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息抜きの間の人生
本屋 「夢幻堂」
アルバイト雑誌に
「時給1200円、土、日、祝日出勤できる人歓迎」
なんて書いてあり、さらに
「学生、フリーター募集中」
こんなくだりの募集要項を見つけた。
内容は・・・、
本屋の店員・・・
こんなに時給はいいものか?と疑いはしたが、こんな時給の仕事を探すのは大変である。
本屋なら楽かも知れない、そんな考えで連絡をし、面接のアポを取った。
7月20日 日曜日 12:00 メイン通りから少し外れたところにある本屋の前で足を止める。
「ここか?古いなぁ~」
古ぼけた木戸から中をのぞくと、本が並んでいる。
「・・・ここだな、」
おそるおそる、手をかけ戸を開ける。
ピンポ~ン 懐かしい呼び鈴が鳴る。
「はーい」
少し、若そうな女の声が返ってくる。 奥の暖簾から人影が出てきた。
「あの~、面接に来たのですが・・・」
「はいはい、すいません、奥に来てもらっていいですか?」
暖簾の手前で手招きをしている。
「はい」
店内に入ると、ひんやりする。そして、薄暗い・・・
(大丈夫かな?)
面接に来たことを少々後悔しつつ、店の奥に進む。
「暑かったでしょう?すいませんね、こんな時間に呼び出したりして」
「いえ、大丈夫です」
応接室のような、休憩室のような所に入る。
「じゃあ、ここに座って、履歴書出して」
女性は冷蔵庫からお茶を出している。かばんをあさり、履歴書を出すと目の前にお茶が出る。
「見せて」
「はい」
女性は自分の前に座る。
改めて女性の姿を確認する、茶髪で後ろに長い髪を一つにまとめている。うつむいている顔はどこかで見たことのある事があるような気はするが・・・、思い出せない。
(誰だっけ?)
他人の空似だろうか?
「・・・久しぶり、高村君。 覚えてる?」
女性は笑顔で顔を上げた。
「え?」
(やっぱり・・・)
茶色の瞳が猫のように見える。 ニィッ と口元が笑う。
「高森だよ。忘れた?」
「・・・え~!いやっ、うっそ!」
かなり変身している、よく見ると面影がある。だから、見たことがあるような気がしたのだ。
「本当だよ」
「ああ、いや、その・・・、まじで? 昔はもっとデッ・・・、あっ、いや」
ニヒヒヒヒッと女性らしからぬ笑いで高森は笑う。
「いい反応だね。そんな、反応が見たかったんだよね、めちゃくちゃ、ダイエットしたんだよ~!すごいでしょ!」
満面の笑みである。
「おいっ悠里、ちゃんと面接しろ」
物陰から声がかかる。
「おっ、は~い。ごめん、怒られたよ」
「あっ、いや」
男の声だ。電話の時はこの声だったのだ。
(居るなら、顔ぐらい見せてもよさそうなのにな)
「え~と、今、学生さんなんだよね。いいなぁ、夏休みがあるもんね」
「そう、土日もOKだよ」
「そう?いいの?で何時から来れるの?」
「何時からやってんの?」
「ああ、9時から8時まで」
「今は夏休みだから、何時でもいいけど・・・」
「じゃあ、9時から来い」
また、影から声がかかる。
「無理だよ、刹那」
「客なんかめったに来ないのに」
「・・・えっ?」
予感していた事が言われる。
「言うなよ!閉店の片付けがほしいの。刹那は口ばかりで役に立たないでしょう」
「うむ」
影の声がうなる。
「閉店の手伝いがほしいんだ。そっか、で、この店、二人でやってんの?」
「ん~、そうだね。そんな、感じかな? 祖母から譲り受けて私が管理してんの。そんなにノウハウいらないしね」
「でも、力はいるぞ」
また、声がかかる、姿は見せない。どこに居るのだろう?
「うるさいな~、刹那」
「はいはい」
「力?確か、妹がいたよね?」
「ああ、うん。でもね、あの子はまだ高校生だしおバカさんだから、手伝いはさせられないのよ」
「確かにあいつは馬鹿だ」
「せ~つ~な~」
「はいはい」
トン と音がして軽い足音が奥に消えた。
「今の人、誰?」
「ん~、刹那?今度、紹介するよ。声に似合わず可愛いから、びっくりするよ」
ふふふっと笑う。
「へ~・・・」
「ところで、いつから来る?用事がある日は言ってくれたらいいから、定休日は水曜日ね」
「・・・雇ってもらえるの?」
「うん、断る理由がないよ」
「まじで、よろしく」
「こちらこそ~」
面接?も終わり、晴れて、アルバイト決定である。
「刹那、帰ったよ」
悠里はグラスをシンクに運ぶ。
「ああ、知ってるよ」
「なら、出てくればいいのに」
「なに、言ってんだよ。引き返して来たらどうする。仲良さそうに話していたじゃないか」
「おや~、やきもちですか?刹那は可愛いなあ」
影から出てきた黒猫の頭をなでる。
「年長者をからかうな。で、良かったのか?」
「なにが?」
「雇った青年のことだ」
「いいんじゃないの? あの広告が見えたんだからさ」
「うむ、しかし、同級生で・・・。しかも、あの広告は少し、力があれば見えるもの」
「はいはい、とりあえずお昼にしよう」
「紗絽がいないぞ。朝から見ていない」
ため息を付きながら言う。
「いいよ、そのうち帰ってくるよ」
「放浪はお前の特性だしな」
「そうだね、何にする?」
店屋物の電話帳を広げながら悠里はすましている。刹那はまたため息を付いた。
「何でもいい」
「そう?どうしようかな?」
鼻歌まじりで電話帳を覗き込む。
「ただいま~」
からからと木戸の音と共にレトリバーが入ってくる。
「お帰り」
「昼は暇ですね」
ヒクヒクと鼻を動かしながら言う。
「昼じゃなくてもここは暇だろ」
「刹那、お昼抜きにするよ」
デコピンが狭い額に命中する。
「いてっ」
「悠里、僕、牛丼がいい」
レトリバーが擦り寄ってくる。
「紗絽、犬はたまねぎ食べると中毒になるよ?」
紗絽の頭を撫でる。
「じゃあ、たまねぎ抜きで」
「そんなこと出来るの?」
「犬じゃないから、大丈夫なんじゃないのか?」
額をぬぐいながら刹那が言う。
「そうかな?」
「食べてみればわかるんじゃないの」
「電話するぞ」
「お願いします」
器用に刹那が電話をかける。
「あ、牛丼、二つ。はい、そうです。夢幻堂です」
ふるぼけた本屋、夢幻堂、ここはしゃべる猫と犬、若い女主人がいる。
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