嫁様は魔女

嫁様は魔女

小説 硝子窓(序章・昏い窓)


振れば鈴が鳴る、小さなおもちゃ。

もう何日・・・・置きっぱなしなんやろ・・・?

立ち上がって歩けばふわりとほこりが舞う。

白く白くほこりの積もった部屋。

なんでなんやろ?

なんで窓を開けるでなく、出かけるでもなく
ましてや散らかすような人間がおる訳でもないのに
ほこり、たまっていくんかなぁ。

・・・これ、考えんの何回目なんやろ。


散らかすような人間がおるわけでも。

自分の言葉にまろび、また堕ちていく。

出尽くしたはずやのに。
もう何も残ってへんはずやのに。

乾ききった体からはもうほとんど涙はでない。

胸がねじられるような嗚咽がこみ上げるだけだ。

それでも絞るような吐き気にも似た感覚が
目から、口から、鼻から体液を押し出してゆく。


苦しい・・・・クルシぃナイ。
痛い・・・・イタナぁイ。
もういや・・・・ハヨぉ。

「死ねばええのに。」


堂々巡りの思考の中で耳に届く声。



「うち、まだ死ねへんのかなぁ・・・。」


 がしゃ・・・ん

不意に破壊音がする。
そうか・・・もう学校の終わる時間やねんな。

せやけどもう割れるようなガラス・・・
あぁ、お風呂かぁ・・・。

初めはいちいち驚いてた。

さすがに家中のガラスに一通り投石されたら慣れてくる。
電話も。
本体、引き抜いた。

鳴りっぱなしでほっといたかて構へんか、と思ってたけど
隣の島崎さんが。

なんともいえん、泣きそうな笑い顔で言うてきたし。

「奥さん・・・あのね、あなたに言ってもしょうがないのかも知れないけど
 ずっと電話が鳴りっぱなしだと・・・夜中もでしょう?
 眠れなくて困るのよ・・・。
 電話会社の人になんとかしてもらったら・・・?」

返事をするのも面倒やったから
電話機を引き抜いてきて島崎さんに渡した。

「あの・・・これ・・・・。」

あぁ・・・・と思ったけど、
島崎さんはココに置くわね見たいなコトを言うて帰っていった。

いっときはずーっと家の周りに人がおって
近所の人には迷惑やったなぁと思う。

警察の人らが言うてくれたから、最近はおらんみたいやけど
それでも時たま、インターフォンが鳴る。

電源、切ってしまおかと思ったけど
それももうどうでもええ。

郵便屋さんとか来るし。


郵便。


今はそれだけ。

やっぱり束みたいによぉわからん手紙が
知らん人からいっぱい来るけど。

ちゃうねん。

待ってねん。

待ってやなあかんねん。

今はそれだけや。


しがみつく。

すがりつく。

そのために命を残してる。

ただ生きてるだけやったら死んでんのと一緒や。

うちは生きてるんか、死んでんのんか。

死んでしまいたい。
楽になる。
死んだら終わりや。

終わり・・・・
終わりにでけへんねん。

生きてたぁないのに。


重た・・・・。
ごっちゃになった頭と起き上がる億劫さとでため息が出た。

右腕をついて立ち上がる。

自分の体が重い。

あんだけ痩せたいって思ってて、
今はかなり痩せてるはずやのに
あのときよりもよっぽど体が重いわ・・・。

砂袋引きずってるみたいや。

昨日より重い。

でも、着替えして・・・うん。
上の服だけでええわ。

ダイニングまで降りて行く。

子供らが下校してる言う事は、もうすぐや。
しゃんとしとかな・・・・。


コーヒーメーカーに豆を入れてると玄関が開いた。
来たんや・・・。

「ちょっとぉ!由香子っ。またやられてるやないの!!」

声、大きい・・・。

「ほんまに、躾の悪いんばっかりや、この辺はっ!」

大きい声、必要以上の。

カラ元気って言うんとはちょっと違うんやろうけど
やってくる母はわざわざ、大きい声で喋る。

「片付けんでええ、どうせもうボロボロやし。」
「何言うてんのんな、このまましといたら危ないやないのっ!」

何しとっても危ないときは危ないねん。

そう出かけた言葉を飲み込む。

言うたかてしゃあないし、
いらん事言うてたら、連れ戻すええ口実にされる。


「うん、じゃあまたホームセンター電話してみるわ。」

多分、いや絶対。
ホームセンターの人、またって思てるやろな。

何回目かにガラスの入れ替えを頼んだときに言われた。

「こういってはなんですが、またガラス割られてからより
 先に家の窓ガラス、全部防犯用のに変えてしまいませんか?」

持ち合わせがなかった。

理由はそれだけやった、断ったんは。

それで、こうやってガラスが割られるたびに交換に来てもろてる。

その後は、母が銀行から出金して来てくれてるので
支払いには困らんようになった。

ほんまのこと言うとガラスなんて割れたままでもええんや。
でも、確かあの風呂のガラスが最後やったはず。

・・・庭あるからあそこは石、届かんと思ててんけど・・・。

でももうこんで終わり。
こんで家中の窓、交換したはずや。

ホームセンターの人は、交換の時には防犯用のガラスを入れていく。

衝撃吸収とかで、ハンマーなんかで叩いても
細かいヒビが入るだけで、割れたり破れたりせんらしい。

片付けんのも面倒やし、石はこれからも投げ込まれるんやから
そんでエエ、と言うた。

何より、母親が安心する。


母は、ホームセンターの人が来る前に割れたガラスを片付けると言ったが
どうも先にお線香をあげにいったらしい。

子供部屋の鍵を閉めてないのを、思い出した。
椅子から立ち上がる。

コーヒーの香りのせいなんか、さっきよりは動ける。

ダイニングの窓も、もう防犯用のガラスになってる。
ここも何度か石か何かをぶつけられたんやろ。

びっしり細かいヒビが入ってる。

蜘蛛の巣みたいや・・・。

ヒビのせいでちゃんと光は入ってけぇへん。
こっちから外を見ても、こんだけ見えにくいって言うことは
外からも、ちゃんとは見えへんのやろな。

薄暗い部屋。
光を通さん窓。

覗き込んでも自分の顔も映らへん・・・。

なんでこないになってんやろ。


・・・・あかんあかん。
今は違う。


いい商売なんか、ホームセンターの人はすぐに来てくれた。


「もう、全滅やっ、どないなってんのやろなぁ!!」
「はぁ・・・。」

母に文句を言われて、口ごもってあいまいな声を出す。

そら、こんな家ないやろ。

あかんあかん、とどっかで声は聞こえてるけど
蜘蛛の巣みたいな窓に絡みつかれたみたいに
頭が戻ってこんようになった・・・。



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