新潟県武術連盟ホームページ

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3世伝人 佐藤金兵衛老師


移動: 案内、 検索 佐藤金兵衛(さとうきんべい、1925年1月5日 - 1999年1月21日)は日本の武術家。福島県いわき市出身。開業医(産婦人科)を営む傍ら、日本武道および中国武術各派を修め、日本兵法大和道を創始する。昭和の日本に中国武術の内家拳の普及に努めた武道家。武号は柔心斎。

幼少から祖父より大和流柔術(ただし、二代目柔心斎を襲名した佐藤の息女は大和流弓術としている)の指導を受ける。中学卒業後に満州へ渡り、国立医科大学の医学生となったが終戦後帰国。帰国後、東北大学医学部に進み、この頃より影山流剣術、柔術各派(八光流柔術、合気道、武田流合気之術、大東流合気柔術(山本角義の系統)、天神真楊流柔術、荒木新流柔術、一天柳心冑介流柔術、柳生心眼流兵術(東北伝)、浅山一伝流体術(上野貴の系統)、神道天心流拳法、卜伝流柔術、高木楊心流柔術・九鬼神流棒術、義鑑流骨法術)、神道自然流空手術 等を学ぶ。

昭和29年(1954年)からは、警察大学校で逮捕術の講師を務めた。

昭和33年(1958年)に医学博士の学位を得る。同年に上京し、医業の傍ら道場を開く。翌年以降、台湾から来日した王樹金より形意拳、太極拳、八卦掌を学ぶ。この頃に全日本中国拳法連盟を設立し、その後も各種中国武術の武術家を招聘し、拳法や擒拿術を学び、また普及に努めた。八卦掌では三世伝人の李子鳴から四世伝人を受けている。

自らが修行した柔術各流派の技を集大成し、一部に中国武術を加味して「日本兵法大和道」を創始した。ただし、大和道のみを教える形態はとらず、門人に柔術を教授する際には、大和道と柳生心眼流を並行して指導した。



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