嫁様は魔女

嫁様は魔女

硝子窓(転換)


ミルクを飲むとあっさり眠ってしまった。

貴信と二人の夕食。

何喋ったらええんやろ。

「揚げたての天麩羅なんて久しぶりだよなぁ。」
お風呂上りの貴信はビールを片手に、順番に揚がる天麩羅をつまんでる。

もう絶対飲まへんと後悔して泣いたとこやのに、
堂々とお酒飲める貴信はずるいって思うウチはやっぱり変なんかなぁ。

そりゃ母乳やねんし、記憶があいまいになるくらい飲んでまうんはおかしいけど。

でもこうやって当たり前みたいに飲んで気分転換とかできれば
ウチかて夜中こっそり飲んだりせぇへんのに。

別にお酒が飲みたいって言うんやなく、
なんでもかまへんから、ちょっとは息抜きしたいって話やねんけど。

食卓の用意が終わったところでウチは貴信の向かいの席に座った。

「あの。ごめんな・・・もう飲まへんから。」

「大丈夫なのか?」

「うん。なんかこう言うたら変かも知れんけど早く見つけてくれて助かった、って思う。
まだ、自分でヤバイってわかる段階で止めてもらえたから。」

「飲んじゃう原因とかはわかってんだ?」

貴信はグッとビールを飲みながら言う・・・自分はいいんやなぁ。
わかってはいるけどイマイチ納得できんかったりする。

何が原因は?やのよ。
原因なんかアンタかアンタの親に決まってるやんか。

一応は決着みたいな感じにはなってるけど
ウチはそれで『はい、そうですか』って割り切れる性格やない。

思ってた事の半分も伝われへんかったし、納得できる話し合いもしてない。

仲良くやっていける方法をさがそうって思ってたのに
全部だいなしにしたんはあのお義母さんや・・・・とかね。

そんなんを思っててもよう言わんのが、あの夢のモトやと思うし
お酒でも飲まな寝られんかった原因やと思ってる。

ずっと奏と二人でおるんもしんどい。

育児教室とか公園へ行っても
なかなかできあがってるグループの中には入られへんし。

朝起きて掃除と洗濯して、買い物とご飯。
合間の時間はずっと奏人のお守り。
眠ってくれてても、下手に起こしてもうたら大変やから物音立てられへん。
本か新聞を読むんがせいぜい。

そうかと思ったら意味もわからず延々と泣き続ける奏を抱いて
気がついたら2時間経ってたって。

そんな空しい徒労感、想像もつかへんやろ?

誰かとなんか話したくて貴信の帰りを待ってても、ロクに相手してくれるわけちゃうし・・・・。

とか思っても。

「飲んじゃう理由、なぁ・・・。まぁわかってるけど。」

そんな風にお茶を濁してしまう自分がまたイヤや。。

「そう、由香子が自分でわかったって言うなら大丈夫だろ。
オレは信用してるからな。
だけどな、なんかあったらとりあえず話してよ。
気晴らしくらいは付き合うし、そうそう・・・。」

と、貴信はウチらに車を売ってくれた男の子か、
会社の後輩でも家に呼んで飲み会みたいな事でもしようかと言い出した。

そう言う一時的な事とちゃうねんけど。

なかなか通じへんもんやねんなぁ。

気晴らし。

気分転換って言うのでウチの頭の中はアレグロの仕事の話でいっぱいになっていた。

(言うてみようかな。)

お酒に逃げかけてた自分が情けなくって
お店の手伝いなんてとんでもないって考えたけど・・・。

でもよく考えたら、ウチも居場所とか生きがいみたいなん持てたら、
しょうもない事せんでええかも知れん。

「あんな、そしたらちょっと相談やねんけど。」

「なに?」

ウチはアレグロ・ヴィバーチェのオーナーが誘ってくれた新店舗の話を
詳しく貴信に話してみた。

仕事内容、待遇、店の場所とかコンセプト。

それに市役所に電話して聞いた保育園の入所状況なんかも説明する。

貴信は興味ありそうに質問を2つほど取り混ぜて聞いてくれた・・・けど。

「面白い話だったね。」

「だった・・・って。」

「由香子はまだ働く事ないじゃん。」

「え、でもチャンスやのに・・・・。」

「だって。奏人、今何ヶ月だよ。
保育園は最低でも生後半年からなんだろ?」

「今から入所手続きして・・・・入れるかどうかは聞いてみやなわからんけど
でも店がオープンする頃には奏も6ヶ月になってるし。」

「そう、まだ6ヶ月だよ。
そんな子保育園に預けてまで母親のお前が働きに行く必要はないじゃん。
別に生活費に困ってるわけじゃないし。
 かわいそうだろ。」

「かわいそうばっかりちゃうと思う。
いっぱい人と触れ合って、お友達もできるねんで。
ウチかってずっと奏と二人だけやったらしんどいときあるし。
生活の張りみたいなんが欲しいんよ。」

「悪いけど。それは由香子、わがままだよ。
母親だろ?まずそれが最優先じゃん?
保育園で誰かにまかせたりしないで、ちゃんとお前の手で育ててやるべきじゃないの?
おっぱいひとつにしたってさぁ、家で育てれば母乳で育児できるけど
保育園に行ったらその間はミルクになるんだろ?」

「それはそうやけど・・・。」

ウチもそれは一番ひっかかってるところや。

「でもこのまま家におったら不安って言うか。
なんか世の中からほって行かれてるような気になんねん。」

「そんなのどこの母親だって一緒じゃないか。
由香子だけが家で子育てしてるんじゃないだろ。
オレが子供の頃はいつでもかあさんは家にいてくれたけど?」

「は!?」

まぁーた、お義母さん!?あ、そう!?

カチンと来たのがわかったんやろう。
慌てて貴信が取り繕う。

「いや。物騒だしさ、いろいろ変な事件多いし。
家に帰ったら母親が出迎えてくれるのが理想とかって言うじゃん。

 それにまだあんなに小さいうちから仕事したら、由香子が疲れるんじゃない?」

「保育園に赤ちゃん預けて仕事と子育て両立してる人もいっぱいおるよ。」

「ヨソにはヨソの事情があるでしょ。
ウチがそれに倣う必要なんかないし。」

お義母さんに倣う必要もないねんけど?

「ともかくこの話はムリだね。
オレの休みも不定期だし、二人しか店の人間がいないなんて主婦のお前には責任が重すぎる。
奏人が熱でもだしたらどうするの?」

はいはい、ごもっとも。
でもその正論を素直に受け入れるのは面白くなかった。

だって、そもそもアンタがウチのことほったらかしにしてるんが悪いんやん。

「最悪、高城の親に頼むって方法もあるし。」と、
ウチはまるで説得力のない思いつきを口にした。

「そこまでしなきゃいけないってのがおかしいよ。
 オレは今は家で母親に専念するべきだと思う。
勤めに出たいなら構わないけど
 奏人が幼稚園なり小学校に入ってから手の空いた時間内にして欲しい。」

なによ、自分はたまにしか父親してないくせに。
言う事だけは筋道通っていやらしいわ!!

「あのさ、どうせ仕事始めたら『仕事のせいで家事さぼってる』って思われたくなくって
今まで以上に家事するんだろ、由香子は。」

しょおもないところだけはわかってるし。

「そんで余計なストレス抱えて、それこそヤケ酒で依存症とかになったら
目もあてらんないじゃん?」

「家におるとストレスたまるから外に出たいって言うてんねんけど。」

「なんで専業主婦でストレスたまるんだよ?」

「なんて!?」

これには本気で腹がたった。

そら今日はいろいろウチが悪いんか知らんけど、
言うてええ事と悪い事あるんちゃうん!?

「いっつも仕事って家におらんアンタに何がわかるんよ!
 誰ともマトモに話もせんと一日終わるウチの気持ち考えた事あるん?
自分はええよ。
会社行って仕事もあって帰りに遊びにも行って。
帰ってきたって本かビデオ見て、好きなときにお風呂入って勝手に寝て!
 ほんでめんどくさい事は全部ウチがやんねん。 
夜中、奏が起きて泣いてたって気づきもせぇへんくせに。」

「待ってよ。
オレだって遊びほうけてるんじゃないんだぜ?
帰りに飲みに行くのだってつきあいで、仕事の延長じゃんか。
家に帰ったら休みたいし、疲れてたら目が覚めないときもあるって。」

「ウチは黙って働くおさんどんマシンちゃうねんで。」

「わかってるよ。」

「喋ろうって思ったってアンタは飲んですぐ寝てまうやん。
ウチのことほっとくんやったら、せめて外に出ていくぐらい認めてよ。
全然会話のないような生活耐えられへんわ。」

「家の中のことと仕事の話は別問題だろ?」

「こんな生活しとったら逃げ場ないから言うてんの。
ずっと閉じ込めてたら、キッチンドランカーになったるからね。」

「お前なぁ・・・・自分でもムチャクチャ言ってるってわかってるだろ。」

ふん。聞こえへんわっ!

「ほら、そうやって黙る。」

うるさいなぁ。

「まず奏人の事が最優先ってちゃんとわかってるよなあ。」

わかってるわ。

「その仕事は現実的に無理ってのも感じてるんだろ?」

時間調整してもらうもん。

「いい話だし、わざわざ由香子にって言ってくれてありがたいけどさ。
無理してスタートしたとして、実際に負担かかるのは相棒の人だろ?
そう言うのは由香子のやり方じゃないんじゃない?」

むかつく。

「・・・頑固だなぁ。こっち向けよ。」

なんやのんな。

「あそこのオーナーにはよくしてもらってるからなぁ。
わかるよ、その気持ちは。」

ああ、こう言うところが腹たつんや、コイツ。

「結果的に無理でした、の方が迷惑かけるんじゃないかなぁ。」

「もう!!わかってるわ、そんなん。」

「そうだよね。」

得たり、って感じで貴信は笑った。

「無理なんはわかってるわ!
保育園はキャンセル待ちで途中入園は無理やし。
外は出たいけど、奏がちいさいのもわかってる。
 ウチかって離れたくないわ。
せやけど家の中で子守だけして、年とるん待つんがどんだけ怖いと思うんよ?」

「また何か機会はあるよ。
なんなら百貨店でパートに入ればいいじゃんか。」

「でも、こんないい仕事・・・せっかくやりがいありそうな話やのに。
最初で最後やで?
断ったら、次があってもオーナーが声かけてくれるはずないやん。」

「さぁ、それは断り方次第だし、状況にもよるし。」

「奏が幼稚園行く頃にはウチ30越えてんねんで?
そうなったらちゃんと雇ってくれるとことかあれへんわ。」

「まぁ選べる仕事は減るかもなぁ。」

「せっかく認めてもらえてんからやってみたいって思うやん。夢みたいな話でも。」

「うん。」

「せやのに、なんでそんな反対とかするんよ。」

「なんでって。」

「仕事して頑張ってるおかあさん見せるんもいいって言うやん。」

「でも、それはもうちょっと奏人が大きくなってからのほうがいい。
 由香子だってわかるだろ?」

焦るな、と貴信は言うた。

マトモに考えたら無理、貴信の言うとおりやって思ったけど
認めたくないからちょっといろいろ駄々をこねてみた。

貴信はウチの口調とかでホンキで言うてるんやないのがわかってんやろう。

説教っぽい事は言わずに、リラックスした軽口でウチの言う事をいなしてる。

そのままウチらはダラダラ夜中の12時くらいまで喋り続けた。

貴信の得意先の人の話とか、芸能人のうわさとか
奏人が電車をじーっと見てたとか。

そんなどうって事ない話。

でもこうやって誰かと話す時間がウチには必要で、
それはアンタが思ってるよりずっと重くて大事な事やと貴信に言うてみた。

そして仕事は断る、
その交換条件にこうやって話す時間を作って欲しいって頼んだ。

貴信は『買い物依存症で破産されたら困るしな』と冗談まじりだったけど
一応はわかってくれた・・・んかなぁ。

まぁ先に休むからと、自分の飲んだビール缶だけでも片付けて行ってくれたんやから
前進してるって言えばしてるんやろ。

・・・しゃあないよな。

どっちみちあかん話やってんし。

でもこんなとき妙に諦めのいい自分の性格がうらめしかった。

もっと粘って調整したらどうにかなったかも知れんのに
・・・ウチは最初からどっかで諦めてたんかも。

それとも母親になったらこう言う諦めが当たり前なんかなぁ。

子供のためにって自分のしたいこと諦めてたら
その分、子供に期待するしかなくなるやん。

そしたらお義母さんみたいに子供に執着してしまうんやろか?

お義父さんはそっちのけで
貴信と理恵さんに必死なお義母さんを思い出してげんなりした気持ちになった。

このまま寝たらまた夢に出そうや。

でもまさか寝酒って訳にいかんから
アロマキャンドル浮かべたお風呂でも入って寝よう。

つくづくネガティブやなぁ、ウチって。

ちょっと贅沢やけど、残り湯を流して新しいお湯を張り
アロマオイルをたらしてキャンドルも浮かべた。

お風呂場のライトは点けずにキャンドルの明かりだけを楽しむ。

・・・・うーん。

楽しくない。

いまいち気分に浸られへんのは、このオイルの匂いのせいや。

(失敗やなぁ。)

もらいもののそのオイルはラベンダーが強めで
あんまりウチの好みじゃなかった。

早めに切り上げよっかな、と思ったときにバスルームのドアがノックされた。

「由香子、まだ起きてるの?」

「うん、もう出ようかなって思てたとこ。」

言いながらキャンドルを消して、湯船からあがった。

「貴信こそ寝たんちゃうかったん?」

「それがなんか寝付けなくってさぁ。で、オレ考えたんだけど。」

「はぁ・・・?」

イヤな予感がする。
こう言う時の貴信はロクなことを言わへんねん。

「二人目作ったらどうだろう?」

「ぶっ!!」

思わずむせてしもた。

どんな思考回路たどったらそう言う結論でるねん。

貴信の「ものすごくいい事を思いついた」と言わんばかりの満面の笑顔を見て理解した。

通ったんは思考回路ちゃう、下半身だけや。

あほやろ、絶対・・・と言うたろかと思ったけどそれこそバカらしくてやめた。

「あんな、根本的にちゃうねんけど、わかる?」

「いやいや。子供が増えたら生活も変わってさぁ。
由香子の気分もかわると思うよ。
退屈するヒマなんかなくなるだろうし。」

・・・アタマ湧いてる男に言うたかてムダやな。

どうせ本気で子供欲しいわけじゃないやろうし、
ウチにしたところで、今からこの大カンチガイを訂正する気力はない。

「ま、ええか。」

別にエッチしたいわけじゃないけど、したらよく眠れるかも。

睡眠薬がわりになるわ、とちょっと失礼な動機でウチは貴信と寝る事にした。

*

確かによく寝られたけど睡眠不足やぁー・・・・。

あんな時間からする事して、もう一回シャワーしたらそら眠いよなぁ。

奏人は4時前に目を覚ます。
そこで授乳して、次は貴信を起こすのに6時起き。

なんか頭がズキズキした。

「今日、行くの?アレグロ。」

ウチと対象的にスッキリとした顔の貴信が聞いてきた。

「うん。天気さえよかったら行ってくる。」

「そっか。気をつけてな。」

「今日、晩御飯は?」

そこから定形化した会話をして貴信を送り出し、ウチは少し横になる事にした。

「そーちゃん、一緒にねんねしよぉねー。」

9時くらいまでは寝てられるかな。
奏が眠っていた布団はその部分だけほかほかと温かくなっていた。

ぬくーい、きもちいーい。

洗濯は後回し・・・なんでかな。
うたたねやったら気持ちよく眠れるんよね・・・。

*

結局10時くらいまで奏人も一緒に熟睡。

今頃貴信は仕事、ごめんねー、と一人で笑った。

用事を全部片付けて、夕飯の支度もできるところまで仕込んだりしてると
あっと言う間に午後になった。

お昼はアレグロでついでに何か食べよう。

「奏ちゃん、またガタンガタン行こうなー。」

キャリーを見せるとちょっと表情がかわったような感じがした。

(うれしいんかな?)

男の子は電車とか車好きやもんなぁ。

駅までの道では、バスやトラックの近くをゆっくり歩いて奏人に見えるようにしてやった。

まだわかれへんかも?
でもそうやってる自分を楽しんでる。

昨日の外出よりずっと気分がいい。

せっかくの仕事を断りに行くのは気が重いしまだ惜しいて思ってる。

それでもこんだけ気分がいいのは
やっぱりちょっとでも貴信が話聞いてくれたからやって、ちょっと感謝した。

・・・エッチのお陰ではない。
そっちは内緒やけどイマイチやった。

そんな下ネタも思いつく。
よし!!いい感じ。

アレグロ・ヴィバーチェにつくとオーナーは外出中と言うので
代わりに須賀ちゃんがウチを出迎えてくれた。


『ネガネ男子』の須賀ちゃん。

背はあるもののひょろっとした体型ででちょっとオタクっぽい。

ウチからしたら「いい人」で終わるタイプやけど。
おとなしくて、言うたら悪いけど彼女いない歴と実年齢が一緒って感じ。

それが最近、何人か高校生の女の子が彼を目当てに通ってきていて、
すごく小規模なファンクラブができているらしい。

オーナーが言うには『セバス』やから・・・・全然意味わからんねんけど。

おもしろそうやから、仕事の話ついでに詳しく聞いてみたいと思てたのに
肝心のオーナーは急なトラブルで出かけてしもたと言う。

「トラブルって、どうしたんですか?」

『フジョシ』に人気の『セバスガ』とこうやって二人きりでオハナシしてたら
女子高生に逆恨みされてしもたりして。

「昨日、清水さんのテーブルにサービスしたスタッフ覚えてます?」

「さぁ・・・・。」

あ、あの怒られてた男の子かな?

「あの時、オーナーに注意されましてね。
オーナーの客って言ってあるのに伝票置くのは考えが足りないと。」

「はー・・・、でもそれは判断の難しいところですよねぇ。
オーダー品を全部出したかどうかの確認もあるし。」

って。どんな子やっけー?
顔も思い出されへん。

「そうですね。ただオーナーはああ言う人ですし。
実際気の利かないタイプでね。
まだココに来て1週間たってなんですけど、よく指導されてたんですよ。彼。」

「うん。」

「それが引き金になったようなんですが。
それと、どうもオーナーと清水さんの話を聞いてたみたいです。」

え?それって客商売の最低限のルールやのに。

ウチは思わずイヤな顔をしてしまった。

「すみません。」

「あ。そんなん須賀ちゃんのせいちゃうし。」

「いえ。それで・・・今朝彼から店を辞めると電話が入って。」

「えぇー!!なんで!?怒られて?」

「ちょっと変わってるんです。
気を悪くしないで下さいね・・・・いくら前にここで働いていたとは言え、今は何の関係もない、
しかも赤ん坊を連れたような人間をスカウトするのは納得できないと。」

「あー・・・・それはあるかも知れませんね。」

貴信も心配してた。
そんな重要な仕事にポっと出のお前が収まったら
今のスタッフはおもしろくないんちゃうかって。

「ただそれは彼の場合、自分のわがままなんですよ。」

「わがまま?」

「車好きでね。新しい店はショールームの中でしょう?
だからそっちに入りたかったらしんです。
店の人間から選べと言うのはわかるんですが、まだバイトにきたばっかりで
ロクに仕事も覚えていないくせに、自分を置いてヨソの人間を選んだと腹を立てて。」

「え・・・・それでその人、辞めはったん?」

「自分の能力を認めようとしない店で時間と才能を浪費したくないと。」

なに?それ。
才能って自分で言う?・・・普通のコメントやないよね。

「・・・・なんか、変わってる?その人。」

「ニートとか引きこもりと言う人種です。
時々何かのきっかけで仕事に就こうとするらしいんですが
どれも続かないで一ヶ月もたずに辞めてるようですね。」

「詳しいなぁ。なんでそんなん知ってるん?」

俄然興味が湧いてきた。

昨日は貴信が相手してくれたけど、そんなんじゃあ全然足りへん。
会話禁断症状が出てたウチにとって、こう言うちょっと陰口っぽい世間話はめっちゃ楽しかった。

奏の重みでキャリーが肩に食い込んで痛い。
キャリーを外して抱っこに変えながら須賀ちゃんの話を聞いた。

「何が気に入ったのかこの店で働きたいと。
ちょうど新学期の入れ替わりがあったんでバイトは募集してたんです。
それに応募してきたんですが、職歴と面接態度でオーナーが不採用にしました。」

「ふーん。そやのに何で?」

「不採用の決定を伝えるのに家に電話を入れたらお母さんが電話に出られたそうです。
本人に取り次ぐ前に、どうにか採用してやってくれとお母さんが泣きついたと。」

「げぇー・・・・・。」

どっかの過保護なお義母さまの顔がよぎった。

「せっかくやる気になったのに採用してもらえないと本人の病状が悪くなると言って。」

「病気なん?」

「いえ。健康でしょう。
心の病気だと言うような事をアピールしたんじゃないでしょうか?」

「ちょっと脅迫じみてんねぇー。」

「うちは接客業なので厳しいんじゃないか、と説明はしたようですが
どうしても立ち直るきっかけを与えてやって欲しいと頼まれたそうです。」

「はぁ、そう言われたら断られへんよなぁ。」

姉御肌で面倒見のいいオーナーの事や。
人助けと思ってOKしたんやろう。

「それで一応来てもらったわけですが、
人と接するための基本的なスキルが完全に欠落していました。
職場に来たら挨拶するように指導したら
『なんでおはようっていわなきゃいけないんだ、オレは2時から起きてるんだから今は早くない』と。」

「はぁ?意味わかれへんねんけど。」

「ゲームか何かで徹夜してたんでしょうね。
夕方から寝て、夜中はずっと起きている生活だったようです。
だから自分の理屈では、この時間は朝じゃない、と。
全てがこの調子でとても接客ができるような状態ではありませんでした。」

「でも才能とかって。」

「根拠のない自信ででも他人を威圧していないと、自分の安定を計れないんでしょう。」

「すっごいねぇー・・・。そりゃみんな苦労するわぁ。
でもそんな子やったら辞めてくれて助かったって・・・。」

あ、しもた。
間接的とは言え、ウチが原因か。

「ウチが言う事じゃないかも知れんけど。」
あはは、と笑って慌てて言い足した。

「確かに。自発的に辞めてくれてよかったと思います。
自分の欲に見合う努力をしない人間に用はないですから。」

きっつぅ!!
努力とかって言われたらウチもちょっと耳が痛いかも。
話題かえよー。

「ほんで、オーナーおらへんのはなんでなん?」

「すみません。」

いちいち謝らんでええねんけど・・・・律儀やなぁ。

「その彼の両親が店に来られて、
店内で他のお客様の迷惑になるような事をされたのでオーナーが急遽一緒に。」

「その子の家まで行ったん?」

「おそらく。」

辞めるな、って説得・・・じゃあないよなぁ。

「迷惑ってどんな?」

まさか暴れたとか?

「心に病気を抱えている息子を退職に追い込んだ、ここの経営者は人でなしだ、
信じて息子を託したのに裏切られた、と大声で。」

「うっそぉ!!何考えてるん?その親!!」

「そう言う事ですので・・・・せっかく来ていただいたのにすみません。」

「ううん、そんなんええねん。どうせウチは時間あるし。
そんな事情やったらしゃあないわ。」

「じゃあ・・・・あのすみませんが
よければ僕と少し打合せしてもらえないでしょうか?

清水さんには不愉快な事も言ってしまうと思いますが、
でもできればきちんと事前に僕の意見も聞いて頂きたいですし。

もちろん最終決定はオーナーがされますので、
あくまでも現場の意見として聞いていただければ、と。」

「あ、あのそんなにかしこまられると困ります。」

こっちはその仕事断りに来たのに・・・・。

なんだか色々と申し訳ないような気になって来た。






























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