すい工房 -ブログー

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小説「クチナシの庭」 (8ページ目)22~23


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 文化祭は、我が2年C組は、割り箸で作った東京タワーを作品として展示するので、前日の準備などに、時間をさかれずにすんだ。

 屋台や喫茶店などの校内販売や、劇や見世物の発表部類を披露するクラブや各々のクラスは、体育祭終了後、走り回っていたけれど、

 圭介のクラスも展示物を披露するだけ。
 陸上部も、部として文化祭に参加しないので、私も圭介も、校内を回る時間に気をとられることもなかった。

 前日の打ち合わせどおり、並んで校内を歩いていると、それだけで人の目をひいた。
 正確に言えば、圭介を見て、その隣にいる私の存在に驚いていた。

「付き合ってるの?」
 などとの小声が、時折耳に届いた。
 見知らぬ人の、側にいた人との会話なので、それはほおって置いた。

 時々、圭介の知人やクラスメイト、部活動の先輩、後輩が、私を見て「彼女か?」と聞いてきた。
 圭介は、にやりと笑って私の肩に腕を回すけど、私は「なにバカ言ってんの」とその手を軽く叩いて、あしらう。
 思わせぶりな行動をとりながら、圭介は否定しない。

 冗談の延長なのは、からかい紛いの笑みで判断できた。

 おおむね、思惑どおりにコトが運んでいる。
 二日目も、私と圭介は行動を共にした。

 体育祭の立役者の噂だけあって、圭介と私は微妙な関係として校内に広まっていた。

 カエや由里子、知恵でさえ、真剣な面差しで「どうなの」と聞いてきたほどだ。
 事情を話すと、三人は納得した。
 特にカエは、幼少の頃から私と圭介の仲を知っているので、今さら付き合いだしたのかと心配していたから、安心も大きかったらしい。

 これまでの私と圭介の関わりを考えたら、わかりそうなものなのに。
「だって圭君、冗談だかホントなんだかわからない素振りするからさぁ」
 それは誰もが不満を漏らすところだ。
 冗談なら冗談らしく、わかりやすい態度をとってほしい。……と。

 圭介の場合、単に自尊心のためだ。
 フリーのときでも、女性の影を匂わせたいらしい。
 バカらしいと思うけど、圭介には大事なことのようだった。

 その点から言えば、私は手ごろな当て馬なのだろう。
 私自身、周囲の噂に興味がなく、圭介とのことをなんと言われようと「勝手に言っていれば」と放置している。
 その点も、圭介には扱いやすいのだ。

 今回はそんな事情なので、昼食をカエと由里子、知恵ととるいがい、ほとんど圭介と一緒に行動した。
 幼い頃から互いを知る仲なので、変な緊張も抱くことはない。

 一通り校内を回ると、さすがに疲れて、空いている視聴覚室で一休みした。
 昼過ぎの日差しは穏やかで、そのままぼんやりしていると、睡魔が忍び寄ってくる。

「寝るなよ」

 と、圭介に頭を小突かれて、目が覚めた。
 どうやら少しの間、眠っていたらしい。

 暇をもてあまし始めたので、とりあえずここでいったん別れて、後に合流しようかということになった。
 圭介には、文化祭終了間際からが危険地帯だったから。

 席をたって、ふと窓の外を見ると、校舎の前庭に、白い花が目に付いた。
 思わずのぞきこんで凝視したけれど、お目当ての花ではなかった。
 肩を落とす私の傍らに来た圭介が「どうした?」と聞いてくる。

「クチナシの花かと、思ったんだけど」
「違うの?」

 私はうなずいた。

「もしかして、まだ探してる? 前から言ってたクチナシが一面に咲いてたって庭」
「うん。……圭介、やっぱり心あたり、ない?」

 圭介は考えたものの、首を横に振った。
 圭介もクチナシの花自体は知らない。
 けれど、私が感銘を受けるほどの白い花が咲き誇る庭があれば、何かしら耳にしているはずだ。

 今まで繰り返したやりとりだから、特に気落ちもしなかった。

「今が咲いてる時期じゃないしね」
「いつ?」
「確か、6月から7月あたり」

 話しながら視聴覚室を出ようとすると、危うく数人のグループにぶつかりそうになった。

「あれ、圭介」
 圭介のクラスメイトだ。
 5人いたけれど、その誰の名前も私は知らない。

 ……いや。
 奥にいた人物に目を留めたとたん、体が強張った。
 橋川も、一緒だった。

 彼は私と圭介を見て、少し驚いたけれど、あとはすぐに無表情に切り替わった。

 ほかの面々が、圭介と私が一緒にいる姿に、にやりと口の端を持ち上げている。

「仲いいなあ。昨日も今日も一緒だったよな」
「まあな。カモフラージュ」
 言って、圭介は私の手を握って持ち上げた。

 その握った手に、軽く唇を押し付けたときには、さすがに私もぎょっとした。
 圭介の友人も、顔を赤くして、詰まっている。

「馬鹿なことしないで」
 平静を装いながら、手を振り切る。

 冗談だとわかると、圭介の友人も安堵したように肩の力を抜いたのが目に見えた。

「それに、誰もタダでやるとは言ってないでしょ」
「なに? 条件?」
「……食券半分……」
「……それ、俺に死ねって言ってるものだぜ? 一月分、昼食代なしって親が言ってんのに」
 優勝の景品を、おばさんも知っている。
 食費が浮いたと喜んでいた。
 育ち盛りの圭介の食費は、半端ではなかったから。

「じゃ、ここで打ち止めにする?」
 そういうと、圭介は「う」っと詰まった。

 最難関は放課後だ。
 それを乗り切らなければ、共に行動した意味がない。

「……年貢取られるのって、こんな気分なんだろうな……」
 あきらめの吐息をついて、圭介は了承した。

 その後も、どこのクラスの出し物がどうだったとか、他愛もない話をしていた。
 橋川も、普通に会話に加わってくる。
 ……そのとき、気づいた。
 何気なく圭介が、私を背にかばっていることに。

 そんな気配りが、圭介は自然と出来てしまう。

「で、結局どうなの?」
 二人の関係について聞かれて、私たちは思わず顔を見あわせた。

「さあ。どうなるかな」
 にやりとわざとらしくわらって、また肩に手を回す。

「馬鹿なこと言わないの」
 呆れの吐息をつきながら、私はその手をふり払った。

 冗談とも本気とも判断のつかないことを言い、におわせる圭介に、全面的に否定する私。

 どっちつかずのはっきりしない返事で、うやむやのうちに切り上げた。

 圭介の友人が離れていく姿を見て、私はほっと息をついた。
 正確には、橋川が側から離れて安堵した。

「冗談だから」
 一応告げると、圭介が「なんのこと」と見下ろしてくる。

「食券。いらないから」
「ああ。……俺も……悪かったな。さっきの」
「何が?」
「手にキス」
「……わかってる。橋川に見せるためでしょ」
 非難を受けたのが、圭介に関してのことだ。
 協力しているのだと、手っ取り早く圭介は橋川に示したのだ。

「普段は素知らぬフリ……してんのにな……」
「昨日は……間が悪かっただけだって。普通はなんともないから」
 だからそう気にしないで。

 そういっても、圭介は浮かない顔をしていた。
 それから圭介と別れて、カエたちとすごし、また終盤になると、圭介の教室でおちあった。

 圭介を呼んでもらうと、クラスの女の子さえ、じとりとした陰湿な眼差しを向けてくる。
 想像以上に、噂は広がっているようだ。



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