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神頼みな毎日
試練
茶髪の少年がいた。名を犬飼 君(いぬかい きみ)と言う。背の高い、顔立ちの綺麗な少年だった。気だるそうに机に突伏して、窓から入ってくる光の暖かさに身を任せていた。
春。高校二年生に進級して新しく組まれたクラスに徐々に慣れ出す頃、犬飼はいつものように席に座って居眠りをしていた。一番後ろの、窓際の席で太陽の光を受けて気持ち良さそうにまどろんでいた。お昼休みももう終わると言うのに昼寝に入る体勢だった。
彼もこの状況がまずいと分かっているのだが、「仕事で疲れるんだ、眠いのは俺のせいじゃないよ」なんて自分に対して言い訳をして、結局あっさりと睡魔に負けて夢の中へと飛び込むのだった。もちろん授業中も例外ではない。仕事を始めてというもの、彼の成績は下がる一方だった。
そんな彼の元に、可愛らしい少女の声が降ってきた。
「くんくん? おーい、くんくーん」
犬飼の下の名はきみだが、君付けで呼ぶと君君となるのでくんくんと言う愛称がついた。彼自身はこの可愛らしい愛称をあまり気に入ってはいないが、周りの人間が皆こう呼ぶのでもう諦めていた。
「なんだよ……、寝かせてよ」
犬飼は声に眠そうに目をこすりながら身体を上げた。
「ちょっと、くんくん? 今日の約束、忘れてないよね?」
少女の名前は佐倉 由紀(さくら ゆき)短い黒髪と意思の強そうな黒い瞳、可愛らしい外見が特徴的な女の子だった。犬飼とは小学校からの幼馴染。
「約束……って、なんだっけ?」
「む、駅前の店のプリンアラモードを食べに行くって約束だったでしょ? さては忘れてたな?」
「そんな約束したかどうかも忘れたよ」
「ひどーッ」
短い間に少女の表情は笑ったり怒ったり嘆いたり。ころころと変わったあと、結局笑い出した。いつも明るく楽しげで、笑顔を振りまく。周りまで楽しい雰囲気にさせてしまう彼女が、犬飼にとっては心地良い存在だった。
「むぅ……。まぁいいや。また約束の更新をすればいいんだからね。さすがに当日に約束すれば忘れないでしょ」
「当日って……今日行くの? そんな突然な」
「三日前からの約束だったんですけどー」
「そうだったか……? まぁいいや。分かった、行くよ」
「じゃあ四時に駅前でね。忘れたら嫌だよ? じゃあ」
手をひらひらと振って佐倉は席へと帰っていった。犬飼はため息を一つついて、また自分の腕枕の中へと顔をうずめた。
どこにでもいる不真面目な普通の学生であるように見える彼だが、彼は普通らしからぬ大きな悩みと仕事を抱えていた。不真面目の理由も、仕事のストレスで不眠症になってしまっていて眠れない夜が続いていたからだった。
学校だとよく寝付けるのはそこがごく一般的な普通の環境で、それでいて外界と隔離された奇妙な空間だからなのかもしれない。あるいはただ単に身体が夜型に変化してしまっていて、眠さが最高潮に達している時間だからかもしれない。
いつの間にか寝入っていた彼が再び夢の底から現実へと帰ってきたとき、ちょうど六時間目の終わりを告げる鐘が鳴った。教師も彼には諦めの姿勢を見せていたし、彼の友人達も無理に起こすようなお節介はいなかったから、結局彼は午後二時間とも寝て過ごしてしまった。
しかし彼はそれをたいして気にもせず、うーんと背伸びをして、気だるそうな表情でもう一度椅子に身を沈めた。やがて帰りのホームルームも終わって、彼はカバンを掴んで教室を後にした。彼の学校での生活はこんなものだった。何故学校に来ているのか分からない。
「ちょっと、くんくん待ってよ」
「何? 四時に駅前でしょ?」
廊下の途中で彼は佐倉に呼び止められた。
「だってくんくん遅刻魔の上にスッポカシ常習者だから、信用できないし。どうせならこのまま直行でもいいかなって」
「別にそれでもいいけど……さすがに俺だってそこまで酷い奴じゃないぜ?」
「嘘だー。それに私、待ちぼうけはもう嫌だよ」
「はいはい。じゃあ行きましょうか」
すたすたと歩き出す犬飼と、その後ろをちょこちょこと付いていく佐倉。二人の身長差は頭一つ分くらいあり、見た目が幼い佐倉と大人びた少年である犬飼だと、なんだか年の離れた兄弟のようだった。佐倉自身も多少自覚していて、その状況はあんまり好ましく思っていなかったが。
下駄箱で靴を履き替えて、校門から出る。数名の学生たちに紛れて大通りを抜けて、公園の横を過ぎる。学生の塊の中で、二人は並んで歩いた。
「ねぇ、歩くの速いよ」
常に軽い小走り状態になってしまっている佐倉が不満げに声をかけた。
「あぁごめん。俺速かった? 佐倉は歩幅が狭いからなぁ」
「悪かったね。チビで」
「別にそういう意味じゃないよ」
犬飼はむくれる佐倉を見て、くすくすと笑った。
やがて駅前につくと学生達はバス停に向かったり、駅の中へと消えていく。二人はその学生の動きから離れて、裏路地を抜けてまるで隠れるようにして建っている小さな喫茶店へと入った。
ドアを開くとちりんちりんと小さな鈴の音が鳴って来客を店内へと知らせた。店内はこじんまりとしていて、静かで落ち着いた雰囲気に満ちていた。客の姿は少ない。小さな音量で音楽が流れている。
二人は店員に案内されて席に着き、それから佐倉は嬉々としてメニューを開いた。水が運ばれてきて犬飼はそれを口にしながら、向かい側で嬉しそうにメニューを見つめる佐倉を眺めた。
その雪のような白い肌や淡くピンク色の唇に魅入られ、ふと見とれてる自分に気付いた犬飼は、もうすぐ中間テストだな。なんていきなり思考を現実的な方向へと捻じ曲げて誤魔化した。佐倉から目を離し窓の外に目をやる。ビルの隙間から、薄い青さの空が見えた。雲はない。
「どうしたの? 変な顔しちゃって」
「ん。いや……なんでもないよ」
「? ふーん……、変なの」
メニューを犬飼に手渡しながら、不思議そうに佐倉が呟いた。好奇の目を向けてくる佐倉にたいして、
「俺は何にしようかなぁ……。お前、何にしたの?」
誤魔化した。佐倉は納得行かないような顔をしながら犬飼のメニューを覗き込んで、写真を指差す。大きな硝子の器の真ん中にプリンを置きその周りをクリームで飾り、さらにフルーツをたくさん添えたプリンアラモードの写真だった。
「こんなデカイ、重そうなの食べるのか」
甘いものがそれほど好きではない犬飼は、そのボリュームに少し口を押さえた。クリームの多さは見ているだけで胃が悲鳴を上げる。
「えー、おいしいよ?」
「こういうの、よく食べるのか?」
「うん。色んなところのお店のを食べて歩くのが好き。甘いもの大好き」
「……よく太らないな。それで」
犬飼はプリンアラモードの写真と、佐倉の細い身体を交互に見つめて感心した。
「えへへ。私って太らない体質だからね。くんくんに褒められたー」
照れる動作を取る佐倉。犬飼はそんな佐倉の胸の部分にそっと目をやり、
「……肝心なところも痩せてるけどな」
「あッ! こらぁ!」
佐倉が真っ赤になって怒鳴ろうとした時、タイミングが良いのか悪いのかちょうど女性店員が注文を取りにやってきて、佐倉は上げた拳をしばらく彷徨わせた後、すごすごと下げた。
「ご注文のほうお決まりでしょうか」
「えぇと、プリンアラモードを二つ」
小さな手でVサインを作り、佐倉が笑顔を浮かべながら注文した。その注文に犬飼が慌てる。
「ちょっと待て。二つってなんだ。俺はコーヒーで」
「プリンアラモード二つで」
「だから二つってなんだよッ! 俺は食わないぞ!」
「べー、だ」
舌を小さく出して、指を目の下に当てて佐倉が笑う。女性店員はその平和な光景に微妙を浮かべながら、
「ではプリンアラモードを二つ。コーヒーを一つでよろしいですね」
「あ、いや、プリンアラモードは一つでいいです」
「プリンアラモードは二つで」
「佐倉!」
結局犬飼の前には硝子の器にたっぷりと盛られたクリームとプリンと果物の山が現れることになった。写真より大きいことに愕然としながら、震える手でスプーンを持って、彼は覚悟を決めて強固な意思で挑んだ。が、半分も食べ終わることなくリタイアした。
「くんくん残しちゃいけないんだぁー。ちゃんと全部食べなさい」
犬飼は机に沈めていた頭をゆらりと起こし、けらけらと笑う佐倉の頬を手で挟み、ぐりぐりと動かした。
「さくらぁぁぁっ」
「あぅー。痛いよ、くんくん。そういうことしちゃ嫌だよ~」
「このプリンの化け物にかまってたら、コーヒーも冷めちゃったぞ、さくらぁぁっ」
「そんなの知らないよぉ~」
犬飼のぐりぐりから解放されて、佐倉は頬をさすりながらもぉーと唸った。頬が少し赤い。
「で、満足したか?」
「うん。すごく美味しかったよ。勿体無いなぁくんくん。残しちゃって」
佐倉の硝子の器の中身は綺麗に無くなっていた。輝く笑顔を浮かべて、それから犬飼の器を見て「美味しいのに」と呟いた。
「だったらお前が食ってくれ。俺はもう駄目だ……胃が重い」
苦しそうにおなかをさする犬飼。佐倉は彼のプリンアラモードを自分のところに寄せながら、その半分以上残った中身を見下ろして、
「うーん。さすがの私も辛いかなぁ」
なんて笑顔で首をかしげて、スプーンでクリームをすくって口へと運んだ。クリームの甘さにうっとりして、頬は少し上気していた。
「とか言いながら随分嬉しそうに食べるじゃないか。お前は化け物か」
「別に嬉しそうじゃないよッ! 私だって一杯一杯だよ! うふふ~」
言ってることとは真逆に、スプーンが何度も器と彼女の小さな口を往復した。そのたびに幸せそうに感嘆の声を上げる佐倉。
「やっぱ化け物だ……」
恐ろしい食いぶりの佐倉から目を離して、そっと外に目をやる。青かった空は、いつの間にか朱色に染まっていた。店内も気付けばオレンジ色の太陽の光に照らされていた。
「もうこんな時間か……」
時計を覗いて呟いた犬飼の言葉に佐倉がぴくっと反応する。少し悲しげな表情を浮かべた。
「もう帰えるの?」
「ん。いや、ゆっくり食べてていいよ」
佐倉は俯いて、スプーンを何度か動かした。
「そうかぁ。今日はもう終わりなんだねぇ」
「そうだな。もう夕暮れだし……」
しばらく赤い空を眠そうな目で眺めていた犬飼だったが、しばらくしてなんだかしょんぼりしている佐倉に気付いて、小さく笑った。
「なにしょぼくれてんだよ。今日はもう終わりだけど、また今度来ればいいじゃねぇか。て言うかまだ食い足りないのか?」
「私だってさすがにお腹一杯だよッ。……え、また今度も付き合ってくれるの?」
「もちろん明日は無理だぞ。今日食べたものを消化してからだ。一週間はかかるな。あぁ、重い」
「ちぇ。だったら食べさせるんじゃなかったなぁ。そうすれば明日も来れたのに」
「実際に食べなくても、お前が食べてるのを見てるだけでお腹一杯だわ。夢にも出てきそうな食いっぷりだったもんよ。ああ、胃が……」
げっそりとした表情でお腹を手でさすり、口に手を当てて苦しがる犬飼。
「なによぉー。夢の出演料取るぞこのヤロー」
真っ赤になって怒る佐倉を見て、犬飼はからからと笑い出した。
「お前が切なげにしてるのなんか似合わないさ。そっちのほうがお前らしい」
夕日の光でかその言葉でか、佐倉の顔はいつも以上に赤く染まっていた。犬飼はむくれる頬をつつきながら楽しそうに笑い、いつの間にか空になっていた硝子の器を見て、
「じゃ。行くか」
席を立った。
「じゃあまた明日ね~」
「おーう」
手を振り別れる二人。だが犬飼はしばらくその場に留まり、佐倉が角を曲がったことを確認してから、そのあとを追った。
これが彼の仕事だった。
佐倉の小さな背中を後ろから眺めながら、そっと付いていく。依頼人は彼女の両親で、受けたのは中央制御室。その機関が犬飼の元に彼の父親経由で持ってきた仕事だった。
「やっぱ受けるんじゃなかったなぁ」
なんて彼は何度も呟く。幼馴染の佐倉を尾ける行為は悪趣味なのもいいところだった。
犬飼は何度もため息をついたあとに、これは仕事だと割り切り、通学カバンを開けて書類の束を取り出した。右上をホチキスで止めてある。
「この後の予定は……塾か。勉強熱心だな、本当に」
一日の佐倉の行動表が細かく記載されたそれを、丁寧にカバンにしまう。途中佐倉は書店に寄った。その後にはついていかず、店内の入り口を遠くから見張る。やがて出てきた彼女のあとを、またゆっくりと付いていく。
今年が始まってから、彼はこの仕事を毎日ずっと続けていた。体調不良時以外は休み無しで、労働基準法無視もいいところの勤務状態だった。それも中央制御室の重要な仕事だからこそ、ではあるが。
中央制御室の仕事、それは特殊な存在の保護・監視だった。
特異な体質と言うは昔から存在した。例えば狼男、ドラキュラ、透明人間なんて言う存在がそれに当たる。彼らは物語の中だけの存在ではない。火の無いところに煙は立たず、決して彼らは御伽噺の世界だけの存在ではなかった。
現実にこういう特殊な体質をした人間がいて、それはいつからか認められるようになった。もちろん彼らの人間らしい生活を守るためには公にできることではない。昔なら化け物扱いされた彼らも、今では秘密裏に保護される立場となった。全ての能力者に人間らしい生活を。中央制御室の掲げてる理念だった。
しかしいくら平等に扱うにしても、その体質のなかには危険な能力も存在した。殺傷能力に秀でた能力もある。そういった人物を放っておくわけにはいかない。
そこで行われるのが、この監視体制だった。ほぼ二十四時間、対象の監視が行われる。だけどよほど危険性の高い能力者でないかぎり監視は行われない。行われるにしてももちろん無断には行わない。対象者の許可を取ったり、佐倉の両親のように依頼してくる場合もある。
能力者を制御する。それが中央制御室という大きな国家組織の仕事だった。
「はぁ……」
佐倉が塾の建物に入ってから一時間が経過した。彼は建物の入り口が見える近くのコンビニで雑誌を眺めながら勤務を続けていた。
通常彼のような高校生がこの任務につくことはまずない。だけど佐倉の場合はまだ能力が開花していなかったから、彼のような一般人でも監視役が務まった。それに学校と言う無関係者不可侵の環境にも入り込め、彼女と親しかった彼は適任だった。父親が中央制御室の関係者だったというのもある。
依頼人である彼女の両親、その母親の方が能力者だった。能力の遺伝はよく見られ、佐倉も幼少の頃一度だけ発動したことがあるらしかった。それ以来彼女には監視役が常についていて、そして犬飼が高校生になったのを機に中央制御室が仕事を持ってきた。
監視なんて行為に渋っていた彼だが高額の給金を突きつけられて、執拗な説得によって犬飼は仕事を承諾した。しかしこの仕事の事をよく知れば知るほど、嫌な気分になっていた。
結局彼は不眠症を抱えることになった。だが一度引き受けた仕事を投げ出す適当さは彼にはなかった。変に責任感が強い彼は、なんだかんだ言って仕事を続けていた。
「金たくさん貰っても、使うところ時間がなきゃ意味が無いな」
雑誌を眺めながら、自嘲気味に彼は笑った。予定では彼女が塾を終えるまでにあと一時間ある。不測の事態があるといけないから離れることはできないが、適当に気を抜いて雑誌を読みふけっていた。途中デザートの特集があって、彼はその煌びやかさに目を丸くしながら、写真の中のデザートを頬張り笑みを浮かべる佐倉を思い描いて吹き出した。
「って……何してるんだ。俺は」
コンビニの店員の視線に気付き顔を赤く染めて雑誌に読みふけるフリをした。
塾の入り口に目をやるが変化は無い。
「犬飼君。聞こえる?」
「え、はいッ。……あ。えぇと、なんですか理奈さん」
突然頭の中に響いた女性の声に犬飼は思わず声を上げてしまい、また店員の注目を集めてしまった。雑誌でその視線を遮断して、小声でぼそぼそ呟く。
「犬飼君。聞こえてますかー」
「聞こえてますよ、なんですか」
「定時連絡の時間よ。ターゲットは?」
「予定通り塾です。あと一時間で出てくる予定」
雑誌片手に器用に袖をまくって腕時計を見ながら小さな声で答える。
「そう。じゃあ引き続き頑張ってね」
「了解。ところで理奈さん」
「何?」
「その能力使うときは、なんか合図くださいよ。びっくりして人に変な目で見られちゃいました」
「あははー。ごめんごめん。考えとくわ」
それきり声は聞こえなくなった。
声の主は犬飼の上司、火空 理奈(ひぞら りな)と言う女性だった。彼女も特異な体質の人間で、世間一般で言うテレパシーと呼ばれる意思疎通法をもっていた。自分が伝えたいと思うことを相手の脳に直接伝えられるし、相手も彼女から意思疎通が図られた時に返事をすることが出来る。会話に近い状態のことが頭の中でできるが、なにも自分の考えが全部流れてしまうわけではなく、いわば携帯電話での通話ような能力だった。
犬飼に仕事を持ってきたのは彼女だった。彼女の勧誘は異様な熱意に満ちていて、頼んでもいないのに極秘の説明をし始めて「これは極秘情報だから、知ってしまった君は関係者にならざる負えないわよ」なんて脅しじみたことまで言い出して犬飼を困らせた。
彼女のように特殊な能力をもった人間が中央制御室にいるのは珍しくないらしく、むしろ割合的には異能者の人数のほうが多いらしい。彼女からその説明を受けた時「じゃあ自分の父親も異能者なんだろうか」と犬飼は思ったが結局仕事の内容の方に気を取られて忘れていた。
しばらく色んな雑誌を手にとって、店員の奇異を見る目に耐え続けているとやがて佐倉が出てきた。犬飼は慌てて雑誌を棚に戻して、再び彼女の後を追った。距離を取って、その後姿を見つめる。
毎日この奇怪な生活の繰り返しに、犬飼は半ばうんざりしていた。佐倉には罪悪感を抱いてしまって一緒にいると変な態度を取ってしまうし、なによりストーカーみたいな自分が嫌だった。仕事といえど辛かった。
しかし結局は頭を振って雑念を振り払い、大事な仕事だからとその作業に身を投じるのだった。段々慣れてきている面に気付き自身に嫌気が差すが、犬飼はその度に仕事だからと言い訳をして自己嫌悪を誤魔化した。
佐倉は予定通り家に帰宅した。しばらく犬飼は彼女の家の様子を眺めて、それから帰宅した。彼の仕事は彼女の外での行動のみだった。
犬飼が帰宅した頃には、既に辺りは真っ暗になっていた。
◇
「今日?」
眠そうに顔を上げた犬飼に、佐倉は輝く笑顔を向けた。
「そう。今日、良ければまた別のお店に」
「また突然だな……。お前、用事はないのか?」
彼が事前に貰った予定表では、今日も佐倉は塾のはずだった。しかも昨日ほど時間の余裕は無い。学校が終わったらすぐに直行しなければならないぐらいの時間から始まる予定になっている筈だ。
「なんにもないよ? な、なんにもないから誘ってるんだよぉ」
用事、と聞いて佐倉の笑顔が微妙にぎこちなくなったのを犬飼は見逃さなかった。しかしそれに気付いたからと言って、どうしていいかは分からないでいた。
「昨日も言ったけど、甘いものを二日連続で食える胃はない」
迷った挙句、それとなく断ることにした。別に二日連続でも全然平気だが、他に断る理由が見当たらない。
しばらく間をあけてから、
「……やっぱり忙しい、よね」
佐倉は残念そうに俯いて、小さな声でそう言った。
「いや忙しいわけじゃないけどさ……」
がっかりする佐倉に慌てて犬飼は余計なことを言った。なにが佐倉をそうさせるのか分からないが、この一言はとても余計だった。
「暇なの? じゃあ甘いもの食べに行くんじゃなくていいから、どこか遊びに行こうよ」
佐倉はまるですがりつくような勢いで、犬飼に「どこでもいいから」と言った。どこでもいいからと行こうと言われても、犬飼は彼女の本来あるべき予定にはその余裕がないことを知っていた。
サボり? 犬飼は頭に浮かんだその単語を打ち消した。佐倉は根からの真面目人間だ。その彼女が、サボるなんてことはしないだろう。塾だって休むことなくしっかり通っているし、勉強もしっかりやっている。
さてこの事態は、一体なんなんだろう。犬飼はぼぉーとしていた頭をたたき起こして、表面上は普通を装いながら内心どうすればいいかを必死に考えた。
仕事として受けた内容は彼女の監視、そして不測の事態には救援の要請、迅速な事態解決。と言うものだった。結局彼女を見張ってて異変があったら素早く連絡しろって言うことだ。
もしかして不測の事態と言うのは今のことを言うのではないか。犬飼はどうしたものかと思案した。
理奈さんに連絡を入れるか、しかし佐倉はただ勉強に疲れてサボりたいと言ってきているだけかもしれない。報告したら両親にもバレるわけで、それは可哀想だ。
犬飼はしばらく思案して、その間ずっと上目使いで見つめてくる佐倉の視線に負けた。
「……あぁ、分かった。分かったからそんな目で見んな。行くよ、行きますよ」
「やった! 約束だからね。破ったら嫌だよ?」
「はいはい」
チャイムが鳴って、佐倉は軽い足取りで自分の席へと戻っていった。犬飼も再び机に伏したが、佐倉の異変が気になって上手く寝付けなかった。
「で、どこに行くんですか。お嬢さん」
「どこ行こうかなぁ~。セバスチャン、ついておいで」
「だれがセバスチャンだ」
昨日と同じように他の学生達と一緒に駅前まで来て、佐倉はそのまま駅へと入っていった。
「おいおい、電車乗るの?」
「お金あるよね」
「あるけど……」
佐倉に言われるまま一番安い切符を買い、改札をくぐる。
「隣町にでも行くのか? 何もないぞ。あそこには」
「どこまでも行くんだよ」
訳が分からないでいる犬飼と、やたらに嬉しそうな佐倉。ホームで並んで、電車が来るのを待つ。やがてやってきたそれに乗り込み、並んで椅子に座った。昼間の電車には学生や主婦が数人乗っているだけで、がらがらだった。
佐倉は一つ目の駅でも動かず、二つ目の駅でも降りようとしなかった。二人の買った切符の値段では乗り越しになってしまっている。
「おい佐倉。一体どこへ……」
「だから、どこまでも」
「どこまでもってお前、俺らの持ってる切符じゃ」
「改札から出なきゃいいんだよ。また乗って帰ってくればいい」
犬飼は唖然として佐倉の笑顔を見つめた。彼女はこのまま電車に乗り続け、終点がきたら反対路線に乗り換えて帰ってくるつもりでいるらしかった。
「いやいや、意味が分からないぞ。なんでどこまでも行くんだよ。遊びに行くんじゃないのか?」
「私、一度でいいから電車に乗り続けて見れる景色を見てみたかったんだよね」
がたんがたんと一定のリズムを刻み、電車は走り続けた。二人はしばらく沈黙を守り、ただ並んで座っていた。駅に止まるたびに降りる人と乗る人の交代が行われるが、彼らは降りなかった。
しばらくして、その重苦しい沈黙を佐倉が破った。
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