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小説「クチナシの庭」 (11ページ目)29~31


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 ときどき見る夢がある。
 幼いころのもので、夢の中で私は五歳前後の年頃だった。

 ……つまり、クチナシの庭に迷いこんだときの夢。

 庭に迷いこんだ私を見て、驚いた顔をする、なぜか男の子の着物を着ている女の子。
 その子をぼんやりと見ている私。
 そうして、顔に影がかかり、見上げると、赤い風船がふわりと落ちてきて――。

 パン。
 ……と、割れる音に驚いて身をすくめ、固く目を閉じる。

 記憶はそこで途切れているけれど、夢の中では続いていた。

 しばらくの間を置いて、おそるおそる、そっと目を開けると、ひらひらと白い紙ふぶきが舞っていた。

 風船の中に閉じ込められていた白い紙片が、割れた風船から舞い落ちていたのだ。
 日を浴びて、ちらちらと、星のように瞬き、ゆらめいている。

 静やかで綺麗なその情景に見入っていると、縁側にいた女の子が側に来ていた。
 差し出された手に気づいて見上げると、満面の笑みを浮かべる。
 その笑顔につられるように、差し出された手をとると、その子は私の手を引いて、家の中へ招いた。

 その子に連れて行かれるまま、家の中を探索したり、スケッチブックに絵を描いたり、折り紙を折ったり。

 それぞれが作った折鶴に、最後の仕上げとして、息を吹き込んで胴の部分を膨らませる。
 二人で顔を見合わせると、タイミングを合わせて、上に向かって投げた。
 鶴はゆらりと空で体を傾かせたあと、すいっと並んで空を舞う。

 私とその子は頭上を軽やかに飛ぶ折鶴を、手を伸ばしてはしゃいでいた――。

 その日はそこで目が覚めた。
 寝起きの、ぼんやりとした頭で頭上を仰ぎ、折鶴の姿を探す。

 しだいに意識がはっきりしてきてから、夢だったのだと気づいた。
 頭をかきながら、軽いため息を落として上半身を起こすと、そのままベットから立ち上がった。
 時計は六時二十五分を指している。
 目覚ましの時間より、五分速く目が覚めた。

 またあの夢かと、自分自身のことながら呆れてしまう。
 クチナシの庭での夢は――正確に言うと、失くした記憶部分――、これまでに何度も夢に見ていた。

 夢で過去の出来事を見る。
 ……なんて場面を、創造物の世界で見たりするけれど、あれは絶対ウソだ。
 すくなくとも、私にはありえない。

 クチナシの庭での、なくした記憶の続きはこれまでに何度も見ていたけれど、見るたびに話が違っている。
 私と縁側にいた女の子は変わりないけれど、内容がそのときどきで違うのだ。
 違うけれど……それが実際起こったことではないと納得はできる。

 今日見た夢のように、折鶴が空を飛ぶなど、現実ではありえないことが、夢のどこかに含まれているから。
 起き抜けだと、そんな非現実も信じてしまう。
 夢の中では不思議とは思えない。寝ぼけていると、そのときの気持ちをひきずっているから、信じてしまう。
 意識がはっきりして、冷静になって夢を振り返って、ようやく夢だとわかるのだ。

 夢の中で過去を思いだせるなら、これほど手軽なことはないのに。

 朝食を食べながらまたため息を落とすと、料理に不満があると勘違いをしたお母さんから「無理して食べなくていいのよ」と皮肉を言われた。
 ついでに「なら、お弁当もいらないわよね。お母さんが作ったものなんんて、おいしくないんでしょう?」と、あらぬ方向に話がいき、朝から丁寧な謝罪をしなければならなくなった。

 夢は、気になったことを見ることが多いらしい。
 しばらく見ていなかった、クチナシの庭の夢を見たのは……最近、気になることがあるからだろう。

 原因はわかっている。
 橋川。彼の存在だ。

 夢は願望の現われという。
 夢に見るほど、あの庭を気にかけているのか。

 季節はすっかり秋めいて、朝晩は薄着では寒いほどになった。
 11月になると、制服も間服(あいふく)から冬服に変わった。

 私と圭介の関係を疑う周囲の目も薄まり、ほぼ以前と同じにおさまったと言っていい。

 ……変わったのは、圭介がうちのクラスに来る回数が減ったということ。
 それは気をつけなければ気づかない変化で、でもやっぱり、気づく人は気づいてしまう。
 私と圭介の噂が急に冷えたのは、それが一番の理由だった。

 圭介はこれまで、何かにつけてはうちのクラスに顔を出していた。
 橋川をはじめ、圭介の友人が多いからだ。
 なのに、急に疎遠になったのは、私と顔をあわせづらいからだろう……。
 との理由が主流だった。

 私が圭介をフッただの、圭介が私をフッただの。
 ありもしない噂を何度も耳にした。
 なぜ根拠も事実もない話がふれまわるのか、噂を耳にするたびに、乾いた笑いがもれてしまう。

 初めは面白がって、おなかを抱えて笑っていたカエも、様々なバージョンにあきれ返るほどだ。

 目立つ行為は避けたいから、注目が薄れて嬉しいけれど、手放しで喜べないしこりが胸にのこる。

 文化祭が終わると、学校の目ぼしい行事も終わったも同然だ。
 11月の初めに、進路希望の用紙が配られた。
 これまでの、軽い意識調査と違い、来年の、さらには受験に向けた考えを伺うものだった。

 夏までの進路希望用紙には、志望学校、志望進路先のどちらかを三つ上げるだけだった。
 それが今回は、具体的な学校名、もしくは短大か、専門学校か、就職か、四大かを問う質問が書かれてる。

 なにより、みんなの目を引いたのが、3年に向けての、進路クラス編成の希望欄だ。
 高久見(たかくみ)高校は、三年になると、就職希望と国立大学希望、私立・専門学校・短大希望でクラス編成がなされる。

 11月になって、進路希望のアンケートが行われた。
 これまで数度、進路に関する意識調査は行われていたけれど、今回のものはこれまでと違っていた。

 就職か、進学か、4大か短大か、国公立か私立か。
 その程度の質問だったアンケートが、具体的な校名や希望企業の名まで書くよう、欄がもうけられていた。

 それは生徒たちの意識を、具体的な進路希望を考えるよう、促す意味もふくめられていた。
 それまでにもう一度、アンケートを行い、最終的に2月に提出される進路希望で決定となる。

 日直だった私は、担任の先生に、用紙を集めて職員室に持ってくるよう言付けられた。
 みんなの提出を待つまでもなく、日直の雑務をこなしているうちに用紙の入った封筒はあつまった。

 クラスに一人残って、日誌を書き、封筒の数が人数分集まっているのを確認していると、教室の隅で、かたん、と物音がきこえた。
 何気なく、音のほうを振り返ると、教室後ろの扉の側に、立ち去る橋川の後姿が見えた。

 彼の席を見ると、かばんが机の横にかかっている。
 かばんをとりに来たけれど、教室に私が――それも一人で――いるから、入ってこなかったのだろう。

 避けられているのに、悲しみより虚しさより、むしろ安堵した。
 橋川とはあの文化祭から、双方距離を置いていた。

 それが……おそらくお互いのためだ。

 橋川が教室から離れる時間を考えて、それからしばらくしてから、人数分そろった封筒と日誌を持って、職員室に向かった。ついでに、数学の教科書を持っていく。

 雑務に追われる担任の柏木先生に、日誌と進路希望用紙の入った封筒を手渡す。
 ついでに、今日の数学でわからなかったところを質問した。
 そうして時間を過ごして、橋川と鉢合わせしないようにした。

 壁掛け時計を見ながらころあいを見計らって、教室へ戻る。
 橋川が帰ったのを願いながら教室へ向かっていると、ふと、教室の声から人の声が聞こえた。

 それが橋川と圭介の声だと気づくと、凍りついたように、足が止まった。

 早鐘を打つ鼓動をかんじながら、知らず知らずのうちに、息をひそめてしまう。
 声は遠くてかすかな音量だったけれど、ところどころ聞こえてきた。
 内容を知るには、それで充分だった。

 圭介が……私のことを……橋川に聞いていた。

 あの文化祭最終日。
 私と何かあったのかと聞く圭介に、橋川は「知らない」とシラをきりとおす。

 私は日誌を胸に強く抱きしめた。
 橋川があの日のことを、圭介に話さないように、ただひたすらそう願って。
 手に汗がにじんでくる。
 口の中が乾いて、のどの奥がついてしまいそうだ。




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