江戸東京ぶらり旅

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小名木川



●ここが小名木川最下流にある万年橋,隅田川にかかる永代橋に対抗して名付けた●


P1010270万年橋.JPG


 隅田川から小名木川に入ってすぐの橋が万年橋,次が高橋です。物資の運搬のための川に架けられた橋ですから,船の運航の邪魔になっては困る。それで,どちらも太鼓の形をした橋のように高く架けられていました。高橋の名は実に明快,高い橋だったからこのような名がついたのですね。

●これが高橋,現代の橋は富士山の見える高い橋ではないですね●


P1010291高橋.JPG


 一方万年橋は永代橋に対抗してつけられた名でしょうか。なお安藤広重は「名所江戸百景」の中で「深川万年橋」として,葛飾北斎は「冨嶽三十六景」の一つに「深川万年橋下」として描いています。富士山も描かれているので,当時はここからもよく見えたのでしょうね。

P1010286川船番所跡.JPG


 千葉を経て物資は隅田川に入り,日本橋を経て江戸城へ運び込まれるのですから,なんらかの荷物のチェックが必要。それで設けられたのが船番所。万年橋のたもとには当時番所があったと記されています。明暦の大火後,江戸市街地の拡大や本所の掘割の完成などに伴い,この船番所は中川口に移転,以後中川番所として機能することとなりました。それでここは元番所と呼ばれることになりました。


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今日のお題は,藤沢周平,山本一力など,江戸を扱う作品に必ず登場する 小名木川 です。

 日本橋中洲の対岸,ここに小名木川が隅田川へ流れ込んでいます。地図で確認してみましょう。全体像がわからなければ拡大してごらんください。 小名木四郎兵衛 がこの任に当たった運河の拡張工事。それでできた運河が彼の名をとってつけられた小名木川。隅田川の東岸,清澄町から中川西岸の大島町に至る運河ですが, 行徳の塩 を江戸に運ぶために運河拡張工事がなされたのでした。

 実は小名木川に架けられた橋の名が江戸を舞台にした時代小説によく登場するので,橋の場所と名前のチェックをしておくのもいづれは役に立ちますよ。写真は「高橋」から撮した小名木川で,手前の西深川橋と奥の東深川橋が見えますね。

P1010292西&東深川橋.JPG


 家康は江戸に入るなり河川の治水工事を計画的に進めてきました。治水ですから洪水から江戸を守るという目的がありましたし,同時に水路の確保という目的もありました。銚子で太平洋に流れ込む利根川だって,それに荒川や入間川だって隅田川に合流し,江戸湾に注いでいたのですから驚きです。これでは江戸は頻繁に洪水に見舞われたというのは理解できますよね。


 利根川が銚子の海へ注ぐ大工事に60年を要しましたが,完成後はやはりやってよかった工事。この港は東北地方からの廻船の寄港地になったのですよ。荷物を積み替え,利根川を遡って,そして江戸川に入り,中川,小名木川と運河をスイスイ。すると海のような荒波にもまれなくても日本橋にたどりつけるというわけ。


 こうなれば人的交流も盛んになる。商人はもちろん,僧侶,武士,女性,観光客や参詣客,行徳船に乗っかれば苦労することなく移動できる。というわけで大変便利は移動手段だったのですが,これは明治12年に廃止。現在も存続しているなら,きっと人気があったと思いますね。

「秋の特別プラン,行徳船に揺られて一日観光,限定30席。グルメプランもご用意してございます。お早めにお申し込みください。」

という広告が目に入る。じゃ,今度の週末は7,000円の江戸前コースで申し込もうか,という会話があちらこちらの家庭で・・・。


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