嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(蜘蛛の糸)



心の中で黒いとんがり角が生えた自分がふふふっと笑う。

ああ、ついでに砂糖まみれのお義母さんの頭をこのトレイで
がつーんとはたいたらどうやろ。

小さい事でいちいち腹立てすぎなんかも知れん。

もしウチの言うてるような事、友達が愚痴っってきたら
気にしすぎやって、ほっといたらエエねんって・・・言うわなぁ。

ほんまに一個一個はささいなコトやねん。

でも。

ずーっと長い間、それが何回も何回も重なってきたら?

透明なガラスがあって。

細かい引っかき傷・・・ひとつふたつならそう気にもならんやろ。

それが、100個、千個、一万、百万って増えていったら?

傷だらけのガラスからは向こう側なんて見えへんやろ。
透明やったはずやのに、スリガラスみたいになってまうんや。

もうお義母さんて人が見えへんの。

誤解とか行き違い、とか考えすぎとか。

外から見たら一目瞭然のことかて。

傷の合間からしか相手の事が見えんようになってんねんから
・・・ホンマのとこ、わかれへんねん。

痛かった事が傷から覗くときにフィルターになる。

前はこうやった、あの時はこう言うた。

イヤな思い出がいつもどっかでフラッシュバックしてる。

向こうから見たってそうやろ。

ウチらはお互いに傷つけおうた
(って言うてもウチは傷つけた覚えなんかないけど。)
スリガラス挟んでしか、相手のことは見れてへんのんや。

お互いのために。
みんなのために。
奏人のために。

自分のために。

こんなガラスはぶち壊して、ホンネでお義母さんと話すときが来てる。

言い争うことになるやろし、腹立つこと、いっぱい言われるやろ。

覚悟はしてきた。

いっぺん、なんもかも壊してしもて作り変えるんや。

どっかの与党の総裁のセリフやな。

髪の毛タテガミみたいに振りかざして
ああも勇ましく、自分の思いを貫けるんか?


このまま、のらりくらりと上手に付き合うて行ったら・・・・。

多分。

この人が寝たきりになったときとかにウチ、
とんでもないことするような気がする。

「そう言えば由香子さんもデパートに勤めてたんだってねぇ?」
「デパガっちゅうヤツだわなぁ。」

「ええ、まぁ。」

考え込んでぼおっとしてたから、声をかけられてちょっと驚く。

お義父さんの弟さんの武弘おじさん。
そのいとこにあたる雄三おじさん、そして義父は顔だけやなく、話し方も声もそっくりや。

貴信も年行ったらこんな感じになるんやろ。

「デパートって言ってもねぇ。由香子さんは受付嬢でしょ?
 座ってにこにこしてるだけでいいお仕事よねぇ。
 やっぱりキレイな子は得だわぁ。」

と、お義母さんはおばさん仲間とけたけた大笑いしてくれる。

何がそんなに面白いんよ!
キレイとか言われてもアテツケにしか聞こえへん。

「座ってばかりでもないんですけどね。」

と、おじさんたちに話しかける。
もちろん、ウチの仕事をバカにしてくれたお義母さんへのささやかーな抵抗や。

「中には毎日いらして、肩を揉んで欲しいっておっしゃるおばあちゃまもいらっしゃったんですよー。」

「へぇー。他には?」

「そうですねぇ。あの売り場の店員さんの名前と連絡先は?って聞かれたりしましたね。 
 野球チームのない百貨店でしたので、どこそこのチームのバックにつけって言われたりとか。」

「そーりゃあ、受付の女の子に言ってもなぁ。」

「なに、なんか口実作って若い子と話したいんだって。」

「地下街のお肉屋さんのハムはどこのが一番美味しいかとか、ほんとにもう色々聞かれましたよ。
 彼女へのプレゼントの相談を受けたこともありますし。」

「そんなのよその女の子に聞くバカが彼氏じゃ気の毒だわねぇ。」

おばさん方も話に乗ってきて、あれこれと話が弾んできた。

「外商さんじゃあ、そんな変わったお客はいないだろうね。」
「でも一軒、すごーく怖いお姑さんがいらして、貴信さんが伺ってても知らん顔でケンカされてたりするって。」

・・・ちょっとマズかったかな、と思ったけど、

「いやぁねぇ。貴信がそんな家に行くなんて。
 その家の人もずいぶんな恥知らずじゃない、ねぇ。」

と、お義母さんが言い出したので・・・・あぁ、この人って全然自覚ないねんなってようわかった。

反対にお義父さんが微妙な顔でこっちを見てる。

とりあえず笑ってみた。

「そう言えば、ここの死んだばぁさんも怖かったよなぁ。」と雄三おじさんがなぜか小声で言う。

「おふくろか。・・・うん、息子から見ても怖かったわ。
 オレさっさと学校出て、一人どっかで暮らそうと思うたもん。」

「その点、正弘は自分の嫁さんだからしょうがなかったわいなぁ。」

ふーん。

お義母さんの姑さん、ホンマにキツかったんや。
まんざら「不幸自慢」やなかってんな。

「この人は、仕事仕事でしたからねぇ。
 ここにいる友達がどんなに助けてくれたか・・・。」

「何言ってるの、どっこもみんな似たようなもんだったじゃない。」

「そうそう、商店街に行く時間合わせて。
 買い物しながらよく愚痴言ったわよねぇ。」

昔も今もやってることは一緒やねんな。

「だからね、嫁にはあんまり口出ししないでいるの。
 頭、半分金髪で言いたいことは山ほどあるんだけどね。」

と、確か名高さんとか言うおばさんが言い出した。
あなたの白髪染めもなかなかすごい色してますけど?

「家は言いたいことははっきり言うわぁ、嫁が強い強い。
 だから負けられないでしょう?でも後に残らなくっていいわよ。」

・・・森下さんやっけ?
いつか刃傷沙汰にならんように気をつけてください。

「私もね、由香子さんには好きにしてもらいたいって思ってるの。」

は?

「でもついつい心配でねー。」

はぁ!?

「やっぱり離れて暮らしてるとどうしても気になるのよね。
 由香子さんだって、わからないことばかりだと心細いだろうし。」

へっ!?何がですか!?

「志ぃちゃんは気ぃ遣いすぎなんよ。」

・・・・えーっと・・・。

「由香子さんはおっとりタイプだしかわいらしいから、ついついお世話焼きたくなるんでしょう?」

誰が?

「だけどねぇ、もう奏人もいるし。
 この子たちにも立派にひとり立ちしてもらわなくっちゃ。
 だからあんまり口出さないでおこうって決めてるの。」

「そうねぇ、いつまでも甘やかすのは愛情じゃあないよ。」

「そうそう嫁のやり方を見ててやるのが姑の器量よぉ。」

・・・このおばはんら。

どこまで言うんや、その口は!!

いっつもウォーキングの時、嫁の悪口言いたい放題言うてはるん、
めっちゃ聞こえてるんですけどーっ!!!

「ほらほらぁ、奏ちゃんー。あばばばばばぁ。
 かわいいねぇ、貴信ちゃんそっくりじゃないのー。」

「あらぁ、私に似てない?目元なんか。」

「そうかなぁ清水さんの家の顔じゃない?」

「・・・それより、ちょっと匂う?」

「うん、少し。・・・・ねぇ、由香子さん。」

要するにそろそろ飽きてきたんや。
別ににおいせぇへんし、育児してきたこのおばはん連中やったら
それくらいのことはわかるやろうに。

でもこっちにしたかてちょうどええ。

もうばばー達の自分勝手な妄想には付き合いきれんとこや。

素直に下がらせてもらお。

「はい。じゃあそろそろ連れて行きます。
 ごゆっくりなさってください。」

「ちょお、ワシあんまり抱っこしてないが。」

「壊しそうだからイヤってすぐに離したんは自分だろうが。」

そういってくれるおじさん達にむかって笑いながら
奏人を抱いて、部屋を出た。

さすがにこっちの連中には笑えんわ。

「あの笑い方って、いかにもって感じよね。」
「そうねぇ、仕事柄笑顔が顔に貼り付いてるみたいな。」
「筋肉があのまま固まっちゃったんじゃない?」

・・・聞こえてますけど!?

「あ、由香子さぁん。後でいいから皆さんにお茶おかわりお願いね。」

そんな声ださなくっても充分!いらないことまで聞こえてますってば。

それより奏人おるのにどないしてお茶持って来いって言うねん。

・・・なんか入れるで。


奏人はまだお腹がすいてないんか機嫌よくしてくれてる。

一応、おむつも見てみたけどまだ出てへん。
クッションを3つ、床において奏人を転がすと
抱っこしてもらえると思っていたみたいで
「あぐー!あぐぅ!」と抗議の声をあげた。

「ちょお待っとってな。お茶出したら抱っこしたげるからな。」

小さいあんたより年寄りの飲みもんのほうがガマン利かへんねん。

老い先短いから待ってるヒマないんや・・・なぁんてね。

ブラックなことを考えながら食器棚に目をやると
いかにも素人の手焼きという感じの湯飲みが置いてある。

確か前はここに竹の節の形にデザインした湯飲みのセットがあったはずやのに。
青色で光沢のある少し背の高いそれは、手焼きの湯飲みの奥に追いやられてた。

・・・うっかり割ったら殺されるかも?

ごろごろした湯飲みをテーブルに一つずつ置き
手を伸ばして青い湯飲みを八つ取り出す。

入れ替わりに片付けるときも丁寧にした・・・ひょいとひとつ裏返すと
爪楊枝かなんかで引っかいた字で「志」と書いてある。

ひょっとしてコレでお茶出さなマズいかなぁ?
でも使って文句言われてもキツいし。

ええわ。
どうせ6個しかあれへんし、はっきり言うて人様に出せるシロモンやないし。

さっさとお茶だしてしもて、奏人に癒してもーらおっと。

ついでに、来客分だけ焼き菓子を小さい袋に入れとく。
欲しい人は持って帰るやろ。

あのおばはん軍団にはサービスしすぎてしすぎる言うことはない。
そんで褒めてくれたりはせんけどな。

手ぶらで帰らして悪口ネタ提供したくないだけや。

片手にお茶のトレイ。
もう片方で小袋を入れた袋を持ってリビングに戻る。

どうぞ、とかなんとか言いながら今度はさっさと順番にお茶を並べて行った。

「あら、由香子さん。これじゃないお湯のみ出してあったでしょ?」

来た!

やっぱり使わなあかんかったんか!?

「ええ、でも人数分に足りなかったものですから。」

内心冷や汗をかきながらもやり過ごす。

「別に私達には普段のお湯のみで出してくれてもよかったのに。」

絶対、普段やったら揃いの食器で出さな文句言うやん。

それやったら先にそない言うとってよ。
あんたの自慢したい気分まで読め言うんは無理やって!

「あらぁ、由香子さん気を使って出さなかったのよねぇ。」
嫁とは対等に言いたいことを言い合うとか言う名高さんや。

「はぁ。」・・・なんやろ?

「ほら、由香子さんから見てもイマイチなのよ。」

「え!?ウチ、あ、あ、私はそんなことは。」

なんちゅうこと言うんよ、ちょっと!
言いたい事じゃなくって余計な事いいまくってんのん丸わかりや!

「なぁにぃ?先生から作品展に出さないかって言われてるのひがんでるのね?」

「冗談よ。志ぃちゃん。それよりそれは?由香子さん。」

「そこのお菓子をちょっと入れてきました。
もしよかったらお家で召し上がってください。」

「そう?ありがと。じゃあ今日たっちゃんが来てないからその分ももらっていくわね。」

どーぞご勝手に。

評判の悪い愛想笑いをうかべながら、そそくさとダイニングに戻った。

「あー。奏人ぉ・・・抱っこしよぉ!」

お利口にしていた奏人を抱き上げて顔にすりすりする。

「もー、ちょっとお茶出すだけでなんでこんなしんどいんやろ、なぁ?」

なぁと言われても全く訳のわからない奏は胸のところにぐいぐい顔を押し付けてくる。

「ごめんごめん、おっぱっぱしよっか。」

赤ちゃん言葉でおっぱいあげよう、と言うとそっちはちゃんと理解して
口を開けたりもぐもぐさせて、早くして!と催促してきた。

「よしよーし。」

片手で奏を抱き、自分のために入れておいたお茶をテーブルに運んでそれから腰かける。

毎度のことながら奏がおっぱいを欲しがると条件反射で胸が張る。

初めの内こそあんまり出やんで混合にせな足らんかったけど
本来はいっぱい出る体質みたいや。

奏に含ませると反対側の乳房からシャワーみたいに母乳が噴き出してくるからタオルは必需品。

これでなんぼかロスしてても授乳がすんだら絞って捨ててる。

大阪やったら搾乳器でゆっくり絞ってられるけどここじゃあ無理やわな。

乳腺炎でもなったら困るから最低限は処理したいけど・・・。
やっぱりトイレでこっそり、かなぁ。

「はぁい、今度はこっちやでー。」

くるっと奏に体の向きをかえてやる。

いっぱい出てるから授乳時間があんまりかからんのはお得やな。

最近、重くなってきたし授乳の後って特に重いから
長いこと抱いてるんはしんどいんよね。

と、思ってたら移動と老人接待で疲れたのか
まだいつもほどは飲んでへん感じやのに寝てしもた。

ちょうどええわ。
二階へ逃げたろー、とお茶を飲み干し奏人を抱いたまま立ち上がった。

廊下に出ると、お義母さんに出くわした。

そこに立ってる義母の目はいつもに増してつりあがり
眉根をぎっと寄せて、不愉快そのものという顔をこっちに向けていた。

「奏ちゃんは眠ったの?」

押し込むような話し方。

「ええ、二階へ連れて行きます。」

さっさとやり過ごしてしまおうとしたけど通り道をふさがれる格好になった。

「なにか?」

聞きたくもないけど聞かんなしゃあない。

「余計なことをしたわね。・・・いえ、あなたなりに考えたんでしょうから
それはまぁ堪えてあげます。」

「あの、どうかしたんでしょうか?」

「本当にわかってないの?それとも嫌がらせのつもりなの?
こんな事をしたって恥をかくのはあなたのほうなのよ。」

眠ってる奏やリビングのお客さんに気を使って抑え気味に話す分、
義母の口からはぎりぎり言う歯軋りの音が聞こえそうや。

「お湯のみの事でしょうか・・・あの、使っていいものかどうか知りませんでしたので。」

「そんな事じゃないわ。あなたがいい格好して用意した手土産の事よ。」

やりすぎた?

ううん、この義母の性格を考えたらアタリのはずや。
それともウチが用意した事で、お義母さんがええ顔する機会取ってしもた言う事か?

ともかく謝ってまえ。

「すいません、差し出がましかったでしょうか?」

「・・・過ぎたるは、って言うんじゃないわね。
帯に短し、かしら?
由香子さんのお気遣いは中途半端なの。わかる?
あなたのおかげでお客様のほうが気を遣うはめになるの。
きちんとできないなら、何もしないほうがはるかにマシよ!」

ピシャっと言い切られたけど、待ってよ。ウチ何がそんなに悪い訳?

「あの本当にすいません。何の事か教えていただけますか?」

「ふん。あなた名高の奥さんと話してた事覚えてないの?
それとも私の友達の話なんてまともに聞く気はさらさらないって事かしら。」

「いえ、そんな事はありませんけど。」

返事しながら記憶を手繰る。
ウチ、なんか変な事言うたっけ?

「あなたが用意してくださったお土産。
名高さんが立川さんの分も持って帰るって話してたの聞いてたでしょ?
何人分用意してるかわかってるんだから、名高さんがそう言ったら
すぐにもうひとつ用意するべきじゃないの。」

「あっ・・・。」

「さぁ、帰ろうって段になって小袋わけたらひとつ足りないの。
雄三さんはウチの家内は糖尿だからって譲ってくださったけど・・・。
わかる?かえってお客様に迷惑かけてるのよ。」

迷惑って、それは言いすぎとちゃうん?

それやったら自分で取りに来たってええやん。
文句言いに来れるんやったら。

「すいません、奏人の授乳で手が離せなくって・・・。」

「奏ちゃんのせいにするの?あなたが気がつかなかったんでしょ。
まだおしゃべりが長引いて帰られそうにないから、由香子さん。
お菓子持ってお詫びしてきなさい。
奏ちゃんは私が見ててあげますから。」

後頭部の血管がぶっちんと音を立てた。
突き刺すような頭痛がする。
耳の奥で地鳴りがする・・・。

もう我慢でけへん。

「なんでそこまで言われなアカンのですかっ。」

「えぇ?何を言ってるの、あなた。」

「どうしてここまで好き勝手言われなきゃいけないんですかって言うてるんです。
貴信さんも理恵さんも出かけてるのは知ってはるでしょ?
おかわりのお茶お出しするの、奏人をほったらかしにしなきゃいけないから気がせいてたんです。
それでもできるだけはしたつもりです。
お菓子が足りなくなるのに気が回らなかったのが、それほどの事なんですか?」

「そんなに興奮するんじゃありませんよ。大人気ない。」

「お菓子のひとつふたつでそんな文句おっしゃるのも大人気ないと思いますけど。」

「だったら初めっから気の利くふりなんかしなきゃいいでしょう。
付け焼刃だからボロが出るんです。
いいからさっさとお詫びしてきなさい。」

「イヤです。」

「行きなさいって言ってるの、ほら奏ちゃん渡しなさい。」

「イヤですっ。」

睨み合う。

「くだらない意地は張らないの。あなたの為でしょ。」

「 しょおもないのはそっちの方じゃないんですか?」

大体、ええ年した大人が友達のお菓子も貰って帰るとか
小学生みたいな事言い出すからこないなるんやんか。

人数分なかったら来てない人のんなんか返したらええねん。

あんたの友達やねんから、あんたがどないかしぃや!

「奏人、寝かせに行くんです。通してください。」

「ちょ・・・!待ちなさい。」

「お帰りの時にはお見送りに出ますから。」

顔も見たないわ!このババぁ!!

奏を抱いてる腕でぐいと義母を押しのけるようにしてその場を離れた。

2階のウチら用の和室に入って奏人を布団に寝かせるとウチはそのまま座り込んでしもた。

自分の気持ちやなんかとは関係なく涙がにじんで来て、冷たくなった手が細かく震えてる。

やってもた・・・・。

それも予定と全然違う形で。

あれもこれも言うたんねん、と思いすぎてたせいなんか?
いつもやったらどないか我慢できた事かも知れん。

つっかかったろ言う気持ちがあるから抑え利かんかったんや。

・・・ちゃうな。

やっぱり腹立つ。

ウチの事、なんやと思うてるんよ。
ええ加減にして欲しい。

奏人かて、あんたらのおもちゃやない。

こんなとこまで呼びつけて。

自分の仕込んだ召使いの発表会でもしてる気なんやろか?

「こんな芸もできるようになりました。
 回路がイマイチだから苦労してるんですよ。
 あら、また失敗したから電圧でも変えてみようかしらね。」

白衣を着たばばぁがそう言ってるような気にさえなる。

「かわいいでしょー。ウチのムスコの子なのよ。 
 ええ、私の孫ですからね、しっかり教育しなくっちゃ。
 あのできそこないロボットには身の回りの世話で充分ね。」

おもんない妄想や。

せやけどちょっとリアルやない?

今、多分ウチ変な顔してるんやろな・・・。

お義母さんには後で思いっきりなんか言われるやろ。
どうせ今回は半分けんかしに来たようなもんや・・・。

そっちは置いといて、お客さんのお見送りは行かんと。

奏の為に集まってくれてるんやし・・・おばはん連中はどんなつもりで来たんか知らんけど、おじさんらにはキチンとしやな。

ふすまを15cmほど開けて洗面台に顔を洗いに行く。
2階にもトイレや洗面台があるんは便利や。

まぁ、このトイレを口実に大きなネズミが立ち聞きに来たりするんやけどな。

ついでにまだがちがちに張ったままのおっぱいも処分する。

持ってきた搾乳器とタオルを洗って部屋に戻りかけると貴信の姿が見えた。

「あれ?」

奏人が一人で寝てるからウチを探してる。

「ごめん、今トイレ行っててん。」

と、貴信の後ろから声をかけた。

「ちょっと入れよ。」

「え?もうすぐみんな帰りはると思うから、あんた帰ってんねんやったら
ウチ下降りとくけど?」

貴信が奏人についとってくれたら、キッチンから玄関の様子がすぐ察知できる。

「いいよ、お前は。今、俺が顔出しして奏人寝かしつけてるからって説明しておいたから。」

・・・なんか機嫌悪い。

「ふーん、ほんならもうええねんな。」

「もういいって、なんだよ。お前かあさんに何言った訳?」

「何って・・・。」

「帰って居間に顔出しするなりかあさんにキッチンに呼ばれてさぁ。
 なんであんなに怒らせるんだよ。
 かあさんが難しいのはわかってるし、お前には悪いって思うけど、もっとうまくやってくれよ。
 客来てんだろ?
 なんでわざわざそんな時にもめごと起こす訳!?」

「待ってよ、ウチがもめごと起こした訳じゃないって。」

「かあさんと言いあいして、ここに籠ってるって事はもめたって事だろ?」

「ちゃうねんて。ちょっとウチの話も聞いてよ。」

「カンベンしてくれ。どうせかあさんの悪口だろ?」

「悪口ちゃうって、ホンマの事やもん。」

「何か言われたって適当に聞き流してうまくあしらってよ。できるだろ、そのくらい。」

「お店のお客さんとはちゃうわっ。」

「割り切れよ。怒らせたって損するのは自分の方だってわかってるんだろ?
 わがままなお得意様とでも思えばいいじゃん。」

「家族ってそんなんちゃうやん!」

「家族家族ってお前が一番思ってないくせに、勝手なときだけそんな風に言うなよ。」

「ウチは考えてるよ!でもお義母さんが・・・っ。」

「あんまりでかい声出すなって。奏が起きるし、下にも聞こえる。」

ウチは半べそかきながら、それでも声は抑えて訴える。

「ウチ、ちゃんとしてるやん。せやのに・・・。」

「かあさんから聞いたよ。

 由香子、無理やり自分の土産出してきたり、
 かあさんの友達はそっちのけでおじさんばっかりと話してたんだろ?

 それでもかあさん黙って見てたって言うじゃん。
 お前なりに頑張って接待しようとしてるから我慢してたのに、
 ちょっと失敗を教えたらむくれて2階にこもっちゃったって。」

「なんで、それ違うって!ウチの話も聞いてぇや。」

「いいって。聞かなくってもわかるから。

 かあさんが自分の都合のいいように言ってるって言いたいんだろ?
 由香子にも言い分があるんだろうけどさぁ、オレ疲れてんの。
 いちいち細かい事なんてカンベンしてよ。」

「なんも聞かんと勝手に決めんとってよ。」

「聞け聞けって・・・・。 
 身内の悪口ばっかり聞かされてるオレの身にもなってみろよ。

 飛行機と電車乗り継いで山梨まで来てさぁ、いきなり理恵とかあさんに愚痴やら文句聞かされて。

 その上お前までなんてほんと身がもたないよ。」  

「ウチの気持ちなんかどうでもええって言う事なん・・・・?」

「そんな事言ってないだろ?
 でも誰がこう言ったああ言われたとか、そんな話ばっかり聞くのもツライんだって。
 オレがそこにいたわけでもないんだから、どっちが正しいとか言えるわけじゃないんだし。
 お前が頑張ってるのはよくわかってるし、かあさんがご都合主義なのもわかってる。
 だから」

「だから?もっと上手く立ち回れって?
 みんなに言われたい放題言われても何にも感じんと、何も考えんと
 忠実に言うこと聞くロボットでおれって、そういいたいの?

 あんたにしか聞いてもらえん事やのに、面倒な事は聞かせないでくれって、そう言うこと? 

 そろいも揃って、あんたらウチの事なんやと思てる訳?」


「待てって、逆ギレすんなよ。」

「なにが逆なんよ、なんでもかんでもウチが悪いとでも言うんか?」

「由香子だけが悪いんじゃないのはわかってるよ。
 ただ疲れてるときくらいはカンベンしてくれって言ってるだけじゃん。」

「じゃあウチは疲れへん訳?
 こっちへ着いてすぐでも、奏人がおっても黙って家のことするんが当たり前なん?
 しんどくっても愚痴も言われへんの?」

「・・・わかった。悪かったよ。」

「わかってへん!」

うるさくなって面倒になってきたらとりあえず謝んねん、こいつは。

「ウチの話なんか聞く気もないんやろ。」

「聞くよ・・・・、ほら。」

「ほらって言われてはい、そうですかって喋れるかいな。」

「どっちなんだよ。」

「もうええ、後で直接言うから。」

「それはやめようよ。」

「とことん言いたい事言うねんっ、ほっといて。」

「オレがちゃんと話しとくから、な。わざわざ騒ぎを大きくする事ないだろ?」

「あんたの話しとくなんかアテになれへんわ。
 もともとお義母さんにはウチらに干渉せんといてって言いにきたんや。」

「なにもモメるような事言わないでも、当たり障りなくやっていけるだろ。
 オレもちゃんとお前の話聞くようにするからさ。」

このオトコは・・・っ、どこまでも親離れでけへんのんか。
こっちから干渉すんなって言うたら、今回の車みたいな援助はもう頼まれへんもんな。
あんたの「うまくやろう」なんか見え透いてんねん。

「当たりも障りもウチにはあんのっ。」

「ちょっと落ち着けよ・・・・・あ。」

下からお義母さんの裏声が聞こえてきた。

「貴信、由香子さんー、降りてこられるかしらぁ?」

階段を上りながららしく、とんとんと言う足音と一緒に声が大きくなってくる。
リビングに聞こえる事を見こしてのよそ行きの話し方や。

ふすまをカラリと開けたお義母さんの顔は能面みたいやった。
無表情なまま、やさしげな調子で話しはじめる。

出来損ないの腹話術や。

「お客様がお帰りなの、由香子さん降りてよくご挨拶してきなさい。
 貴信は、奏ちゃんが寝てるなら・・・そうね。
 私が見ててあげるから、お見送りしてくる?」

「オレ行くわ、由香子が奏人見ててよ。」

「あら、由香子さんはダメよ、ねぇ?」

と、思いっきり含みを込めた目でウチの方を見る。

「いいよ。かあさん降りよう。」

そう言って貴信が立ち上がると、不承不承お義母さんは貴信について行った。

お義母さんは貴信の機嫌を損ねるような事はせぇへん。
なんやかんや言うて、結局は貴信の言うのには従う。

お義父さんの身内の前ではごっついええ嫁ぶってるみたいやから
今回みたいにおじさんに気ぃ遣わせた言うんは、この人のプライドが許さへんのやろな。

あくまでしっかりもののできた嫁でおりたいんや。

たぶん、おじさんのほうはどうも思うてないと思う。

それでもウチからおじさんに頭下げさして
私はしっかり躾してます、本人の失敗ですってアピールしたいねん。

自分の対面は守りたいんや。

そんな大事な大事な対面よりも貴信の一言は優先される。

お義父さんよりよっぽど「この家の主」って感じ。

いつでもいつまでも大事な息子。
子離れなんて言葉、考えた事もないやろ。




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