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出生当日のドキュメント


その時は前触れ無くやってきました。

10時頃、お手洗いから戻ってきた妻が一言、
『お腹が痛いんだけど・・・』
休ませようと横にさせた途端、激痛に襲われるようになりました。
かかりつけの病院に連絡をしたところ「すぐに外来に受診してほしい」との指示があり、タクシーを呼ぼうとしたら
『動けない・・・』

切迫した状況に救急車を手配した私・・・。

かかりつけ医からは「既に赤ちゃんが下がってきている。破水まで時間の問題だ」と告げられ、焦りもピークに。
「22週だとうちではカバーできないので、高度設備をもつ病院へ移送しましょう」という事になり、驚くべきサポートチームがあっという間に結集されました。

まず、かかりつけの産科医師・助産士とこの病院の小児科医、市内の医療センターのNICU担当部長・産科医師・小児科医、そして市の消防から救命救急士3人・・・。
そうそうたる顔ぶれに家族の私が圧倒されましたが、安心感で涙が出てきました。

陣痛抑制剤の点滴を受けながら、高度な医療チームにサポートを受け、救急車で25分、隣の市の市立病院へ到着。
すぐに手術室に入って緊急帝王切開を施され、
午後2時前、我が子は生を受けました。
わずか500グラムの女の子。
たったの22週しか育っていない超未熟児ですが、NICUに運ばれる最中、私の前に現れた我が子は小さな体を一生懸命動かし、「生きようとするチカラ」を見せてくれました。

処置を終えた妻と病室へ行き妻の労をねぎらいつつ、
NICUで戦っている我が子が気になって仕方がない・・・。

3時間後、ようやく面会が許され生まれて初めてNICUに入りました。

掴むだけで潰れてしまいそうな小さな手足を振り回すほど、元気一杯・・・話しかけると、言葉が判るかのように反応してくれる姿に、涙が溢れて止まりませんでした。

たったの500グラム。
でも、生きている。
言うなれば「吹けば消えてしまうローソク」のような弱々しい姿をしていても、「生きたい」という強い主張をする我が子。

『がんばろうね、元気になっておうちに帰ろうね』
としか言えない私は、この大きな現実の前にあまりに無力。

昨日まではお腹の中に居て、破らんばかりに元気に蹴っていた胎児は、予定より90日も早く出てしまいました。


妊娠22週で生まれた新生児が、生存できる確率は相当低いと聞きます。
週数から考えるとはるかに落ち着いている、と医師は評してくれましたが、決して予断は許さない状況には変わりは無く、ここ72時間がヤマ場なんだそうです。
ここを乗り越えて行ったとしても、障害が残る可能性も大きい・・・。

楽観は出来ませんが、悲観もしていません。
せっかく受けて生まれた命、我が子の「生命力」を信じて、そして全力を誓ってくれたNICUの先生方の力を信じて。

かかりつけの病院の先生・助産師・看護師のみなさん、
医療センターNICUの部長先生はじめ先生方、
とりあげて下さった市立病院の先生・助産師のみなさん、
市消防の救命救急士のみなさん・・・
皆さんの的確な連係プレーを決して忘れません。
本当にありがとうございました。


・・・以上、私の2003年10月28日の日記より。


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