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2008.12.30
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SSS

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乗りかけた船だ、ためらうことはないだろう?


「どうして君は、彼等の旅に同行するの?」

人は僕に聞いた。

「彼等のお荷物だって、思ったことはないの?」

ずっと僕が抱いていた思いを、言葉にした。

「ねえ、君と彼等を繋ぐものって、何?」











は、と目を開いて、それが夢だと僕は気付いた。
見慣れない天井を見上げて、首を横に向ければ其れが誰かの寝室だと気付く。
身体は思ったほど気だるくはない。滋養の効果があるといわれた、あの魚の切り身を食べたお陰だろうかとぼんやりした頭で思いながら、小松はベッドを降り立った。
静かな夜には、当然無音が家中に包まれていて。いびきでもなんでもいいから、誰かの存在を確かめたくてたまらない。

ドア一枚に隔てられた世界を自身の手で開く。
床板を軋ませぬように慎重に、裸足で音を隠して歩いていく。
徐々に高鳴るこの心音が聞こえなければいい。微かに吐く吐息が少しだけ気になるけれど、先へ進むためだと割り切って居間へ向かう。

ぼんやりとした明かりは、蝋燭の灯火だろうか。
すりガラスの戸をゆっくりと押し開ければ、そこには二つの寝顔があった。
奥のソファで珍しくイビキを立てずに眠るトリコと、テーブルに突っ伏すように眠るココ。
あんなに沢山の料理を並べていたはずのテーブルは綺麗に片付いていて、きっと自分が寝てしまった後に彼等が片付けてくれたのだろうと思うと何だか申し訳なくてたまらなかった。

『どうして君は、彼等の旅に同行するの?』

「――っ」

不意に脳裏に蘇る声が、胸を突き刺すように痛い。
劣等感を抱きながらも憧れの人と、夢見た旅に出ることを自分はずっと甘えていた。
幸せだと思っていた。
料理人になれて、料理長と呼ばれるようになって、彼等に出会って。
今までの苦労は全てこのためだといわれれば、きっと嬉しすぎて泣いてしまうぐらいに、愛しい。
ずっと一緒にいられるかなんて、解らないしそれを決めるのは彼等だと理解している。
だからこそ自分は、今一瞬を少しでも大切にしたくて。少しでも彼等に喜んで欲しくてたまらないのだ。

じわじわと熱を帯びる目頭を拭って、今できる事を考える。
肌寒いだろうと考えてタオルケットを用意し、二人にそっとかけてやれば少しだけ表情が緩んだ気がして。
――嬉しかった。そして、大声で泣いてしまいたかった。
そんな事をすればきっと彼等はすぐに目覚めて心配してくれる。解っているからこそ自分は此処で泣きはしないし、見せたくない。

(ひとりで、いられるばしょ)

居間を出て、玄関から外へと抜け出す。
眠っていたであろうキッスが棟から頭を出して、家主を起こさぬように小さく鳴いた。

「キッス」

手を伸ばせば、その黒羽が自身を包んでくれる。
頬を寄せれば小さく鳴いて、それはまるで自分を慰めてくれるかのようで。

「ごめんね。少しだけ、泣かせてくれる?」
「グェ」

羽を掴んで、顔を埋めて。
止まらないんじゃないかというぐらいに、涙が溢れていく。
嬉しいはずなのに辛い時がある。
幸せなはずなのに寂しく思う日がある。
自分はなんて贅沢な果報者だろう。こんなこと思うこと自体、きっとバチあたりなのだ。
だからあんな、つまらない夢を見てしまうのだ。

「っ…はは…こんなとこ、あの人達には…っ…見せられ、ないや」

嗚咽が上がるのを堪えて、もう一度ギュウとキッスにしがみ付く。
もっと強くなろうと、小松は思う。

何故なら自分は、まだまだこれからも彼等の傍を離れる気は無いし、離れたくないのだから。





優しさに縛られた、哀れな料理人。



(虜/トリココマツ)





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Last updated  2009.01.29 22:37:13


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