日はくる──。

 半年がすぎた。凛から届いたたくさんの手紙は徹朗の宝物だ。凛は新しい学校にもなじんでくれた。どうやら気になる男の子もできたらしい。徹朗も成長した。料理の腕前はめっきり上達した。そして今日は職場の洋食屋を徹朗の貸し切りにしてもらった。「ちゃんとやれよ」。コックの斉藤が帰ると、店内に残ったのは徹朗1人きり。「お父さん!」。可奈子に連れられて凛がやって来た。「明日、迎えにくるから」。可奈子は帰ったのにテーブルのセッティングは3人分。「誰か来るの?」「お父さんの大好きな人を呼んだんだ」。

 大好きな人が現れた。「今日はお招きありがとうございます」。もちろんゆらだ。メニューは徹朗の作ったオムライス。「おいしい!」。ゆらが徹朗に聞いた。「覚えてますか?大切なものを見つけたかって、私に聞いたことあるでしょ。見つかりました、大切なもの」。・・・徹朗は胸の中でそっとつぶやいた。

 娘が笑っている。彼女が笑っている。ただそれだけで俺は幸せだ、と。



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