その五

「マプッペ誕生の一日」その5


ふと目が覚めると、隣で夫が雑誌を読んでいた。あれ?昨日の晩から

ろくに寝ていなかったので、どうやら1時間は熟睡していたよう。麻酔は

両足が痺れるような感じで、しっかりと効いていた。

たまに遠くのほうでトントントントン、と陣痛がきているのが分かったが、

痛みからはすっかり解放されて眠ることができた。1時間おきに助産婦さんが

内診をしに来て、子宮口が順調に開いていることを確認していく。大抵

1時間に1cmずつ開いていくのだそう。

15時に約5cm開いている状態で分娩室に入ったので、全開の10cmまで約5時間。

夜8時には生まれるんだ~、とドキドキする余裕まで出てきた。

途中で麻酔の副作用なのか、寒気を感じて毛布を掛けてもらったり、

麻酔の効き目が薄くなってきたら自分で量を足すことができるのだが、

足しても効果が出なくなったので足す量を増やしてもらったりもした。


ベッドの上でうとうとしながら待つこと数時間。既に病院に来てから

約12時間が経とうとしていた。ここは周りに高い建物がなく、

目の前には河が流れていて外の景色がうかがえる。

辺りはすっかり夕景色から夜へ変わっていた。7時になって再び内診を

したら、ついに子宮口は全開。助産婦さん2人と看護士さん1人の立会いの下、

やっと出産体制に入ることになった。


ここからは早かった。分娩台はなく、この移動してきたベッドの上で

そのままいきむ。助産婦さん達にいきみのタイミングを教えてもらいながら、

母親学級で学んだように下腹部に力を入れていきむこと約30分。

あともう一息、のところがなかなか出てこない。ほら、頭はもうここに

あるんですよ、と手を下に持っていかれて、ほんの少し出始めている

マプッペの頭頂部を触る。その生暖かさにびっくりしたが、こうして

赤ちゃんが出てきているのを実感したのが効果的だった様だ。

早く狭い所から出してあげたいと、さらに全身の力を一点に集中させながら

いきむこと約10分強の夜7時42分。

ずるりと生暖かいものが出てくる感覚があって、マプッペ誕生を確認した。

出てきてすぐにオギャーッ!と泣く声がしなかったので、ちゃんと生きて

いるのか心配だった。しかしそんな心配をするまでもなく、へその緒を

切られて自分の胸元へ連れてこられたマプッペは、ハッハと息を切らせ

ながら頭を左右に振りつつこちらに向かってきて、既に目が開いている

元気な顔を見せてくれた。


しばらく抱っこして無事に産まれた喜びに浸った後、看護士さんによって

身長と体重が測定され、体もきれいに洗ってもらう。身長55cm、体重3850g。

標準よりも大分大きい赤ちゃん。どおりで出てきたときに「な、長いな…」

と思ったわけである。


片やこちらでは助産婦さんたちが胎盤などをバッドに広げて後処理の

真っ最中。大学病院らしく、ピンセットでそれらグロテスクな物体を丹念に

取り分けながら「マダムはトキソプラズマ陰性でしたよね?」などと確認を

しつつ何かの検査をしていた。この時点までマプッペはおとなしく、一声も

発しない。よかった、おとなしい子なのかな?と思ったのもつかの間、

この直後から決しておとなしい子ではない、マプッペとの戦いの日々が

始まったのだった… 





【完】


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: