神頼みな毎日

神頼みな毎日

化け物を倒す。


 銃器が轟音を上げ、鉛を音速で撃ち出す。弾は直線を走り抜け、化け物の頭を音を立て突き抜けた。
 薄汚い悲鳴をあげ、それでもまだ生命活動を続ける化け物。
 私に襲い掛かるべく体勢を整え、飛び掛ってくる醜い生物に容赦なく弾丸を浴びせた。
 弾丸によって化け物は血を撒き散らし、踊るように震えたあと、地面に倒れ泡と化す。

 「はあ」
 私はコントローラーを握りしめ、化け物の相手をしながらため息をついた。
 私の隣には枕を抱き、体育座りで画面を見守っている陽ちゃんがいる。時々びくっと震える仕草はとても可愛いんだけど・・・・・・。
 「普通逆じゃない?」
 「なにが?」
 私も陽ちゃんも、画面から少しも目を離さずに口を動かす。
 「構図がよ。普通、男の陽ちゃんがこういうゲームしてて、女の私が隣で見てるって言う風景であるべきだと思うよ」
 「でも俺怖いの嫌いだし」
 「嫌いなら私を家に呼んでまで、ホラーゲームなんか見なくないでしょ」
 「それは・・・・・・ねぇ?」
 なにがねぇ? だ。今日でもう三日になる。このゲームもそろそろクリアって所まで来てるんだぞ。
 陽ちゃんが怖がりなのはよく知っている。これでも結構長い付き合いだし、幼馴染って言う奴になるのかな。
 陽ちゃんの怖がりは昔からだけど、でも最近多少の変化があったようで、どうやら好奇心のほうが上回ってきたらしい。
 近頃ではめっきり一緒に遊ばなくなってきたと寂しく思っていたら、「ホラーゲームやって見せて」と来た。
 たくっ・・・・・・、年頃の女の子が、男の子の家にくるのがどんだけ勇気いるのか分かってんのか。
 ゲーム画面では、私の操作する女の警官が薄汚い路地裏から、研究所に潜入するところだ。この研究所の裏門のカードキーを手に入れるのになかなか苦労した。
 「だって、ももはこういうゲーム得意でしょ?」
 陽ちゃんは明るく笑い、突如壁を突き破って出てきた化け物にビックリして泣きそうな表情になった。
 「でもさ、普通は私のほうが怖いとか言ってる立場だよ? なのに躊躇いも無く化け物倒して・・・・・・やっぱ私可愛くないなぁ」
 ドッキリ役の化け物を、無視して先に進む。銃弾がもったいない。そんな判断と操作をしながらため息混じりに言う。もう少し可愛い女でありたいものだ。
 自分が勝気な性格なのは自覚してるけど、やっぱり甘えても見たい。・・・・・・軽く寒気のする考えだけど。
「ももは凄く可愛いと思うよ?それに、すごくかっこいいし・・・・・・ひっ」
 大きな部屋に入ると、三対ほど化け物が揃って出てきた。一匹は人を食しており、私と目が合うとこっちに向き直る。すると左側から一匹、窓を突き破ってきて一匹と、出揃い私を取り囲む。
そのたびに、陽ちゃんの体はかすかに揺れ、声無き声をもらす。
 かっこいいかぁ・・・・・・。三体を相手に逃げるかやっつけるか考えて、倒すことに決め、拳銃からショットガンに武器変更をしながら考える。
 かっこいいと言うのは、褒め言葉だけど・・・・・・。恋愛感情をもってくれるかの評価としては、また別だよねぇ・・・・・・。
 そんな陽ちゃんへの淡い思いと、現実の微妙な違いに胸を痛めながら、化け物にその悔しさをぶつけた。
 やっぱ陽ちゃんだって、可愛い子のほうが好きだよなぁ。そんなことを最近毎日考える。考えながらゲームを進めるのが本当に上手になったものだ。
 三匹の化け物は案外弱く、さっさと死んでくれた。マップを見ながら進んでいると、扉を発見。
 「これかな、この先っぽいね・・・・・・。カードキーがないけど」
 「またカードキー探し?怖いなぁ」
 怖いなら見なきゃいいのに。そんな言葉を飲み込んで、さてどこにあるんだろうねぇと呟く。
 正直、どんな理由でもこの場にいられるだけで幸せなんだ。
 「この部屋っぽくない?」
 マップ画面の一番右端に表示されている部屋を、陽ちゃんが指差す。たしかにそれらしい雰囲気だ。他にそれらしい部屋はないし。
 そこに向かいながら、画面に釘付けの陽ちゃんに目をやる。おっかなびっくりの表情は、三日前始めてこのゲームの電源をいれた時と変わらない。
 「どうしてホラーゲームが見たくなったの?」
 「ん? あぁ・・・・・・えぇと、なんか急に知りたくなったって言うか、その・・・・・・」
 この質問は、最初始めた時にも聞いたんだけど、同じように何か隠しているようなはっきりしない感じでごまかされた。
 「そ、そういえばこうやって家で遊ぶのって久しぶりだよね」
 「え?うんそうだね」
 話題を擦りかえられた。まぁ追求する気もないけど。
 「もも、最近はどう? どうしてる?」
 「最近ね・・・・・・、特にはなにも。毎日学校行って家帰ってきて寝て・・・・・・そんな感じ」
 なんにも部活入ってない私は、青春をだいぶ無駄に使ってるのかもしれない。ほんと私はこれでもかと、暇人ライフを堪能していた。
 「じゃあ俺とあんま変わんないね」
 ははっと笑う。陽ちゃんもまた、帰宅部だった。
 中学校に上がってからは、こんな風に話もしてなかったな。ただ時々見かけてぼおっと眺めるだけだった。
 ・・・・・・結構わたしも乙女してるなぁ。のんびり考えながら、カードキーがあると思われる部屋についた。
 「あ、あれじゃない?あの光ってるやつ」
 小さな長方形の小汚い部屋には、小さなデスクが置いてあり、その上にカードキーがあった。他にも散乱した書類や、こびりついた血、壁のについた爪あとなどがあったけど、もう見慣れた。
 「よし、じゃあ早速引き返して・・・・・・」
 油断した。カードキーを取った瞬間に、爆音とともに部屋の壁を思いっきり破壊し、気味の悪い触手が突き抜けてきて、主人公が連れさらわれた。
 完璧に気を抜いていて、とっさの事だったので見事サプライズドッキリに引っ掛かり、私すら軽く悲鳴を上げてしまった。
 陽ちゃんなんかは、完全にパニック。悲鳴を上げ、とっさに私に抱きつき、軽く涙目だ。て言うか少し泣いてる?
 私は、ビックリからはすぐ立ち直り、おそらく強制的に予想外のボス戦に突入するので、心構えを整える。陽ちゃんはまだしがみついたまま。むしろこっちのほうが私を困惑させる。
 「うわー、うわー。やばいよっ、殺される。やばいやばいやばいっ!」
 恐怖の限界にあっさり到達し、がくがく震える陽ちゃん。このままでは私も危ない。・・・・・・別の意味で。
 「あーもー、大丈夫っ! 私が守るからっ」
 とっさに口に出た言葉だったけど、なんだかとても凄い事を言った気がした。つか言われてみたい言葉を自分で言ってしまった。
 触手の正体は、でっかい大蜘蛛だった。でっかい上に不気味に変形していて、背中から触手が映えている。気持ち悪い。
 弾数の多いサブマシンガンに武器変更をしながら、失敗したなぁと考えた。もう少し火力の大きい武器を持って来るべきだった。今は大した武器は持ってない。
 こないだ見た攻略サイトにたしか大蜘蛛の事も書かれてた気がする。まぁ今更しかたない。
 そこまで考えて、ふと大蜘蛛あたりまで来たら、クリアまであと少しだと言う事に気付いた。たしかラスボスの一歩手前くらいだったはず。
 そろそろ、こんな毎日も終わっちゃうんだなぁ・・・・・・。やだなと思った。
 こんな事・・・・・・もう無いだろうし、大切なこと言っておきたいな、やっぱり。もう時間はないんだ。
 「ももっ!?やられてるやられてるっ」
 陽ちゃんの悲痛の声に我に返る。見ると私の操作する女警官が、大蜘蛛の触手によって振り回され、地面に叩きつけられていた。
 しまった。駄目だ、集中しないと。
 慌てて戦闘に戻る。何種類かある大蜘蛛の行動パターンを理解するまでは、何回か攻撃を食らったりしたけど、しばらくすると回避できるようになった。
 ある程度の距離を保ち、サブマシンガンを連射。大蜘蛛が軽く後ろに下がったら、すぐ横に回避。そしてまた撃つ。
 繰り返して、数分間。やっと大蜘蛛は甲高い悲鳴を上げて地面にめり込むように、泡に帰した。化け物は死ぬと、痕も残らない。
 ふぅーとわたしがため息をつくのと同時に、陽ちゃんも安堵の息を漏らす。
 「ね、守るって言ったでしょ?」
 笑いながら陽ちゃんに言った。
 「途中かなり危なかったけどね。やっぱももは強いっ」
 陽ちゃんもまた笑いながら言った。
 「・・・・・・ねぇ陽ちゃん」
 「ん? なに?」
 「・・・・・・なんでもない」
 化け物を倒す勇気は、告白する勇気に比べれば微々たる物だと知った。
 自分は全然強くないと思った。

 ◇

 恐怖の世界からは、電車で脱出することになった。そして、走り出した電車のなかでやっと安心している主人公の真上で、なにかが着地した音。
 どうやら何かが、電車の上に着地したようだ。あと少しでクリアなのに、ただでは終われないようだ。
 つぎの瞬間、電車の天井がひしゃげたかと思うと、紙くずのようにめくれ、大柄な人型の生物が車内に入ってきた。
 どう形容したらいいか分からないほど、醜い外見をしていて、気色の悪い生物だった。
 「やばい。なんか強そう」
 「うん。一応強い武器は持ってるけど、ここ狭いし」
 まずマシンガンを撃ちまくる。火を吹く銃口と、飛び散る薬莢。しかしどういうわけか、全然効いてない。
 「いくらゲームだからって・・・・・・あんだけ撃ちまくったら普通跡形もないよ?」
 化け物の腕が絡まった触手のように、一気に伸びて距離を詰めてきて、私は壁に叩きつけられた。ダメージが酷い。

 だけど化け物の歩くスピードは遅いし、触手もある程度の長さが限界のようだ。そこをいち早く見抜き、すぐ隣の車両に逃げ込む。多分まともに戦っても勝ち目はない。
 「どうするの?」
 「車両の端からからひたすら撃ちまくる。近づいてきたら、隣の車両に逃げる」
 「た・・・・・・弾が尽きたら?」
 「・・・・・・ナイフ」
 実に想像したくない事態だ。肉弾戦で勝てる相手ではない。今持ってる武器で足りることを願う。
 車両の一番端まで移動し、向き直ったところで相手もこっちの車両に入ってきた。
 撃った。撃って撃って撃ちまくった。おそらく現実なら肩が反動でいかれてしまうだろう。
 マシンガンがちょうど弾切れになる頃、化け物と自分との差がかなり縮まっていた。隣の車両に逃げ込む。
 「全然死なないんですけど」
 心配そうに陽ちゃん。
 「大丈夫・・・・・・だと思うけど」
 ふと、武器変更画面で止まる。こいつを倒したら、ゲームは終わり。毎日陽ちゃん家まで通う生活もお終い。
 もし・・・・・・この一回でこいつを倒せたら、陽ちゃんに・・・・・・伝えてみよう。
 マシンガンからフルオートショットガンに持ち替えて、車両の端まで行き振り返る。化け物が懲りずに入ってきて乱射開始。
 みるみるうちに弾数が減り、切れた。ハンドガンに持ち替えながら隣の車両へ・・・・・・。この車両が最後の車両だった。
 「ここで倒さないと・・・・・・」
 一番端で振り返り、化け物の姿が見えた瞬間。思いっきり撃ちまくる。倒れてくれ。お願いだから。
 連射をして、マガジンを取替え、また連射。繰り返し繰り返し撃ち続ける。気持ち化け物の動きが遅い気がする。あと少し・・・・・・あと少し。
 改造して威力がかなり上がっているはずのハンドガンなのに、一体どんな生命体だお前は。ほんとに勘弁してよ。
 触手が届くギリギリの距離。弾ももうすぐ尽きる。駄目か・・・・・・。
 「いけるっ!もも、倒してっ!」
 陽ちゃんが枕をきつく抱きしめながら叫んだ。
 「死んでっ!」
 すると、化け物の動きが止まった。ちょぅどハンドガンを撃ち尽くしたところだった。
 化け物は前後に軽く揺れ、・・・・・・倒れた。ゆっくりと膝をついてから、 重々しく沈み込むように。しばらく化け物の体はびくっびくと痙攣し、それから動かなくなる。
そして化け物は泡と帰す。

 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 奇妙な沈黙のあと、陽ちゃんは小さく倒した? と呟いた。
 「やった!」と私。
 「すげーっ!倒した」陽ちゃんがはしゃぐ。
 エンディングムービーが流れ、愛すべき女警官は無事恐怖から脱出した。私の陽ちゃんは抱き合って喜び、すげーすげーと言い続けた。

    ◇

 さて、あの後私が陽ちゃんに告白できたかと言うと、答えは否。ほんとに私は駄目な奴だ。あんな変態化け物は倒せるのに。
 あの後私と陽ちゃんは、しばらくあの興奮から抜け出せず、呆然としていた。正直に言えば・・・・・・告白なんて忘れていた。
 ひたすら凄かったねーといい、感動を言葉に表して相手に伝えようと努力するだけ。つまり感想を延々と言い合ってた。
 そしてその後、じゃあばいばいとなったわけ。こんなはずじゃ・・・・・・。
 落胆しながら、今日も学校にいく。陽ちゃんとは別のクラスだから学校では滅多に話はしない。もう帰りに陽ちゃん家に寄ることもない。
 泣きそうな思いで歩きながら、ふと見ると陽ちゃんがいた。照れくさそうに立っていた。今までの気分が全部吹っ飛んだ。
 「どうしたの?」
 「いや、久しぶりに一緒に学校行こうかと思って。それに・・・・・・」
 胸が高鳴る。え?え?もしかして・・・・・・え?ほんとに?もしかして?
 「あの」
 陽ちゃんがカバンを開けて、何かを取り出しながら言う。

 「もし良かったら」

陽ちゃんの手には、昨日私がクリアしたゲームの続編が握られていた。
 「・・・・・・・・・・・・」
 「またうちで」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「これも面白いらしいよ」
 「・・・・・・はあ」
 「もも?」
 「いいわ」
 「え?」
 「どこまでも付いていって、守ってやろうじゃないの」
 結局わたしは、今日も彼のために武器を手にする。いつか、化け物を倒すよりもっと勇気のいる偉業を成し遂げるまで、わたしの戦いは続くだろう。
 わたしは彼を守り続ける。いつか告白できるまで。それまでは、化け物達には悪いけど、ダシに使わせてもらうわ。

 「ところで陽ちゃん、このゲームっていくつシリーズ出てたっけ」
 「四作くらいかな」
 「よ、四作? まだまだ長そう・・・・・・」
 「それまではもう少し遊べる・・・・・・」
 「え?」
 「いや・・・・・・なんでもないよ」

彼には、化け物を倒す勇気『すら』なかった。


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