嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(嵐の前)



貴信が止めたのか、お義母さんの意思なんか。

明日のお祝いの前に、お互い気分が悪くなるような話はやめようって言う事らしい。

まんじりと。

言いたい事どころか世間話すらなく、目線も合わせず。
お義母さんもウチもまるで相手が見えてへんかのようにふるもうた。

必要最低限の事務的な会話。

頭の中は破裂しそうなくらい、いっぱいの言葉が渦を巻いてる。

「奏人のお祝いを台無しにしたいのか?」

貴信にそう言われたら、それ以上は言われへんようになった。

明日の晩?
あさって。

こらえきれるもんやろか?

義母は気持ち悪いくらいの猫なで声で、なにくれとなく貴信や奏人の世話をやいている。
理恵さんは、どうしたの、とか聞いてくるけどおもしろ半分て感じ。

お義父さんは・・・貴信と一緒や、知ってて知らん顔してる。

なんか言いたげやけど、触らぬ神にたたりなしを決め込むことにしたんやろ。

そっくりや、この父子。

お義母さんが「嫁」やった頃からこうなんやろか?
自分の母親と妻がモメてても気付かんふりで。

父子でおんなじ事繰り返すんやったら、ウチら女の歴史も繰り返すんちゃうやろか。

ダンナがアテにならへんから息子に必死になってまうねん。
こんな状態やったらウチでも貴信より奏人のほうに気持ちが入るわ。

ほんで30年経ったら、ウチが奏人の奥さんいびってたりして・・・。

いややなぁ。

家事をしながら、奏の事をしながらもずっと考えてる。

布団に入る時間になっても頭が冴えすぎてて、全然寝る気にはなれんかった。

「オレ、ほんっとくたびれたから寝るよ。
 由香子もいい加減、怒るのやめて休まないと。」

貴信の口先だけの心配に適当に相槌を打って、奏人の横に寝転んだ。

真っ暗やないと寝られへん、と貴信は言うけど
夜中の授乳のときに、真っ暗では何かと不便や。

いつもは真っ暗にして、貴信が寝込んでから明かりをつけるんやけど
今日は照明消さんと、ほっといたった。

それでも寝てるやん、ぐーすかと。

このワカランチンのほっぺでもひねってやりたい・・・・。
でも起きそうやし。

30分ほど様子見て、完全に寝たとこで足のすね蹴ったった。

すぐに寝たふりしたけど、貴信はまったく起きる気配はない。
もっと思いっきり蹴ったらよかったわ。

いろんな事を考えたり、奏のおっぱいとかをやってるうちにすぐに夜が明けた。

まだ5時にもなってへんけど、身支度しようと廊下に出ると。

そこにお義母さんが立っていた・・・。

「な、何してるんですか!?こんなトコでっ。」

薄暗い中でただ立っているその姿は、まさに幽霊やった。
土色の肌。
表情のない顔。

「覗きや立ち聞きみたいに言わないで頂戴。」

「自分でおっしゃったら言い訳みたいに聞こえますよ。」

よくよくウチを待ち伏せるんが好きなんやろか?
昨日の昼間の廊下での事を思い出して、精一杯の皮肉を言うてやった。

「由香子さんもたいていひねくれてるわね。」

「そんな事を言うためにこんな時間から部屋の前にいらしたんですか?」

ずいっと、背の低い姑が下から突き上げるような形で握った手をウチの鼻先に差し出した。

「・・・なんですか?」

「あなたがね、誤解してるみたいだから。」

言いながら開いた手にはティッシュをほそくよじったような紐。
そう、こよりや。
こよりの束が出てきた。

「私一人で行こうかと思ったんだけど、あなたに考え違いしたままでいられると困るから誘いに来たのよ。」

「どこかに行くんですか?」

「支度しなさい、奏人はしばらくは大丈夫なんでしょ?」

・・・なんでそんなんわかるんよ。

「泣くかも知れません。時間かかるんですか?」

「抱いて行くのもかわいそうだしね。
 理恵を起こしておこうかしら。」

「あの・・・奏人の事で理恵さんを起こさなくても、父親の貴信さんが一緒にいるんです。
 朝の支度の間なら貴信さんが起きて奏の事をしてくれますから。」

「そんなの貴信にさせることじゃないでしょ。」

「貴信さんのすることだと思いますけど。」

「・・・来なさい。」

話し声で奏人や貴信が目を覚ますのは困ると思うのは同じやった。
出かけるみたいな様子やから一応、羽織るものも持ってついて降りる。

玄関でなく、キッチンへ向かった。

自分から水を向ける事もないし、と
ウチは黙ってお米を研ぎ始めお義母さんに背中を向ける格好を取った。

「こんなお休みの時はまぁいいとしても、仕事のある日の夜中や朝に貴信に子供のことをさせるのはおかしいでしょう?」

「二人の子供なんですから二人でするのが当たり前だと思っています。」

「男女平等だかなんだか知らないけど、あなたは専業主婦でしょ?
 外で働いてあなたたちを養っている貴信が家でゆっくり休めるようにするのが努めじゃないの?」

「・・・貴信さんもそう思ってくれてますので。」

「あのねぇ、あなたは夫婦や家族ってものを考え違いしているわ。
 自分ばっかり助けてもらおうとして。
 私が貴信と理恵を育てているときには、お父さんにそんな迷惑はかけませんでしたよ。」

「それはお義母さんのやり方ですから。」

「古いとでも言いたいの?
 夫が外で存分に働けるように、妻が家の中でしっかり支えて行く。
 それが助け合いでしょ。」

「考え方は夫婦それぞれと思うんですけど。」

「由香子さんがしているのは助け合いじゃないでしょ。
 子育ては平等にって言うけど、仕事をしている貴信にそんな負担かけるなんて。
 それともあなたは、貴信の仕事を半分背負ってあげてるの?
 だったら平等ね。
 でも違うでしょ、子供のことや私たちの悪口、なんでも貴信に押し付けて。」

「親なんだから二人で子供を育てるのが普通なんじゃないんですか?
 悪口なんて言ってませんけど、困った事があれば話したり愚痴ったり、
 それのどこがヘンなんですか?」

悪口やったら自分こそ散々貴信に言うてるくせに!

「貴信に甘えて頼って・・・じゃああなたは貴信に何をしてくれてるの?」

「何って、ちゃんとやるべき事はやってますけど。」

「あなたを見てると自分のことが一番大事に見えるのよ。
 貴信や奏人、清水の人間にちゃんと愛情があるようには思えないわ。」

「そんなことありませんっ。」

くやしい、なんでこんな事言われんの。

「あなた、私の事キライでしょ?」

あぁ、そやね。実際キライやわ。

「・・・・私が嫌われてると思いますけど。」

「だから考え違いをしてるって言うの。
 これ、なんだかわかる?」

「こよりですか。」

「お百度参りって知ってる?」

「・・・・なんとなくは。」

「私はね、この時間に起きてお百度を踏んでるの。
 そりゃあ毎日じゃないけど、あなた達にはやく子供ができるように。
 妊娠したら子供が元気で生まれるようにって。
 恩を着せるつもりじゃないけど、私が一方的にあなたを嫌ってるなんて思われたままじゃね。」

恩?
着せまくってるやん。

それに、たとえホンマに祈ってても
それはウチがどうとかじゃなくって清水の孫のためでしかない。

自分で言うてて気がつかへんのんか?

「今日も今から行こうかと思って。
 それであなたを呼びに行ったのよ。」

「そうですか、でも朝ごはんの下準備ができたら部屋に戻ります。」

「まあっ!まだこの人は。」

「奏人が起きたら困りますから。」

「・・・とことん私の言う事がわからないみたいね。」

今晩か明日、みんなの前でウチが何か言い出さんように釘刺しに来はった言うんはわかりました・・・・って、
口に出すかどうかちょっと考える。

義母は、いつでもご立派な良妻賢母でいたいらしい。

この人自身の自覚はあるんかどうかは知らんけど、
ウチに対してはどっか後ろ暗いところがあるから、こんなアピールしに来たんや。

でもいきなりお百度参りとか、心配してるとか言うて・・・。
ほんなら何でここにおるん?

朝の支度の必要もないんやし、せっかくこんな早くに起きてんやったら
ウチに構わんと行ってきたらええねん。

実際はそんなん行ったりしてへん、か
してても絶対ウチのことなんかお祈りしてへんと思う。

まぁ、してるとしたら「早く離婚しますように」ってとこやろ。

ほんまはこよりじゃなくってワラ人形でも持ってるんちゃうか。

じっとりした視線を感じながら、お茶とお水を用意して神棚と仏壇にお灯明を上げに行こうとすると

「どうするの?」と義母がいかにも苦々しげに口を開いた。

「どうするって何がですか?」

「神社。行かないのね?」

「そうですね、奏人のところに戻りますので。」

「じゃあ私もやめるわ・・・感謝されないお百度なんて踏んでもご利益はないでしょうから。」

「いえ、お気持ちは有難いと思ってます。」

ホンマに心配してくれてるんやったらね。

お義母さんはお義母さんで「ふん」と鼻を鳴らして、疑いの固まりみたいな顔で視線を外した。

これ以上、この話を続ける気はないらしい。

ウチにしても、こんな陽も上りきってない時分から
本気で言い合いなんかしとうない。

「お宮参りは10時からだから。
9時半には家を出られるようにしてちょうだい。
貴信に、9時に名高さんの家に行って車を借りてきてもらって。
その後は料亭の予約をしてあるからその分の準備もしておきなさい。」

「料亭ですか?」

百日のお食い初め式って家でするんとちゃうん。
わざわざ注文で食器作らせたのに?

ただの食事会?
そんな贅沢する人とは思えんけど。

「お父さんが桜を見ながら個室で食事ができる料亭があるから、そこでお祝いしようっておっしゃったの。」

不満半分自慢半分て言い方やった。

ウチは全部不満や。
せっかくウチの親元が用意したん、どないしてくれんのんな。

むかむかしたけど、ともかくなんとか「はい」と言う返事をひねり出し
お茶を乗せたお盆を持ってキッチンを後にした。

ともかく。

奏人の用事が済むまではおとなしぃ我慢しといたる。




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