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すい工房 -ブログー
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(16ページ目)43~45
駅前の商店街にある『ラ・クォーツ』は、関東を中心にチェーン店を広げている洋菓子店だ。
ケーキを主体に、焼き菓子、チョコレート、それらにあう紅茶やコーヒーもそろえてある。
味がいいと評判の店で、訪れる客足は途切れるところを見たことがない。
そんな評判のお店だから、季節の行事になると、人の列が生じ、時には満員電車のごとく店内に人が溢れる。
クリスマスも例にもれず、イブの予約にもれた人々が、変わりにと店が準備した23日製作のケーキを引き受けに列を成していた。
24日にクリスマスケーキを買うのが一般的だけれど、23日でもかまわない人々が、今日訪れている。
クリスマス用のケーキを買いに来た人、ショウ・ケースに並んだケーキを買いに来た人。
油断すると、その二つの列が混ざりあってしまう。
そうならないように注意しながら、ケーキの梱包はスタッフの人に任せて、私とカエは、ひたすらレジに集中していた。
『ラ・クォーツ』の閉店時間は8時。
私とカエは、時間になると、飲食用のテーブルを拭いたり、軽く掃除機をかけたりと、簡単な掃除を終えて帰ることになった。
厨房は完全に隔離されているので、掃除を終えた今、扉を開けることも出来ない。
空に舞うほこりを遮断するために。
寝ずの作業になるだろう、スタッフの人にあいさつもしないままの帰宅が、なんだか気まずかった。
「ごくろうさま。明日もよろしく」
静かに微笑む支配人の橘(たちばな)さんに帰宅の挨拶をして、私とカエは店を出た。
見上げる空には星が瞬いている。
首に巻きつけたマフラーに、顔の下半分を埋めて「橘さんってさー」とポツリとカエが話し始めた。
「若いよねー」
確かに。見た目は三十前後。そして年齢不詳の男性。
スタッフの人に聞いたけれど、橘さんの年齢を知る人はいなかった。
カエは「信じられない」と上司の年齢もしらない『ラ・クォーツ』のスタッフに呆れていた。
見た目は若いけれど、落ち着いた物腰は、とても30前後とは思えない。
今日も、ちょっとした発注ミスによるトラブルが生じていたけれど、橘さんは瞬時に的確な指示を出し、ことなきを得ていた。
「スタッフの人にちょっと聞いたんだけど。あの人って、いくつか店を受け持ってるんだって。で、この時期、一番忙しい店にいるってさ」
……それはつまり。
「……明日は地獄?」
「そういうこと」
夜空を見上げながら、カエはため息をついた。
空に向けられた息は、白く後方にたなびいた。
「やっぱ、世の中甘くないわ」
高い賃金にはそれだけの理由がある。
今日は予備戦だったというのに、すでに疲労が体に蓄積されている。
陸上部のカエでさえ「筋肉痛になるかも」と酷使した足を見下ろし、そうもらした。
予想通り、当日24日は想像以上のめまぐるしさだった。
路上販売と言っても、『ラ・クォーツ』の場合、直売りでなく、予約を受けた人々をさばくものだ。
注文表と照らし合わせて確認したのち、ケーキを渡しては注文表にチェックを入れる。
中には確認のとれないお客も出てきて、その時は側にいたスタッフの人や橘さんに即、変わってもらった。
長い列を並んだ後、さらに確認に時間を割いては、お客の気をさなかでかねない。
なれない私たちが話をこじらせるより、専門の人たちに任せたほうが話が早くつく。
予約分のケーキの受け渡しだけで、店の前が煩雑するのだから、これを店の中でしていたら、混乱の極地に至っていただろう。
目の前の仕事をこなすことが精一杯で、人の波が引き、一息つけるころには閉店時間間際になっていた。
そのあとは、まばらに訪れる予約客をさばいて、とりに来られなかった分を店内に持ち込む。
持ち出した機材、レジ、机、椅子等を片付けて、バイト終了となった。
『ラ・クォーツ』は、今日だけは一時間延長で店をあけている。
何かしらの事情で、ケーキを受け取りにくるのに遅くなった人たちのために。
「特別な日だからね。がっかりするより、楽しんで欲しいから」
そう、橘さんが言っていた。
閉店のあいさつと共に、スタッフの人たちにもあいさつをすると、意気消沈とした様相のなか、どうにか笑みを浮かべてあいさつを返してくれた。
橘さんは私とカエを呼ぶと、スタッフルームから少し離れた事務所で、バイト代の入った茶封筒を手渡した。
「それと、これも」
そういって橘さんは、今日、私たちが散々手にしたケーキをそれぞれに1つずつくれた。
きちんとバイト代ももらったのに、悪い気がして、私とカエが顔を見合わせて躊躇する。
それに気づいた橘さんは小さく笑った。
「例年恒例だから。今日の売り子さんへのお餞別」
なら。
……と、ありがたく受けとった。
『ラ・クォーツ』から出ると、夜空が深みを増している。
白い息を視界に見ながら空を見上げていると、店から離れたところでカエにケーキを手渡された。
「あげる。家、ケーキあまり好きじゃないから。一応、今日は買ってるみたいだけど、毎年、食べ切れなくて近所の子を呼んであげてるくらいだから。ありがたいけど、もったいないし」
「家だって。こんなに食べきれないよ」
「おばさん、ケーキ好きなんでしょ? だったら大丈夫よ」
いくら好きでも、一人で一ホールは無理だ。
反論する暇もなく、わかれ間際に渡したケーキをそのままに、カエと道を別れた。
どうしたものかと、ため息が落ちる。
『ラ・クォーツ』のクリスマスケーキは評判だ。
今日、もらったときにはとても嬉しかったけど、あいにく家にもケーキがある。
いくらなんでも3ホールは無理だ。
しばし考えていると、もう一人のケーキ好きを思い出した。
その人にあげようと考えながら、星の瞬く空の下を歩いていった。
浅井の表札の側にあるインターホンを押すと、少しの間を置いて、小柄な女性が玄関のドアを開けた。
「あら、りっちゃん」
「こんばんは」
彼女は圭介のお母さん。
身長だけは無駄にある圭介の母親とは思えない、小柄な人だ。
夜にどうしたの? と不思議がるおばさんに、手にしていたケーキをひとつ手渡した。
「さっきまでバイトしてたから。その『ラ・クォーツ』のおみやげ」
言いながら渡すと、おばさんは目を丸くした。
「『ラ・クォーツ』の? やだホントに?」
箱に記された店名を確かめると、おばさんは嬉々とした表情で喜んだ。
「あのお店、予約がなかなかできないのよ! ……あ。けどいいの? りっちゃんの家の分じゃない?」
「一緒にバイトしてた友達からもらったから」
そう告げると「あそこのケーキを食べないなんて」と不満そうだったけれど、そのおかげで自分たちが食べれるのだからと、機嫌を直した。
用事を終えて、早々に立ち去ろうと、体を半身ひるがえす。
「上がっていかない?」との声がかかるまえに、帰ろうとした。
圭介との接触を避けたかったから。
けれど「ちょっと待って」と言うなり、おばさんは家の奥に向かって、圭介の名を叫んだ。
「あんた、りっちゃん送ってあげて」
「い、いいよ。すぐそこなんだから」
慌てて止める私に、おばさんは呆れた顔をする。
「すぐってったって、道が暗いじゃない。最近は住宅街でも何があるかわかんないんだから」
「ホント大丈夫だから。懐中電灯も持ってるし、チカン撃退スプレーだって持ってるから」
そういうと、おばさんは顔にのぞかせた呆れを深めた。
「そういうの準備しなきゃならないトコ、通ってたの?」
「そういうわけじゃないけど……。もしものときのために」
「そんなの、いざとなったら使いもんになるかわかんないだろ。りっちゃん自身が使いこなせるか、わかんないじゃない」
などと、押し問答をしているスキに、すっかり出かける準備をした圭介が玄関まで来ていた。
おばさんは圭介に「ほら。『ラ・クォーツ』のケーキ」と嬉しそうに話している。
「りっちゃんがくれたのよ」
「知ってる。聞こえた」
防寒用のジャンバーを羽織ながら、圭介はうんざりした眼差しをおばさんに向ける。
「よく食えるよな。さっきのケーキ、半ホールは一人で食ったくせに」
「甘いものは別腹♪ 別腹♪」
「別じゃなくて同類だろ……」
「『ラ・クォーツ』は特別なの。別にスペースもとってあるし」
と、本気なんだか冗談なんだか、つかめない口調で、おばさんは自分のおなかを指差した。
「……もしかして、今日食うの?」
「その日のものは、その日のうちに♪ よ?」
言って、半身ひるがえすと
「りっちゃん、ありがと」
そう言っておばさんは、鼻歌交じりに奥へ下がっていった。
「あ……」
呼び止めようとして上げた手が、空でむなしく漂っている。
呼び止める声も出ないまま、私はその場に立ち尽くした。
圭介は先にすたすた歩いていく。
「あ、ついでに数学の課題、見せてよ」と、半身振り返ってのたまう圭介。
よくよく見ると、肩にバックをかけている。
課題と筆記用具が入っているだろう。
疑う余地もない。
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