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DIARY
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嫁様は魔女
硝子窓(不意打ち)
マガジンラックから育児雑誌を取って来た。
出産前にあれこれと雑誌とか本を見ながら買い揃えたつもりやったけど
実際やってみると、こまごま足りへんかったり不便やったり。
明日は陽菜ちゃんに乗せてもろて、ベビー用品店の新春セールに行くつもりやから
雑誌とチラシで値段のチェックをする。
「買い物?」と、貴信が雑誌を覗きこむ。
「うん、紙オムツ多目に置いときたいし
下着とか結構汚れるから、もっと枚数いるんよー。」
「そこ、下着とかのページには見えないけど?」
「・・・っ、見てるだけやん。それにいずれいるって。」
「大物だよね、こう言うオモチャとかって。
こっちにいるうちは、みんなが乗せてくれるからいいけど
ウチも車あったほうがいいよな?」
「またぁ?そらなぁ、それこそ救急で病院行くときとか買い物のときとか、 あったらええなとは思うけど・・・・すぐはキツイって。
家の方の繰上げ返済とかに貯金もしたいしぃ・・・。」
「新車とは言ってないよ、中古だったらそれなりの値段で買えるじゃないか?」
「えー!でも無理むりー。これ以上ローン嫌やわぁ。」
「そうか。
でも今度、一回位ディーラー行って見ようよ、冷やかしにさ。」
「買わへんのに、よう行かんって。」
「そう?正月だからお土産も結構いいものくれるよ?
週末は餅つきもやるみたいだし、面白そうじゃん。」
妊娠がわかった頃から、車が欲しいようなことを言うてたけど
年末くらいから、しょっちゅう事あるごとに車の話が出てくる。
ウチや赤ちゃんの心配してくれてんのんか、
それにかこつけて、単に自分の車が欲しいだけなんか?
どっちも正解なんやろけど。
あったら便利って言うんは、なくてもどないかなるっちゅう事や。
今の段階で、車のローンまで抱えるんは考えられへん。
せめて半年くらい様子見て、家計簿の神さんに聞いてからの話やろ。
育児手当とか家族手当とか言うヤツでどのくらいまかなえるか、見当もついてへんねんし。
学資保険とかそう言うん考えるんが先ちゃうんか、って思う。
貴信としては、給料は全額渡してある。
小遣い以外はオレの管轄外。
残りはお前の好きな様に使わせてやっている、と言うスタンスや。
文句言われることもないけど、
家計って言うんを把握する気はまったくないみたい。
赤字じゃなければいい、ってトコ。
そう、まさか「ローン」が増えなければいいんだろ?なんて考えてるとは思わんかった。
後で考えたら、この日あたりから貴信が車の話をせんようになったんや。
数ヵ月後にウチが目ぇまわすような出来事が
水面下で着々と進んでいるとは、まさか考えもせんかった。
実家に電話をかけてくるのに慣れてしもた山梨のお義母さんは
正月が明けてからも、時々電話をかけてきてた。
名前騒動が済んだと思うたら、今度は生まれて一ヶ月経ったらお宮参りやから
4月の休みじゃなく、一月の末に山梨に来いって言う。
こんな寒い時に、新幹線やら飛行機に一ヶ月の子ぉ乗せて行くんはイヤやったから、
奏の体調がよくないって言うたら、心配の言葉よりも先に
母乳とミルク混合やから子供が病気になるって怒られた。
たまに出かけるときに代用してるだけやん、とも言えず生返事みたいな相槌でお茶を濁すウチは根性ナシなんやろか?
バレンタインを過ぎたころには、100日のお食い初めの用意に
清水の家紋の入った漆器のセットを高城の家から送るようにって言うて来はった。
そんなんて請求してくるもんなん?
それに、ただでさえお宮参りも遅らせてるのに
これ以上祝い事を遅らせるのは非常識だ、3月には来なさいて言いはる。
もう全然ウチの話なんか聞いてくれそうになさそうやったから
その日の晩に貴信から電話してもろて、
奈良の実家のほうで、お宮参りもお食い初めもしようかと思うと話してもろた。
ほんならその場では、貴信にわかったって言うたのに
翌朝、ウチやなくウチのおかあちゃんに電話がかかってきて、
ウチらを説得するように言うてきて、家族でげんなりさしてもろた。
「跡取りやし、初孫やから清水のお義母さんも一生懸命なんやろ。」と
おかあちゃんはフォローするけど・・・なんか限度越えてるような気がする。
別に悪い事言うてる訳やないし、風習とか儀式とかきっちりすんのはかめへんけど、
ぴっちり暦通りにやらんでも、子供の体調とか休みの都合とかに合わせたかてエエんちゃうんの?
「正論」言うたら、清水のお義母さんの言う事の方が正しいんやろから、
そうそう言い返す事もできず、貴信にとりなしてもらいながら
イライラと、爪を噛むような思いをする事が何回かあった。
そや、その貴信も腹立つ事あってん。
名づけしなおしてもろたからお義母さんにお寺への命名料払うてもらうんは悪い。
こっちで払うから、3万くれ言うんよ。
「なんで3万もいるんな。」
「名前新しく考え直してもらったじゃん。命名料はかあさんに渡して、あと寺のばぁちゃんに何か別にお礼でも送っとこうかと思ってさ。」
「なんでぇや?
ウチがつけてくださいって頼んだわけじゃないねんで?
お義母さんが勝手にその先生に名前頼んでんやろ?」
「でもオレらの子だし、かあさんに払ってもらってるのは悪いだろ。」
「ウチは自分で名前考えとったのに、
お義母さんが先走って勝手にしはったから、考え直してもらうように頼むハメになってんやん。
無視して、ウチの好きな名前つけてもよかってんで?
それでもお義母さんの気ぃの済むようにしたんやん。
命名料なんかお義母さんに出しといてもろたらアカンのん?」
そう反論したけど、お義母さんに「借り」作るような形になるんも
腹立つと、結局その命名料も払うことにした。
こんなにゴタゴタするもんなん?
そらツレの聡子も、結婚して京都行って。
両親とは別居の約束が、いつの間にか同居させられた挙句
言われたい放題に姑さんに言われて、マザコン旦那に愛想つかして離婚したりしてる。
・・・ウチは貴信と離婚なんかはしたくない。
奏人と、みんなで普通に楽しく暮らせたらええと思うてるのに。
最近はウチやら人の動きを目ぇで追うたり、
時々あーとかうーとか声出してみたり、笑い顔も見せてくれるようになった奏。
初めはあんまり飲まへんし、寝る時間も短かったせいか
なかなか体重が増えへんかったけど、
一ヶ月検診の時には「りっぱなお腹になったねー!」とお医者さんに言うてもらえた。
ウチが誰かに抱っこを代わってもらうと泣き出す奏。
布団の上で、ウチを見分けると嬉しそうな声を出す奏。
寝返りを打ちたいのか、しきりに背中やお尻を上げるようになってきたけど
頭が重くて持ち上がれへんで真っ赤な顔になる。
お風呂が大好きで、どんなにご機嫌が悪くても
裸にして、おじいちゃんが抱っこしただけでピタリと泣き止むのがすごい。
貴信の帰宅は時期によってはめっちゃ遅くなる。
ウチ一人でもお風呂入れてあげられるやろか?
3ヶ月検診が済んだら、大阪の家に帰ろと思うてる。
桜が咲いたら緑地まで散歩に出れるかな?
百貨店時分の仲間から連名でお祝いにもらった
コムサのベビーカーのデビューが待ち遠しい。
今は発育曲線の上限いっぱいいっぱいまでに育った奏は、
寝返りも他の子ぉより早くて。
3ヶ月検診の待合で、同時期に生まれた赤ちゃんがころころと寝転ぶ中、
左右に寝返りを打てるんはざっと見た感じ、奏だけやったから
周りのママに
「すごーい。」って言われてかなり気分がよかった。
なんにも異常なく、元気な赤ちゃんと太鼓判をもろうて検診は終わった。
このところ決算期で忙しい陽菜ちゃんと、
ゆっくりしゃべってないんが気がかりって言うたら気がかりやけど、
大阪の家に戻る支度は進めていかなあかん。
貴信は一足先に大阪の家に戻ってる。
早く仕事が終わった日は営業車で直帰して
荷物を少しずつ家のほうへ運んでくれるので、細々と荷詰めをする時間が増えた。
来週の水曜の休みには、おかあちゃんに奏を預けて貴信と2人で家の大掃除をしよと思うてる。
これでも結構忙しい。
掃除のほうをおかあちゃんと貴信に頼んでも良かってんけど、
自分でせんと、後から使いにくぅてやり直しってなったら面倒やしな。
母乳メインの子やけど、ウチがおらんときに粉ミルクをやっても
嫌がらずに飲んでくれるから、おかあちゃんも気楽やと言うてくれる。
そんでもやっぱり6時間くらいで往復して掃除したかったから
貴信には前日、営業車で直帰してくれるように頼んだ。
電車やと一回京橋言う大きい駅まで出て乗り換えやなあかんから遠回りになるんや。
こっから京橋に出るだけで1時間。
車やったら、早いんやけどなぁ。
ところが、掃除に行こうとした日の前日。
営業車で直帰して奈良に来るはずの貴信は、奈良には帰ってこんかった。
何してるんやろと、電話かけようと思うたら貴信のほうからかかってきた。
「メール見た?」
「え、あぁ見てへんかったわ。」
「今日は大阪の方に帰るって入れておいただろ。
明日は朝迎えに行くけど、何時くらいに着けばいい?」
営業車の手配がつかんかったんやろか?
それやったら、明日わざわざ迎えに来てくれんでもええねんけど。
「もうそっち帰ってるんやったら、お迎えいらんから
先に出来るところからやっとってよ。
ウチ、電車で行くわ。一人でも困れへんし。」
「由香子がどうしたいかわかんないから、先に一人じゃできないよ。
早い時間に迎えに行くから。」
「かめへんって。」
「いやいや、キミには体力温存しててもらわないと。8時くらいでいいか?」
「迎えに来てくれたかて、電車で行くんは一緒やん。
車あれへんねやろ。」
「うん?・・・んー。車だよ。」
「何?なんかオカシイで、あんた。
なんで車あるんやったら今日、奈良に帰って来やへんのんよ?」
「今は動かないって言うか・・・・あ、そうだよ。
今さぁ、異業種交流会のときに仲良くなったヤツが来てて帰るのやめたんだ。
神野君て、トヨタの若いヤツ。
祝い持って来てくれてさ・・・多分もうじき帰ると思うんだけど
場合によったら泊めてやってもいいかなぁ?」
「はぁ!?」
「ちょっと頼みごとしてんだよね、神野君に。
そんな時間かかんないって思うんだけど、もし夜中になったら気の毒だろ?」
「気の毒言うたかて・・・・・そんなんっ。」
神野君、と言うのは聞いたことがある。
大手の企業の異業種交流会言うて勉強会をしとった時の仲間の人や。
他の会社の人の名前も何人か聞いたし、飲み会やってるんも知ってるけど
・・・ウチは面識がない。
「あんまり知らん人泊めるんは、ちょっと・・・。」
「布団はオレの使ってもらうし、シーツは洗濯機まわしておくからさ。」
「そう言う問題ちゃうねん。」
新築の家。
里帰りしてるおかげでまだなんぼも住んでへん言うのに
ウチの留守中に他人さんが泊まっていく言うんは、なんかすごい抵抗がある。
このモヤモヤした感じをどう説明しようかと思ってたら貴信のほうから
「あぁ、わかった。」と笑いを含んだ声で言い出した。
「さてはお前、疑ってんだろー?」
「え?」
「待って。おーい、神野っ・・・・・。」
携帯の向こうで若い男の人と話す声や笑い声がする。
「もしもしぃ、初めまして。アリバイ証人の神野と申します。
この度はおめでとうございますって言うか、年末でしたよね?奏人くん。
いまさらって感じですけど。」
明るい、頭の回転の速そうな声で神野君とやらは挨拶してきた。
「いえ、とんでもない。お祝いを頂いたとかで・・・・
ありがとうございます。」
「いえいえ、そんなたいしたもんじゃないですし。
それより奥さんお留守なのに上がり込んじゃっててすみません。
終わったらすぐ帰りますんで。」
意味不明な「わかった」をよこすトンチキな貴信より
ずっと空気の読める子ぉみたいやった。
泊まってけよ、と言う貴信の声がきこえるけど神野君は
「いくらなんでも、そりゃあないでしょ。
でも今度落ち着いたら、改めて寄せてもらっていいっすかぁ?」
「はい、もちろん。いつでも来てくださいね。」
なんや、ごっつい人なつっこい話しぶりに釣られて
もちろんと請け負うてしもたけど、悪い気はせぇへん。
「ほぉこーく!室内に女性の姿はありません。
不審者が約一名、まもなく撤収の予定。
ご主人は・・・なんかビール飲んでますよ、ズルいっ!いいんですかぁ。」
「えー、お客さんに出さんと?」
「いや、ボクはすぐ車で出るからいいんですけど・・・ちょっと清水のとっつあん!」
とっつあんって言うな!と怒りながら、貴信が電話に出てきた。
「そんな感じだから。明日迎えに行くからな、おやすみ。」
なにがそんな感じか?
イキオイでうやむやにされた様な気もしたが
とりあえず、神野君とやらが泊まって行く様子はないし
細かい事は、明日迎えに来てもろてからでいいわ、と思った。
とっつあん、て呼ばれてるんかぁ。
30も中盤を越えて、お腹のラインがヤバくなってきた言うとったな。
とっつあん・・・ふふ。
うまいこと言うもんやわ。
その「とっつあん」は時間には正確な人間や。
翌朝、ぴったり8時に奈良についた「とっつあん」の姿を見たウチは
耳の奥で「ぶっちん」と線が切れる音を聞いた。
朝っぱらから大声で怒鳴るんはよぅないんはわかってる。
近所迷惑って言うんもあるし。
ケンカ売るんやったら売るで、ちゃんと相手の事情を聞いてから・・・。
なんて常識は頭からふっとんでた。
百貨店の営業車とは程遠いダークシルバーのスポーツカーに乗って来た
貴信のにやにや笑いを見て、ピンと来たんや。
やられた!
「なんなん!?この車っ!!」
「何って、スカイライン。」
「車の名前聞いてんちゃうわ、一体この車はどないしたんやって聞いてんねん!」
「由香子、何を大きな声出してんのんな。」と玄関に出てきた
おかあちゃんの目が点になる。
「知り合いにものすごく安く譲ってもらったんです。」
ウチに話すんは気まずいと思うたんか、おかあちゃんに話しはじめる。
「ちょお待ちいや、ウチ何も聞いてへんで!」
「ええからっ。二人とも中へ入り、玄関先でみっともないわ。」
おかあちゃんに促されて、家に入る。
「で?何ですのん、あの車?」とおかあちゃんが席を勧めるでもなく問いただした。
「前から子供が出来たら車がいると思ってたんですよ。
大阪の家からここまで子連れで電車じゃ由香子が大変でしょ。
普段の買い物もベビーカー押していくのは、歩く由香子もですけど
夏場にはベビーカーの中って40度くらいになるらしいですよ。」
うまく子供やウチのためにとアピールをこめてくる。
追及されるんは折り込み済みって感じや。
「そんな話をしてたら知り合いが、買い替えなきゃいけないから
安く引き取ってくれる人を探してるって言うんで・・・。」
「言うんでって、そんでほいほい買うたん?自転車買うんとちゃうねんで。
ウチに相談もなしに、何考えてんのんよっ!!」
ぐるぐる頭の中で、貴信の言動がまわってる。
そうや、なんかおかしかったんや。
実印の場所聞いてきたりして。
「相談って、言おうとしてもお前、子供に夢中って感じだったし。」
「なんやのんよ!アンタがイッコも手伝うてくれへんから
ウチが必死にならな、しゃあないんやんか。
いっぺんでも夜中泣いたときに起きてくれた事あるん!?
ロクにオムツも替えてくれへんし、さっさと自分だけ大阪へ引き上げといて何言うてんねんな!
そんで、ウチのせいみたいに言わんとってくれる?」
「ごめんごめん。そんなに怒るなよ、な。
それに新車はダメだけど、安い中古ならいいように言ってたじゃん。」
「いつそんなん言うたんよ!!」
「でもさ、すっごいお買い得だったんだよ。まだ新しいしさ。」
「そんな話してへん!ウチに相談せんと勝手に買うてるから怒ってんねんっ!
わかれへんの!?」
「だからさぁ、忙しそうだったし・・・。」
呆れた口調でおかあちゃんも口を挟む。
「貴信さん、ワタシらが言うことやないけど、そう言う大きい事は相談しやなアカンのんちゃうの?」
おかあちゃんに言われると貴信はちょっとしおらしい声で
「すみません。急いで決めないと他に買い手がいるって話だったもんで。」
と、身もフタもない言い訳をした。
「あほちゃうか!そんなんに簡単に乗せられて!
あんた、いっつも営業でそない言うてんのんちゃうん!?」
「いや。またそう言うのとは違うんだって。」
「お金。・・・お金はどないしたんよ。」
「それは心配ないから。」
「心配ないって何やのよ?心配で心配で頭から火ぃ出そうやわ!
定期解約したんか!?」
「しないよ、そんなの。ちゃんとオレの方で用意したから。」
「社内ローンとか勝手に組んだん!?」
情けなくて涙出てくる。
「オレの方ってなんやのんな、なんでちゃんと相談せぇへんのんな。
いずれは考えてもええって言うたやろ?
今は家の支払いとか、そっちのこと考えやなアカンねん、わかれへんの?」
「車のほうは心配ないんだって。山梨のかあさんに出してもらったから。」
目の前が真っ白。
気がついたら貴信の頭を張り倒していた。
「・・・ってェ!!なんでたたくんだよ。」
「由香子、やりすぎや。」
「うるさいわ、悪い頭やからはたいたんや!
36もなってあほちゃうかっ!」
「あほって・・・。」
「あほにあほ言うて何が悪いねんな、あほ!
今あんたがあほやなかったら、全国のあほに失礼やわ!!」
「あほあほって言うなって。」
「あほで悪かったらバカや、バカノブっ!
相談せんのんも、親に借金すんのんも、あんなスポーツカー買うんも
どっからどう見たかてこれ以上のあほはおれへんわっ!!」
「由香子、落ち着きぃって。」
「落ち着かれへんわっ、何が腹立つって
ウチに何も言わんとお義母さんに借りたって・・・・っ。
あんたはホンマになんもわかってへんねやっ!!」
「どないしたん?由香ちんがおっきい声出すから奏くん、泣いてんでー。」
陽菜ちゃんが奏をあやしながら入ってきた。
「どないしたも、外見てぇや。
ウチに内緒で山梨に借金して、勝手に車買うてんねんで。」
涙腺ゆるみっぱなしで、陽菜ちゃんに訴える。
「あー・・・・・・。」
なんとも言えない顔で、陽菜ちゃんは外の車を確認した。
「とりあえず座りぃな。ウチはもう出やなあかんからご飯食べながらになるけどエエか?」
3人とも立ちっぱなしでいたことにようやく気がついた。
陽菜ちゃんから奏人をもらい、椅子に腰掛ける。
「なんでアンタまで座ってんのんな。」
「え・・・・、とりあえずって・・・・。」
「由香子っ。」
おかあちゃんは甘い、そのままバカノブのとっつあんは座り込んだ。
「貴信さん。なんで由香子が怒ってるんかはわかってるやんな?」と陽菜ちゃんが口火を切る。
「いや、焦っちゃってて・・・・こう、これを逃すともうあんな値段では買えないって思って。
いずれにしても車は必要になってくるもんだし。」
いつもの「二枚舌営業トーク」は鳴りを潜めしどろもどろになってる。
「それにしたかてや。車の話が出たとこでまず由香子に相談せなあかんやろ?
・・・それをお義母さんに相談して話進めたんはペナルティでかいで。」
「由香子は家のローンで大変みたいだったし。
なにかのついでで、山梨のかあさんに言ったら出産祝いに出してやるって・・・。」
「えっ!?」と絶句したウチの代わりに陽菜ちゃんが話を進める。
「は?祝いって買うてもろたって事?」
「まぁ、そうかな。これから山梨への帰省も増えるから車のほうがよくなってくるだろうって。」
「何言うてんのんよ・・・・・。」
奏を抱いているので声を抑え目に頑張ってるけど、怒鳴り散らしたくて辛抱たまらん。
「あんた、それがどう言う事かわかってへんの?」
「そりゃ借りって言えば借りだから帰って来いって言われたら
今までよりは調整つけなきゃいけないだろうけど。
でもさ、ほら孫を見たいって思ってくれてるんだし、お祝いなんだからさ。
あんまり気にしないでラッキーって思っておこうよ。」
「何がラッキーや!その頭にはオガクズしか入ってへんのんか!」
ここまでアホボンやとは思えへんかった!
「あんた、今までウチとお義母さんの何見とったん?
これでウチはまた貴信に車の一台も買うてやらん出来損ない嫁って言われるんや。
お義母さんがどんだけこれでエラそうにしはるか、考えへんの?
もう葬式済むまで一生頭上がれへんようになんねんで!?」
「そやなぁ、貴信さんもっと由香子の身になったってくれな困るわ。
ぶっちゃけた話、清水のお義母さんが由香子にキツイんはわかってんねやろ?」
「それは考えすぎなんだって。
確かにかあさんは口うるさいし、わがままなところもあるけど
オレや由香子が心配だからあれこれ言うんだよ。
キツイ言い方って思うかもしんないけどさ、関東の人間だからこうニュアンスが違うって言うかさぁ・・・。」
「心配!?何でも自分の思い通りにしようって思てるだけやん!」
「そんな事ないって。車代だってお前や子供のことも考えて祝いにして出してくれたんじゃないか。そうつっかかんなって。
ありがたく受け取ろうよ、な。」
何がありがたくや!
むかつくっ!!
こんでこの先、どこまであのオババが増長するんかわからんのんか。
ホンマに今まで、ウチの苦労のどこを見とってん。
むかむかと更に怒りがこみ上げてくる。
「なんぼなん!?」
「車代?150万くらいだけど。あとナビなんかは自分でつけてる。」
ナビ!?それはこの際後回しや。
「ほなお義母さんに出してもろてるんは150やねんな?」
カッカする頭で定期や財形の残高を確認する。
ぎりぎり。いっぱいいっぱい。
預金全額かき集めてどうにかって額。
「わかった。返すし。」
「返さなくっていいんだって、祝いなんだから。」
「いややっ!こんなん黙って受け取れるはずないやん!」
「そんな意地はんなくったっていいんだって。」
「ウチが貸したろか?」とまぜっかえしながら、
「ともかくゴメンの一言ぐらいちゃんと言いや、オニイサン!」と言い捨てるようにして、陽菜ちゃんは家を出て行った。
「とにかくっ!返すから。お義母さんにきっちり言うといて!
それからあの車、誰から買うたんか知らんけど返しといでっ!
それまでウチ、大阪帰れへんからねっ!」
「ええっ!?掃除は!?」
「そんなんアンタ一人で勝手にしたらええやろっ!」
おろおろしているバカノブとおかあちゃんを尻目に
ダイニングから飛び出した。
「これ、由香子っ。待ちって。」
おかあちゃんが階段のところで追いついてくる。
「ケンカ越しにならんと、もうちょっと落ち着きぃな。」
「おかあちゃんやったら、落ち着いてられるんか?ウチもう知らんし。」
2階の洋間のドアを閉める。
それでもドア越しにおかあちゃんは話しかけてきた。
「そら貴信さんが悪いと思う。せやけどもうちょっと話聞ぃたらんと・・・。
貴信さんなりに考えはったんやろし。」
「おかあちゃんはどっちの味方なんよ!」
「おかあちゃんは奏クンの味方や。あんたらがケンカしたらなぁ
奏くんが一番かわいそうやねんで、赤ちゃんでもわかるんやで、ヘンな空気は。」
奏はおかあちゃんの声に呼応するように、大声をあげて泣きだした。
「ほんなら奏のタメって、このままウチが我慢せなあかんのっ!?」
「そんな事言うてへんやん。そない怒らんと相手の言い分も
由香子の言いたいことも、ケンカせんようにちゃんと話しぃ言うてんのや。」
「でけへんわ。もぉ顔も見とない!車どっかやってからやないと話もせぇへん!
大阪も帰れへんて言うとって!!」
奏の泣き声はどんどん大きくなる・・・うるさいわ、あんたもウチが悪い言うんか。
泣きたいんはウチの方やねん。
みんな、あんたのパパが悪いんやっ。
「も・・・ぉ、泣きなや・・・っ!」
「由香子っ、奏くんにあたりな。
貴信さんにはウチから言うて今日はいっぺん帰ってもらうよって
あんた、部屋から出といで、エエねっ!」
とんとんとん、と階段を下りる音がする。
せやから言うて、おかあちゃんに言われるまま部屋を出るんも腹がたつ。
下に降りていく気はさらさら起きへんかった。
・・・大体なんで貴信が上がってけぇへんのんよ!
2階へ追いかけてきて、ドアの前で謝るくらいのことはして当然ちゃうん?
土下座したかて足れへんけど。
大泣きの奏をどうにかあやし、おっぱいを含ませて静かにさせる。
泣き寝入りみたいになってかわいそうやけど。
ごめんな、ママちょっと考え事やねん。
ほんまエエ年して、スカタンにも程がある!
事なかれ主義やし、長いもんに簡単にまかれて
母親の言うなりのボクちゃん人形や!!
今日かて奈良まで車持ってきたら、
もめてもみんなが仲裁してくれるって、絶対計算の上やわ。
何がお祝いや、アホらしい。
子供もおるような大人の男が、親に車買うてもらうやなんて恥ずかしないんか?
はぁっ!ムカつく!!
・・・・・?
なんかひっかかった。
前にもこんな話しとった?
せや「36にもなって!!」って言うたわ。
まだ奏がお腹におって・・・夏やったか。
ちゃうわ、妊娠したんわかってすぐくらいや。
貴信に押し切られて買い物の帰りに中古車センターのぞきに行った事がある。
R34型の日産スカイライン。
中古にしてはえらい高い値段がついてたから聞いたんや。
丸いテールランプが代名詞やったスカイラインが、
この34を最後にテールが変わってしもうて、
それからぐっと人気が落ちたとか言うとった。
デザインそのものも走る車って言うより、スポーツセダンて感じになってもっさりしてしもたとか・・・。
貴信は前から車が欲しがってて、その手の雑誌を買うてたから詳しかった。
「やっぱりスカイラインはこうじゃないとなぁ。ポリシーっていうかさぁ。こうロマンなんだよなー。」
「何でもええやん、どうせウチら関係ないねんし。」
「中古でも・・・無理か、プレミアついちゃってるもんな。」
状態のいい34のGT-Rなんかは、今のスカイラインの新車よりエエ値段がついてると、なぜか自分の手柄のように熱く語る。
「34・・・・最後のスカイラインだよ、これは。」
「イミわからんし!もし、万が一買うにしたかてや。スカイラインとかプレリュードはないやろ?
ベビーカー乗せられるようなフィットみたいなんちゃうん?」
屋根のない中古車屋は、暑くて暑くて体調の悪いウチは到底長居できるところやなかった。
もうエエわ、疲れたと言うような事を言いウチが先に店を出、
名残惜しそうに、それでもキョロキョロ周囲の車にチェックを入れながら
荷物を持った貴信がついてきた。
こっちをチラチラ伺ってたディーラーが
「やっぱり冷やかしか。」と言うように涼しい事務所に入っていく。
家にむかって歩きながら、他に話題がないんかって感じで貴信は話し続けた。
「夢がないなぁ、見てるだけじゃん。
それにスカイラインだってベビーカーは入るし、4枚ドアのなら中は結構広いはずだよ?
2人子供がいてさ、スカイラインで快適ドライブ旅行って記事あったの見てない?」
アンタの車雑誌なんて興味もないから見てへんわ。
ただでさえ暑いのに、寄り道までして・・・イライラしてくる。
「知らんよ。この家、建てたとこやんか。
あと何年ローンあると思てんのんな、35年やで!
アンタがぽっくり逝ってくれたら、保険でローンなくなるから
そん時に買うたるわ。」
「そんなの、オレ乗れないじゃん。」
「幽霊なって取り憑いたら年中無休で乗れんで。」
「冷たいなぁ、山梨のかあさんに借りようよ。
そしたら利息かかんないし、どさくさまぎれで返さずにすむかもよ。」
「何言うてんの!そんなん余計しんどいわ。」
バチバチっと音を立てて頭の中でジグソーパズルが組みあがる。
そうやん、ウチはちゃんと買われへんて言うたぁった。
同時に・・・。
貴信は初めっから清水のお義母さんに頼むつもりやったって事を思い知らされた。
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