魂の還る場所

魂の還る場所

第三夜   月細工

 あまりにも綺麗だったから、部屋の明りを消した。
 その姿は檻の中に閉じ込められているようで、窓を開けた。
 夏の夜風がふわりと優しく、カーテンをワルツへと誘う。
 静かに微笑む月は、愛しいあの人の記憶をくれた。


 白く可憐な花が、夜露に濡れていた。ほのかな香りに包まれた野原を、歌と一緒に歩く。昼というなの現実と入れかわり、夜という幻想が支配する。この世で最高のロマンティストにして、最大の演出家である月…ことに満月は、辺りに小さな輝きを贈り、二人に時間を届けた。
 思い出は、淡い光に縁取られる。
 花を抱えて振り返ったら、いつもそこに、月を背にした千秋がいた。
 近付いて、寄り添えば、見つめる瞳が温かった。そんな時間がとても好きだった。彼の手がゆっくりと遥風の髪に触れ、長いそれを一房手にした時、安らかな気持ちになる。訪れた幸福に永遠を感じた。
 少しずつ、少しずつ、心の宝石箱にしまい込んで。ずっと忘れないと信じて。
 ずっと続かないと知っていたから。
 未来の果てまで一緒に居ることの叶わない、出逢い。
 違うものを求めて日常から離れた場所で、偶然を見つけた。必然より、もっと貴重な。決められたものから零れ落ちたそれを手にすることは、とても難しい。けれど遥風には味方がいた。力を貸してくれる、「月」という魔術師が。
 生まれた偶然へと導いて、千秋と『魅き逢わせて』くれたのだ。
 十六夜までの三日間、夢が現実と交錯した。
「…月が…蒼い…。みんな空想(ゆめ)かもしれない…うたた寝から覚めれば夢も醒める…」
 歌うように呟けば。
「すべて現実だよ…触れても、消えも壊れもしない…」
 囁くように響いた。
 満月の夜には、妖精達が騒ぎ出す。夢見ることを手放さなければ、きっと手に入る。本当に望んでいるものが。
「…覚えていて…」
 望めば、きっと---。


 幾度目かの満月は、今も変わらず胸を照らす。宝石箱を開ける鍵は、今夜も天で輝きを放っている。
 飛び出した記憶は、あの日と変わらず甘いまま。
「…貴方も…同じに…」
 永遠は、月の中の砂糖菓子…。 


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