蘇芳色(SUOUIRO)~耽美な時間~

「毛皮のマリー」




新型インフルエンザの影響で、もしかしたら公演が中止になるのでは?と危惧していましたが、大丈夫でした。
でも往復の電車の中ではもちろんのこと、劇場でもマスクをして、劇場の入り口やトイレにおいてあったアルコール消毒液でしっかり除菌。上演中もセキをしている人はほとんどいませんでした。どうかうつっていませんように。

さて1年ぶりの美輪さんのお芝居。今回は初めて見る 「毛皮のマリー」 です。
今までは「黒蜥蜴」「卒塔婆小町」などの三島モノから「双頭の鷲」の洋物でしたが、今回の「毛皮のマリー」は寺山修司の作品です。寺山の作品は、「草迷宮」という泉鏡花原作の映画化作品を見たり、青森県三沢市にある 寺山修司記念館 にも行ったりした程度です。
彼の世界観とはどんなものだろう?と思いつつ、予備知識ナシの観劇となりました。

お芝居は二幕からなっていました。
男娼のマリーの家には、数人の下男とマリーの一人息子、欣也が住んでいます。
毎夜のように客を連れてくるマリーと、部屋から出ず、趣味の昆虫採集に没頭する欣也。
美しい毛皮のマリーとは対照的に、醜女のマリーと呼ばれてる下男。
そして上の部屋に住んでいる美少女、紋白。
一幕は、彼らの思惑と独白などにより成り立っており、特に醜女マリーである下男の妄想シーンは、俗悪なまでの淫靡な世界を繰り広げていました。
さきほどまで執事のように仕事をこなしていた下男が、しどけなくドレスを身にまとい、女言葉で毒を吐きます。彼の妄想の中に多くの美女たち(女装をした男性)が現れます。白雪姫だったり、小野小町だったり、八百屋お七だったり。一瞬で彼らが前あてをつけただけの、全裸に近い姿になり、ラインダンスをしたり、悩ましいポーズをして踊ったり。目のやり場に困ったりして。(笑)
そう一幕は徹底的に俗の世界を繰り広げているようでした。その俗の世界の中心にいるのは毛皮のマリー。彼は今でいう性同一障がいのように感じられました。でも寺山が書いた時は、世間でそういう概念がなかったんですよね。

そして休憩のあとの二幕。
逞しい体の水夫をモデルにして、絵を描いているマリー。デッサンが終わると、お抱えの鶏姦詩人に自分をたたえる詩を朗読させます。この朗読シーンが好きでした。マリーは水夫と体を重ねていて、その間自分の肌を磨くような感覚で、詩人に詩を詠ませるのです。
事が終わり、水夫とシャンパンを飲みながら談笑をはじめたマリーですが、しだいに自分の身の上話をし始めるのです。自分の悲しい過去と一人息子欣也の出生の秘密。
マリーの話を盗み聞きしてしまった欣也は衝撃を受け、今まで出たことのなかった外の世界へと足を踏み出します。そして・・・。
一幕から一転して、二幕は聖の世界を表現していると感じました。一見俗悪に見えるマリーの生活も、彼の身の上話を聞くと、輝きを放ち始めます。復讐の対象である欣也への気持ちを吐露するのですが、それが真実かどうかは、マリーの今までの欣也への対応を見ていればわかること。そう特に人の母親である私には、マリーの気持ちが痛いほどわかりました。

血のつながりだけがすべてではなく、それだけが無償の愛ではないということ。
憎しみを超えて、無償の愛を与え続けるマリーは、決して俗にまみれた男娼ではなく、神々しい聖母マリアなのです。

性もを超越し、人として一人息子に愛を注ぐマリー。
俗と毒にまみれたこの世界に目くらましをされ、本当の聖=愛を見失ってはいけないと教えられた舞台でした。


2009年5月21日 大阪・シアター・ドラマシティ


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