こころのしずく

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るろうに剣心 8~




るろうに剣心小説(短編)目次


「こころのしずく」(当サイト)三周年御礼リクエスト小説。明治十一年晩秋。もうすぐ結婚する薫に弥彦は……。
(薫×弥彦 ほのぼの)

『一輪の花』(るろうに剣心 8)

「弥彦、胴着がずれてるわよ」
 少しかがんで、弥彦の襟を合わせる薫。
 それは稽古中の、何気ない出来事。

 河原の土手に寝ころぶのは、少年二人。
「お前、さっき顔真っ赤だったぞ」
 秋の空に、ボソリとつぶやく由太郎と。
「暑かっただけだ」
 少し冷えた風に吹かれて、同じくボソリと答える弥彦。

 左之助が日本を去り。
 剣心と薫は婚約し。
 もうじき冬になる。

「学校の友達がさ、姉ちゃんが結婚するんだって、泣いてた」
「ふぅん……」
「お前は、自分が出ていかなくちゃならないから、もっと辛いよな……」
「……別に」

 弥彦は、ぱらぱらと葉を散らす木の枝をながめた。
 あの葉が全部落ちる頃、道場を出るのだと決めていた。

 剣心と薫は、冬になったら結婚する。

「お前薫さんのこと好きなんじゃないの?」
 ふいに由太郎の口から、そんな言葉が漏れた。

 弥彦は静かに起きあがり。
「そんなわけない」
 と、乾いた声で答えた。

「そんなわけ、ない」
 もう一度、繰り返し。
「だって俺は二人の仲をずっと応援してた。やっと結婚するんだ。嬉しいと思ってる。ちゃんと嬉しいと思ってるんだ……」
 なんだか独り言のように、つぶやいた。

「俺は、なんかさみしいな……」
 由太郎は、空を見上げたまま。
「だって俺、薫さんのこと好きだったんだもん」
 弥彦は思わず振り返る。
「初恋、だったんだ」

 そう、懐かしそうに、笑った。

「弥彦は?」



 原っぱの中を独り、弥彦は歩く。
「こんな季節に、花なんか咲いてんのかなぁ……」
 小さくつぶやいた声は、ただ広いだけの、さみしい草むらに消えていく。

『西洋ではさ、好きな人に花を贈るんだよ。女の人は、誰だってそれで喜ぶんだ』

「そんなんじゃねぇけど……薫には世話になったしな……」
 そこにいない由太郎に、言い訳するように答え、花をさがした。

 枯れ草ばかりの中を、いつの間にか夢中になって歩いていた。
 ふと顔をあげれば、橙色の光が降り注ぐ。
 もうじき陽が沈む。

 なんだかわけもなく泣きたくなった。
 その時――

 小川の岸に、咲いていた。
 それは小さな、たった一輪だけの、水色の花。
 弥彦の、着物の色に、良く似ていた。

 そっと手を伸ばした。
 摘もうとして。
 小さな手は止まった。

 もうすぐ陽が沈む。
 摘んだら花はきっとしおれる。
 もう元には戻らないかもしれない。

 躊躇した。
 けれど弥彦は、花を摘んだ。
 薫の喜ぶ顔が浮かんだから。


 夕暮れの帰り道。
 ぼんやり考えた。
 薫のことを、考えた。

 薫が笑うと嬉しい。
 薫が泣いたらなぐさめてあげたい。
 薫のそばにいると心地よい。

 薫を、好きか嫌いかと、聞かれたら。
 自分の心になら、迷わず答えるだろう。
 好きに決まってる、と。


 だけどそれは、どういう”好き”なのかなぁ。
 母上みたいに思ってんのかなぁ。
 姉ちゃんみたいに思ってんのかなぁ。

 それとも由太郎の言うように、特別な”好き”なのかなぁ。

 そうだったらどうしよう。
 あの二人が上手くいったのを、心から喜んでいるのは本当なのに。


「こんな花……」
 手から力が抜けかけたけれど。
 思い直し、掴んだ花を離さなかった。


「弥彦、今日は一緒に寝ようか」
 その夜、風呂から上がった薫は、にっこり笑った。
「なっ、なんだよ急に……」
 弥彦は内心、ドキッとしたが、平静を装った。
「弥彦。薫殿はさみしいのでござるよ。お主がもうじき、ここを出る故……」
 剣心は、お茶をすすりながら、微笑した。
「……今日だけだからな」
 弥彦は、手にしていた花を後ろ手に隠したまま、ぶすっと答えた。

 風呂をすませ、薫の部屋へ入った。
 布団が二つ敷かれ、奥に薫が横たわっている。
 少し前までは、当たり前の光景だった。

 布団に入ると、となりから薫の、湯上がりの匂いがした。
 なんだか落ち着かない。
 由太郎が変なことを言ったせいだ。

 つい、薫に背を向けた。
 しばらく、沈黙が続いた。
 破ったのは、薫だった。


「弥彦……こっちおいで」
 振り向くと、薫は布団をあげて、笑っていた。

「お前なぁ……。由太郎みたいなのもいるんだぞ」
 薫は、きょとんとした顔をした。
「だから! 子供だと思ってそうやってなぁ……!」
「いいから、おいで」

 薫の純粋な笑顔に、引きずられるように。
 弥彦は薫の布団に入った。
 薫は弥彦を、そっと抱きしめた。

 あたたかくて。
 ほっとして。
 それなのに、胸がとくんとした。

「お嫁に行くとき……家を出るときにはね、たいてい、弟が泣くの」
 弥彦は思わず、体を固くした。
「だけどまさか、弥彦が出ていくことになるなんてね。だから、逆だね。その日はきっと、私が泣くんだろうね……。追い出す形になってしまって……ごめんね……」
「追い出されるなんて思ってねぇよ。自分で出ていくって、言ったろ?」

 後悔、しかけた。
 出ていくと、言ったこと。
 ここにいたいと、言えば良かった。

 自分は子供だと認められたなら。
 泣いてすがれたなら。
 きっと今まで通り薫のそばにいられるだろう。

 けれどもその思いは、すぐに打ち消される。
 二人の幸せのためには、そうあるべきじゃない。

「だから……出ていくときも泣くな……。これ、やるから……」
 弥彦は、懐から、摘んできた花を出した。
 けれど、予想したとおり、花はしおれてた。

 あの場所に咲いていれば、元気だったのに。
 無理矢理、離してしまったから。

 だけど、それでも薫が笑ってくれるなら――


 薫が初恋だったのだと、由太郎は笑った。

『弥彦は?』

 俺は――

「ありがとう。弥彦……」

 由太郎俺は――

「ありがとうね。弥彦……」

 薫が笑ってくれたら、すごい嬉しいよ。
 ほら、今みたいに。涙ぐんではいるけれど。

 だけど由太郎。俺、悔しいけど、まだ子供だから。
 これが恋なのかどうかなんて、わかんねぇ。
 考えたけど、全然、わかんねぇんだ。

 ただ、一つだけ確かなことがあるなら。言えることがあるなら。

 薫が、大好きだ。


 咲くべき場所から離れていった花がしおれるように。
 ここを離れていく弥彦もまた、そうなるのかもしれない。
 それでも花も、弥彦も、薫を笑わせることは出来た。

「花瓶に、生けようね。そうしたらお花も元気になるから」
 弥彦はハッとした。そっか。それだけで、花は元気になれるのか。
 いいな。花は……。

「花瓶、持ってきてやる」
「待って弥彦」
「分かってるって。ちゃんと水も入れてくるから――」

 弥彦は薫に、ぎゅっと抱きしめられていた。

「毎日、弥彦のご飯も作るから……。あなたが、元気でいられるように……」


 薫は、泣いていた。
 かすかな震えが伝わってきたから、そうだと分かった。
 優しい、薫。


 だけど、そっか。それなら、しおれたりしない。
 元気に、なれる。

「薫……」

 言いたかった。
 けど、言えなかった。
 由太郎みたいに、笑ってありがとうなんて、言えなかった。

 それでも、どうにかしてこの気持ちを伝えたくて。



 橋の上で出会ったあの日から始まった。
 喧嘩ばかりだった稽古の日々。
 守り守られた戦いの日々。

 ブスと言って怒らせたり。 
 可愛がられる由太郎に嫉妬したり。

 珈琲飲んだことある? と、からかわれたり。
 無茶ばかりして、と、怒られたり。
 無事で良かった、と、抱きしめられたり。 

 薫が死んだと、橋の上で泣いたり。
 薫を見つけるのだと、荒川の河口を走り回ったり。
 薫を助けるのだと、傷だらけの体で戦いに赴いたり。

 いつだって薫を守ろうと、必死だった。

 ひとつ、ひとつ。思い出が、浮かんでは、消えて。



 ぎゅっと薫に抱き付いたら。
 いろんな想いがあふれて。
 涙が出た。


 それで、たくさんのことが分かった。
 薫のこと、母上みたいに思っていて。姉ちゃんみたいに思っていて。
 そしてきっと、恋をしていたんだってこと。

 だけど、どうもしなくていいんだ。
 だって二人の幸せを願う気持ちは本当だから。
 この恋はずっと、心に秘めて。

 時が経って、大人になったら、笑って由太郎にでも話そうか。



 難しいことを考えてはいても、まだまだ子供。
 子守唄に誘われ、すうすうと寝息をたてる弥彦は。
 薫の腕の中にすっぽりおさまる、小さな身体で。

 薫の着物を、ぎゅっとつかんで離さなかった。
 その頬を伝い落ちる涙を、薫は優しくぬぐってやった。



 一輪の花は、薫の手に、あたたかく包まれていた。



☆あとがき☆
 リクエスト内容「薫、弥彦・CP(薫×弥)・ほのぼの・初恋、もしくは恋なのか家族愛なのか分からずとまどう弥彦(概略)」で頂きました。
 実は初め簡単そうなリクエスト内容だと思っていたのですが、大間違いでした^^; まず、リクエスト者様にはそれほど深い意味はなかったと思われるのですが、弥彦×薫ではなく、薫×弥彦という…薫が攻めで弥彦が受けという…これがとても…。管理人、あんまりCPの定義がよく分かっていないのかもです^^; でも、なんとかどうにか形になったのでは…と思います。もう一つには、どうも弥彦がからむとシリアス傾向になってしまう癖があるようで…一度書き直してます^^;
 薫の、弥彦を弟みたいに可愛がる様子と、弥彦の、薫への愛情がたっぷり書けて、楽しかったです♪ 弥彦がとまどう…というリクエストも、すごくツボでした! 家族のような、姉弟のような、少しだけ特別な存在の二人に、少しでもほほえましく感じていただけたなら、幸いです。
「こころのしずく」三周年ありがとうございました。
この物語を、美桜様へ捧げます。

☆リクエスト時に頂いたコメントのお返事☆
美桜様へ。
 小説お待たせ致しました。
 三周年にお祝いのお言葉ありがとうございますo(*^▽^*)o~♪  小説楽しみにしてくださって、とてもうれしいです(*^_^*) 励みになります(*^_^*)
 美桜様の正にプロな背景画も、いつもほれぼれと拝見させて頂いています☆ これからも応援していますv
 この度は本当にありがとうございました!



『一輪の花』(るろうに剣心 8)の原型、シリアス小説。弥彦の、ただ一つだけの強い願いとは……。
(薫×弥彦 シリアス)

『一つの願い』(るろうに剣心 9)

 初めておかしいと感じたのは、由太郎が道場に来た時だったろうか。

 由太郎は薫を、薫さん、と呼ぶ。笑って、ありがとう、と言う。俺にはできない。薫はとてもうれしそうだ。由太くん、と、親しみをこめて呼ぶ。優しくて、あたたかい笑顔を、由太郎に向ける。俺は、そんな風にされたことがない。由太郎は、予定であっても神谷道場の二番弟子として、薫にとても大切に思われていた。別に、いいけど……。そう思いつつ、心の中がもやもやした。今思えば、俺由太郎に嫉妬したんだ。

 だから由太郎が独逸に行くって決まった時、すごくさみしかったけど、同じくらいほっとしたんだ。これで、少なくとも稽古の時はまた、今まで通り。薫のそばにいるのは俺だけになる。

 でも本当は知っていた。薫は、俺なんか見ていない。薫の心が追いかける先は、いつだって剣心だ。なぁ薫。俺だって剣心は大好きだよ。だけど――

 この頃から、俺は薫に、一つの願いを持った。

 俺は必死だった。大人に近づこうと酒を呑んでみたりと、今思うとバカなこともしたけれど。懸命に稽古して、強くなろうと務めた。技ができるようになる度、薫は認めてくれたから。俺は由太郎みたいに笑ってありがとうなんて言えないから。それくらいしか方法がなかったんだ。

 薫が剣心を好きだと思う気持ちは特別で。それを恋と呼ぶのだと覚えたのも、確かその頃だった。それなら二人が上手くいけばいいなと思った。本心だった。

 それでも願いは、強く強くなっていった。


 剣心が京都へ行ってしまった。薫は置いていかれたと、独りになってしまったと、ふさぎ込んだ。薫。俺がお前を連れて、きっと剣心に会わせてやるよ。そう誓った。
 俺はあの時、本当に頑張ったと思う。剣心に置いていかれて俺だってさみしかった。その気持ちに必死で耐えて。薫を説得して京都へと旅立った。

 ゆらゆら海に浮かぶ船。気持ちが悪くて何度も吐いた。こんなハズじゃなかった。京都に着くまで、落ち込む薫を俺が励ますつもりだったのに。俺が薫を笑顔にしてあげたかったのに。なのに俺は船酔いするだけのただの子供で。今まで何をうぬぼれていたんだろう。悔しい。情けない。

 吐き気が少し落ち着いた時を見計らって、俺は甲板に出た。薫はやっぱり、そこにいた。海の向こうを見ていた。ずっとずっと見ていた。見つめる先は知っている。京都。剣心。俺はそっとそばに立ったけれど、薫は海を見たままだった。
 もう少し近づけば、薫は俺に気付くだろう。そうして、大丈夫なのと、いたわってくれるだろう。だけど薫。違うんだ。そういうことじゃないんだ。だってお前は、また海の向こうを見るんだろう?
 なぁ薫。俺は気付いて欲しいんだ。俺がいるんだって、気付いて欲しいんだ。ただ、それだけなんだ。それだけが、たった一つの、俺の願いなのに。薫は今も、孤独な顔をする。

 何日も、吐き続けた。そのせいか、熱が出た。ゆらゆら揺れる。船が揺れてるんだか自分が揺れてるんだか分からない。涙が出るのは、本当に吐いた勢いなのだろうか。かすむ視界にぼんやり映った薫は、やっぱり切なそうだった。

 薫。お前が剣心を好きなことは知ってる。剣心と薫が上手くいけばいいと、心から願ってる。だけど俺のことも、少しでいいから見て欲しいんだ。そばにいるんだって、気付いて欲しいんだ。

 俺の存在を認めてもらいたかった。ほんの少しでいいから、薫にとって特別な存在でありたかった。俺は薫に、家族を求めていたのだろうか。それとも、人はそれを恋と呼ぶのだろうか。


「薫」
 俺は、気持ちが悪いことやだるいことや、ふらふらすることや、いろんなことを我慢して呼びかけた。
「大丈夫だ。剣心は、必ず俺が見つけてやる」

 あの時俺は、そう言った。心からの言葉なのに、苦しかった。だって俺は、剣心のことしか見ない薫がすごく辛かったのだから。ますます俺から遠ざける言葉を言うのは辛かったんだ。だけど薫に元気になって欲しくて。笑顔になって欲しくて。俺は辛くてもかまわないから――

 薫は俺を見て、おどろいたような、困惑したような、考え込むような、そんな表情をした。何かまずいこと言ったかな。剣心のこと言わないほうがよかったかな。ぼうっとする頭でぼんやり考えていたら、やがて薫は優しく微笑み、言ったんだ。

「いつも、そばにいてくれたんだね。弥彦」

 俺は、初め何を言われたのか分からなくて、ただぼうっと薫を見つめてた。それからやっと言葉の意味が分かると、俺は持っていた桶の中に顔をうずめた。顔が熱い。目がうるむ。
 柔らかい香りがしたかと思うと、薫は俺の背中に優しく腕をまわした。そっと顔を上げると、薫の胸がすぐそばにあった。薫はそのまま、俺をひきよせて、抱いてくれた。

 ゆらゆら、ゆらゆら揺れる船。ふらふら、ふらふらする体。ぼんやり、ぼんやりする視界。そんな中で。あたたかい薫の胸の中で。

 俺の願いは、ようやく叶い。
 うれしくて、だけど実感がわかなくて。
 それを求めるように、薫にぎゅっと抱き付いた。



 それが恋だったのか、それとも家族の実感がほしかったのか。
 十歳だった俺は、結局最後まで分からなかった。



 数年経った今では、一生を共にしたいと思う女がいる。それでも、遠い昔から笑顔で手を振る薫はまぶしいまま――

 今なら分かる。


 恋だった。
 十歳だった俺の、そう――

 確かに、確かに、初恋だったんだ。



☆あとがき☆
リクエスト小説『一輪の花』の原型、シリアス版です。初めこの小説を書いたのですが、リクエスト内容 傾向「ほのぼの」とずれてしまったため、捧げものとしてはボツになりました。けれど、これはこれできちんと書いたものなので、アップさせて頂きました。
内容について。弥彦が薫に恋をしていたのかどうかは、実際原作の弥彦くんに聞いてみないと分からないのですが、そうであってもおかしくないと思う描写は出てきますよね。そして、どちらにしても、弥彦が剣心と薫の恋を応援していたのは確かだと思っています。ですから、もしも弥彦に薫への恋心があったなら、子供ながらに複雑なはず……。しかもそれが、リクエスト内容であった「恋なのか家族愛なのか分からない」となると、なおさらですよね。そんなとまどいを、可愛らしくほのぼのと書くはずだったのですが、どうやらこの小説の弥彦は、『一輪の花』より、さみしいような切ないような心を持ってしまったようで……。ただ管理人は、人を想って心を痛めることのできる弥彦が、好きだったりします。






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